“真面目すぎる人・完全主義思考に囚われる人”はなぜストレスを溜めやすいのか?

他人の言動や反応(評価)に影響されやすい人ほど、『過度の完全主義思考+表面的な真面目さ・責任感の強さ』を持ちやすく、他人が思い通りに動いてくれないとか、自分はこれだけ頑張っているのに他人が応えてくれないとかいった怒り・不満のストレスを抱えやすい。そういった怒り・不満のストレスが積み重なることによって、うつ病のような気分の落ち込みや意欲喪失を引き起こしやすくなり、自分と他人に対する評価(信頼)も低下していきやすい。

他人を“自分の仕事の邪魔”と感じてしまう心理と完全主義思考による不適応・無気力のリスク

実際には実現できない強迫的な完全主義と合わせて、几帳面・神経質で真面目な人ほど悩みやすく落ち込みやすいと言われるが、それは『表面的な真面目さ・責任感の強さ』の背後には『他者からの愛情・評価・承認を求める強烈な欲求』が潜んでいることが多いからである。

つまり、何も見返りを求めていない感じで黙々と真面目に仕事・努力を続けていても、他人からそれに見合うだけの承認や評価が得られない時には、表面的に真面目な人は『かなり強い不満・虚しさ・怒り』を鬱積させていること(自分はこんなに真面目に頑張っているのに誰も認めてくれず報われないと無意識にでも思っていること)が多いのである。

真面目すぎるほどに真面目な人というのは、『やるべき仕事・学業に対して本気で興味をもってのめり込んでいる』というよりも、『(人知れず真面目に頑張っている自分に対して)他人から好意や評価などの肯定的な反応を貰いたいと思う欲求』が強いことも多く、そういった人の場合には不満・怒りの蓄積によって燃え尽き症候群やうつ病の発症リスクが上がりやすくなってしまう。

真面目すぎるほどに真面目な人は、他人や異性、遊び、冗談に興味がないような外観を示しているが、本音の部分では真面目に頑張っている自分(社会的規範・常識観念をきちんと守っていて道を踏み外していない自分)を認めてもらう形から始まって、他人との交流や他人からの好意を求めているところがあるのである。

しかし、そういった本音の他者に対する自分を認めて欲しいという欲求がダイレクトに伝わりにくいために、真面目すぎる人はそれほど真面目ではない人よりも、『他者からの愛情・評価・承認』を得づらくなって余計にストレスや苦しみが増す(真面目さが空回りして報われない不満を持つ)ということになりやすい。

仕事・学業を真面目にコツコツと努力して頑張ることは、社会一般的には高く評価される行動様式とされ、表面的な社会適応も良くなりやすいが、『他者との本音の交流・他者から愛されたり認められたりすること』にはあまり役に立たないことのほうが多い。

真面目さは確かに人間的魅力の一部ではあるけれど、それよりも主に社会規範や労働道徳の上で評価されやすいものである。真面目さや責任感の強さはそれだけでは、『人間としての好き嫌い・承認や愛情を伴う関係』で必ずしも最優先されるべきものではなく、『ユーモア・話題の多さ・楽しさ・面白さ・爽やかさ・共感性(受容感)・清潔感・柔軟さ』といったその他の要素と組み合わせることによって初めて人間的魅力が高まるものだからである。

真面目すぎるほどに真面目な人や完全主義思考を持っている人の問題は、自己評価が低くて対人関係で認められる自信もないために、人から認められるための手段として『真面目さ(社会的な模範性)・完全主義(ミスをしないこと)』を用いてしまうということである。しかし『他人からの愛情・評価・承認』を求める手段としては、『真面目さ(社会的な模範性)・完全主義(ミスをしないこと)』はあまり有効に機能しないので、頑張っているのに報われないという不平不満やイライラを溜め込んでしまいやすい。

他人から愛されたり認められたりする手段として最も重要なのは『人間的魅力・本音のコミュニケーションの相性・相手に対する好意や共感』であるが、それを『他者の価値観と関係しない真面目さ・完全主義思考』に置き換えてしまうと、『自分の望むものが得られない努力による徒労感・不満感』の原因になりやすいのである。

『他人の好意・愛情・評価』に関心があるのに関心がない振りをして、真面目さや完全主義で過剰に頑張りすぎると燃え尽き症候群・うつ病を発症しやすくなってしまうが、それを防ぐには『ありのままの自分の呈示をしても受け容れられるか・本音のコミュニケーションでお互いが楽しめるか・ユーモアや趣味、関心の共有ができるか』というもっとリラックスした姿勢での他者との相互的な関わりのほうが大切になってくるのである。

本心から他人のための献身的努力を真面目にできる人であれば、他人の一つ一つの反応や評価は気にならないはずであるが、そこに『他人からの好意・愛情・評価を求める欲求』が入り込んでしまうと、他人が自分に対する感謝や高い評価を示してくれないと満足できずに不満・怒りで苦しむことになる。

『真面目・勤勉・義務といった社会的価値観』を守ることだけでは、人間的魅力やコミュニケーションの楽しさを他者に実感してもらって認めてもらうことはなかなか難しいし、真面目さだけで人間関係や仕事のすべてが上手くいくという話でもない。

しかしその難しいやり方だけにひたすら固執して(それ以外の方法が分からず自分が傷つかないよう防衛的に他者と恐る恐る関わりながら)、自分の価値を認めてもらえず不満ばかり感じて気分が落ち込んでしまうのが、真面目すぎて柔軟さがない人の心理的苦悩のメカニズムである。

表面的な真面目さによって、自分が批判・否定をされないように(人から嫌われないように)防衛しすぎるということは、『本音の自分にある逃避・怠惰・不安・面白みのなさ』を真面目さ(社会的に批判されない建前・正しさ)によって抑圧していることにもつながる。だが、自分を偽る形の無理の多い『抑圧』にはいずれ限界がくる。

真面目に頑張ってやっているのにいつまでも自分が期待している承認・評価が得られない時に、突発的に怒りが爆発したり深刻な抑うつ感で塞ぎ込んで行動できなくなってしまったりする。そういった抑圧の限界からくる不適応状態を避けるためには、早い段階で『自分が真面目にコツコツと努力を続けていることの目的・理由』を自分自身で納得できるように整理して受け容れておく必要がある。


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