豊田真由子議員の秘書に対する暴言暴力の問題:“個人の能力の高さ”と“リーダーに求められる資質”の違い

プレイヤーとして極めて優秀だった野球選手・サッカー選手が、監督・コーチとして必ずしも一流の資質・適性を持っているかは分からないように、企業の仕事や学校の勉強といったジャンルにおいても、自分個人が仕事・勉強ができる優れたプレイヤーであっても、リーダー(上司・経営者・指導者)としての資質・適性はあまりないという人は結構多くいるはずである。

リーダーシップ心理学のPM理論でいえば、自分自身が仕事・勉強が得意で非常に優れた成果を残した人は、『P(目標達成能力)』はある程度高いかもしれないが、『M(人間関係の調整・処理・維持の能力)』においてあまり訓練されておらず経験もないことは多い。

リーダーシップの心理学と“厳しい上司・優しい上司”双方に共通するリーダーの能力:2

『部下(他者)の観察・評価・活用・モチベーション強化』というリーダーに求められる役割を結果として果たせない優秀なプレイヤーは多いが、それは自分個人が優れていることによって『すべての人が自分と同等程度の能力を持っているはず(最低限のことができない部下がとにかく悪いから激怒する)という間違った前提』を変えていくことができなかったからである。

すべての人が自分と同程度の仕事をこなせるわけではないという前提を置いて、人にはそれぞれ得意・不得意の分野があることを理解し(自分にだって苦手なことやできないことがあり自分にできないことを上手くできる他者もいる現実を見直し)、落ち着いた余裕のある心理状態で、部下(他者)ひとりひとりの能力・特性・資質・意欲・性格を観察して活用できる人でないと、優れたリーダー(上司)にはなりにくい。

上司(リーダー)と部下の好ましくない関係性ということでいえば、最近報道され続けていた自民党の豊田真由子議員と部下の秘書のパワハラが過激化したような関係性もそれに当てはまるだろう。

豊田議員は秘書がした支持者向けの郵便物の誤配送のミスが許せずに、『このハゲー』と大声で罵倒して運転席にいる秘書の頭部を殴りつけ、秘書本人やその娘に危害を加える(交通事故に見せかけた間接的な殺人を示唆する)脅迫をしていたとされるが、国民の代表としても秘書の上司としても『リーダーの資質・適性(部下を動機づけて成果を出すリーダーシップ)』に欠けているとみなされても仕方がない暴力的でヒステリックな言動である。

豊田真由子議員は『私立桜蔭の中高・東大法学部・厚労省のキャリア官僚・ハーバード大大学院の公費留学・衆議院議員当選・文部科学大臣政務官』といった華々しい学歴エリートのキャリアで政治家になった人物で、客観的に見れば個人としての情報処理能力・仕事能力・学力は相当に高い人物であったはずである。

少なくともこれだけのキャリアを積んできて幾多の選抜試験をパスしてきた人が、ペーパーテストの学力や情報処理能力において平均以下ということはまず考えられず、厚労省の官僚時代の仕事ぶりも(感情的に興奮しやすい問題もあったが)基本的に優秀であったと伝えられている。

秘書に対する事件性もある暴言暴行には、激務・ストレスによる余裕のない精神状態の悪化、攻撃的・他責的な元々のパーソナリティー特性の影響もあるだろうが、部下(他者)をまとめてモチベーションを高めて共通の目的を達成するという『リーダーシップを求められる仕事(国会議員はリーダーシップの典型的な仕事でもある)』への適性・資質が低かったということだろう。

豊田真由子氏と「超エリート・準エリート」|人の上に立つ「器」

豊田議員は自分自身の学力・能力(事務処理能力)はかなり高かったはずだが、『全ての人が自分と同程度に仕事をこなせるわけではないという前提』を持てず、『自分のエリート意識・上昇志向に基づく過剰な競争心』によって部下(秘書)を観察して適切に使いこなす精神的余裕を失い、官僚から政治家に転向した後の『思い通りにならない現実(思い通りにならないのに激務・ストレスフルな毎日)』に上手く対応していくことができなかったのではないかと思えた。

引用記事には、私も含めて一般庶民とは関わりのない『東大卒のエリートキャリア間の格差・不満(厚労省官僚は東大法学部の人にとって最高の官僚キャリアではなく、三年時に国公1種試験に合格して財務省や外務省に中退で就職して事務次官候補と目されていくのが最高のキャリア等)』について論じられている。

東大法学部卒の豊田議員が、成績優秀な東大卒の人との比較で『最高の超エリートのキャリア』でなかったコンプレックスや競争心・焦りを感じていたことが、今回の秘書への暴言暴行の背景にあったのではないかと推測されている。豊田議員自身も勉強・官僚の仕事においては優秀なのだが、自分よりも更に格上とされる最高のキャリアを歩んでいる東大卒の人がいて競争心が強くなりすぎたり、自分と比べて最低限の仕事・能力のレベルにさえ及んでいない部下(他者)を見て、『自分の足を引っ張られているという不満・怒り』が反射的に湧き上がりやすくなっていたのだろうか。

『東大卒の仕事の擬似的カースト制・格付けの権威主義的な上昇志向』によって豊田議員が政治家を目指したのだとしたら、余計に部下(他者)をミスをしてはならない機械的な道具と見なしすぎてしまい(自分の出世のためのミスがあってはならない道具と見なしすぎて人間扱いしなくなり)、『部下(他者)のミス』の改善指導ではなく一回でもミスをしたらとにかく罵倒・暴力といった不適切な反応がパターン化してしまったのかもしれない。

自分の常識や希望が通用しないからといってヒステリックに激怒して暴力を振るうような人に政治家としてのリーダーシップを期待することは難しいようには思うが、豊田議員の問題では『自分のキャパシティを超えた心身の疲労・ストレス(政治家としての適性の欠如・政治家の仕事そのものに対するやり甲斐の薄さ)』『過剰なエリート意識や権威的な競争心が満たされない事による怒り・不満』が背景にあったのだろう。

その結果、ミスをした秘書に対して『自分のキャリアを邪魔している無能な人物(思い通りにならない現実を生み出している原因の一つ)』という認知が強まって八つ当たりしていた部分が大きいのではないかと思うが、『部下(他者)の特性や状態を観察して上手く活用する・自分と部下(他者)の人間関係の内容や距離感をコントロールして感情を安定させる』というリーダーシップの基本が実践できていなかったのではないだろうか。

いずれにしても、豊田議員の秘書に対する暴言暴行のニュースは、『(自分を高めていく)自分個人の能力・努力・成果』『(他者を適切に使ったり協力していく)リーダーとしての資質・適性・成果』の違いについて考えさせられる問題でもあった。


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