橋本治『いつまでも若いと思うなよ』の書評2:年を取る必要のない文化の幻想と年齢実感の薄れ

第二章『年を取ろう』では、作家という自営業者の橋本さんが『(大きな仕事を成し遂げるために自分の腕前を上げるためには)年を取らなきゃだめだ』という考え方をしながらやってきたことが語られる。反対に、公務員やサラリーマンのような一定の給与・身分が保障された被雇用労働者になると『年を取ったらだめだ』の考え方になりやすく、『組織の中で適応するために、人生観・本質論と関係するあまり面倒くさいことを考えない体質』になりやすいと語る。

橋本治『いつまでも若いと思うなよ』の書評1:『若さ・新しさ』を持てはやす現代の風潮と老い

孔子の『論語』にある『十五で学に志す・三十にして立つ・四十にして惑わず・五十にして天命を知る…』の年齢論を引用しながら、現代人の年齢感覚とのズレを指摘するのだが、『若いやつは悩むが、大人は悩まない』というのは『近代になっての勘違い(現代でも壁にぶつかった年齢で惑いが生じるのであり、若者でなくても迷い悩む)』だというのは面白い発想である。

確かに、自分自身で何かを考えてしなければならない時には何歳であっても老人であっても悩み迷うことになるが、『決められたことだけをきちんとしておけば何とかなると割り切れる状況・時期・課題(橋本さんのいう被雇用労働者的な環境)』であれば、それほど迷わなくても良いのである。

現代は『老い』を嫌って『大人になりきれない大人』が増えた時代でもあり、日本のようにこれだけの高齢化社会になってもなお、人間の生き方やあり方を考える場合に原型になっているのは『大人・高齢者』ではなく『子供・若者』であるというのはシニカルな事態である。

中高年も含んだ現代人の全体的な傾向としてやはり『若さ・新しさを好ましく思う心性・価値観』が根強くあるということなのかとも思うが、若くて気力・体力・分かりやすい魅力がある人が持てはやされるスノッブな風潮は(社会における若者の相対比率が減っているから更に煽られるのか)相当に強い。『自分=子供・若者』という漠然とした自意識を切り替えて、橋本さんのいう『自分=アク(加齢によってにじみ出てくるさまざまな味わい・夾雑物)』という考え方をしたほうが、一定の年齢からは生きやすくなるようにも思うが、アンチエイジングブームも終わりそうにはない。

現代は本書でいう『年を取る必要のない文化・オタク文化の強化』としての側面が確かにあり、精神分析の分野でも小此木圭吾さんなどが『モラトリアム人間・自己愛人間』などの社会的決断をせず自己中心的な世界観を拡張するというコンセプトでこういった文化潮流を描写したりもしていた。加齢の影響が弱まっているアイドルや芸人などを例に出して、そういった人たちは社会的役割を果たして経済的に自立していても『大人になる必要のない文化のイコン(偶像)』であり、『自由の効く若者時代の延長』であるというのは納得させられる意見ではある。

今や一般人でさえも、そういったモラトリアム人間の類似型である『制約を受ける必要を感じない年期の入った若者』になりやすくなっているのだが、『他人の老い』には目ざとく厳しいが、『自分の老い』には鈍感で気づきにくく認めにくいというのは『本書のタイトル』にもつながるなかなかシビアな指摘である。

しかし最終的な結論として出てくるのは、『年を取ること、老いていることを認めるという選択』しかなくなり、そっちを選んだほうが逆に楽で生きやすくなるということだろう。老いを認めず抵抗する事によって若々しさを維持できる期間は長くなってきてはいるが、人が老いと死を永遠に避けることはできない以上、どこかの時点で自分の老いを認めたほうが楽になれる年齢・実感の閾値があるということになってくる。

老いを実感させられる病気の体験談も面白い内容になっていますが、人間が年齢を重ねて自然に老いや死の近づきを受け容れていくことの難しさは、第十一章『「老い」に慣れる』にあるように『加齢による外形的な変化と自分の加齢の実感の間にズレがある』ということだと思います。

本書では男女の別なく人は、実感として『若い→まだ若い→もうそんなに若くない→もう若くない→老人だ』という五段階変化をするとありますが、実際の人間の年齢実感は更に細かく段階が分かれている可能性もあり、端的に『気持ちだけは若い時期(他人から見れば若くはない時期)』がかなり長く続いてしまうあたりに色々な悩みや不満が出てくることになるのでしょう。

人間は人生の前半で『若い自分を前提とする人格』を作り上げて、その後は預金を少しずつ切り崩すように『若さ』を手放していく、人間は人生全体の時間の進捗を『若さの残量』で図りやすいからこそ、本当の意味で『中高年になった自己イメージ』を確立しにくいというのは分かりやすい説明でもあります。

そういった中高年になりきれない自己イメージを抱えながら、超高齢化社会で『老人の状態のままの老後の人生(老いから若さへの逆転のない時間の長さ)』が始まるようになったので、現代人の老いの実感・馴れはますます過去にあったような自然な適応・諦めに至りにくいという問題があるわけですが……『いつまでも若いと思うなよ』という言葉は、他人から厳しく現実の年齢の進行を直視しろと言われているような、自分自身への自戒の言葉であるような独特な響きを持っているものです。


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