『受動的・依存的な生き方』の克服と他者との適切な距離感2:他者に振り回されない

日常生活や人間関係、仕事状況にまつわる小さな出来事やテーマに前向きな興味関心を持って現実的な対応を取れる人のほうが、精神状態が安定しやすく自己肯定感が高まりやすいとされますが、その理由としては『小さな成功体験・感覚的な実感を積み重ねやすいこと』『現実的な目標に合わせた適切な要求水準であること(今の自分でも努力や工夫によって成し遂げられそうなことを目指している)』が考えられます。

『受動的・依存的な生き方』の克服と自己肯定感を高める1:小さな成功体験の実感

政治経済や社会全体に関わるような大きなテーマだけに興味関心を持ったり、現時点の自分からは簡単になれないような理想自我のイメージ(具体的なプロセスや手応えのない完全主義的な欲求)に執着し過ぎたりすることは『小さな成功体験・感覚的な実感を積み重ねにくくすること』や『(高望みで)現実的な物事・他者・仕事を過小評価して不適応状態をこじらせること』にもなりやすいからです。

自我の自立性が弱くて自己アイデンティティーが確立してないために何をすれば良いか迷っている人は『受動的・依存的な生き方』になりやすいですが、自立性が低くて他者に依存的になることの大きな弊害は『他者の言動や状況に敏感に反応してしまい、落ち込んだり傷ついたりしやすいこと』です。

自我が自立していないということは、精神分析的にはエディプス・コンプレックスを克服しておらず、幼児的な全能感と親への情緒的執着(甘え・依存・怖れ・従属など)が混じって維持されているという状態ですが、その自立していない状態では『(誰か何かに依拠して頼らないと)自分で自分を支えられないという問題の程度』が大きくなりやすいのです。

社会でバリバリ働いて実績を残して家庭を維持し、色々な人と社交的に関係を持っているようなどんなに立派な大人でも『誰にも頼らなくてよい100%の完全な自我(精神)の自立』というのは有り得ませんが、依存的で自我が自立していない人は『他者の些細な反応・言動』だけで大きな影響を受けてしまうという意味で『自我(精神)の自立度』が平均よりもかなり低い状態になってしまいます。

自我が自立できず自己アイデンティティーが拡散してしまうことの弊害は、自分の気分・感情の状態が『他者の変化(外部状況の変化)』に極端に依存してしまって、他者(外部状況)に簡単に振り回されてしまうという問題なのです。

受動的・依存的な生き方は、依存性パーソナリティー障害(DPD)や境界性パーソナリティー障害(BPD)の診断基準になっている各種の特徴を満たすこともありますが。その典型的な特徴には『自分と他人との境界線が曖昧であり適切な距離感を取れない+他人の言動によって大きな影響を受けて落ち込んだり怒ったり混乱したりしやすい』ということがあります。

自分と他人との境界線が曖昧になっていて適切な距離感が取れないということから、相手が自分に付き合いきれないと思って去ることも多くなり、『長期の安定した人間関係の形成』ができないことによって、余計に自己肯定感・自信が下がったりこれからどのように生きていけば良いか分からなくなったりしやすいのです。

依存的な人は、他人から肯定されたり賞賛されたりすれば、すぐに気持ちが舞い上がって最高に楽しくて幸せな気分になるのですが、逆に他人からちょっと否定されたり非難(侮蔑)されたりすれば、それまで最高に楽しい気分であっても一瞬で最悪の落ち込んだ気分、つまらない気持ちになってしまい、そのネガティブな気分をいつまでも引きずってしまいやすいのです。

褒められれば嬉しいしけなされれば悲しいという意味で、他者の言動に一喜一憂しやすい部分は誰でも多かれ少なかれ持っているのですが、『他者のちょっとした否定的な言動で自己嫌悪・自己否定・絶望感に陥ってしまう』とか『いったん落ち込んだり不愉快になった気分がいつまでも続く、気持ちの切り替えができずに最後は自分が不利益を受ける』とかいう状態であれば改善したほうが良いということになります。

受動的・依存的な生き方を改善するためには、自分のできるところから『他者との望ましい付き合い方・他者に振り回されすぎない自分の自立的なあり方』を考えてみて、『自分の自発的な興味関心に基づく行動・挑戦』を増やしていくことが効果的です。

家族・恋人など人生の中でよほど重要な位置づけにある人間関係は除くとしても、『この人との人間関係は大切だけれど(自分にネガティブな影響ばかりを与えるのであれば)この関係が無くなっても生きられないわけではない』といった自他の境界線の引き方や自立的な意識の持ち方も大切です。

自分の自立的な生き方や自発的な興味・目標が固まれば固まるほどに、自分を否定・非難してくる『他人の些細な言動・反応』に対して、事を荒立てずに上手くスルーしたり、お互いにとって適当な範囲の受け答えだけでやり過ごすことができるようになります。

自立的な意識がなくて自己アイデンティティーが拡散している人ほど、『自分に対して少しでも否定的な意見や立場』に対して強く叩くような反応をせずにはいられず、結果として(相手にそれほどの敵意・悪意がない場合でも)気分が激しく落ち込んだり感情が乱れて苦しんだりしやすいのです。

自他の境界線がなくて相手と適切な距離感が取れないと、大勢の自分と合わない他者が『戦わなければならない競争相手(戦って自分の側の正しさを証明しなければならない敵)』に見えてしまい、ずっと気分が安らがずにリラックスした状態で自分のやるべきこと(つながるべき相手)に集中できなくなります。

自分のやるべきことにリラックスして集中できなければ、余計に自我の自立度(自己肯定感・自信・確信度)が下がることになり、『他者の言動の一挙手一投足』が気になって仕方なくなります。

そして、他者の大したことのない反応のひとつひとつに傷つけられて落ち込んだり怒ったりしなければならない悪循環に陥ってしまうのですが、自分が『戦わなければならない競争相手(戦って自分の側の正しさを証明しなければならない敵)』と思っている相手は、そこまで自分との優劣競争(正当性の証明競争)に強い執着を持っていないことも多いのです。

自他の境界線が曖昧になっている『受動的・依存的な生き方』のもう一つの問題点としては、自分の気分が悪化したり感情が混乱したりした責任を『自分の気に入らない反応をした他者』に押し付けることで、過度に『他責的・他罰的・逃避的・お節介で恩着せがましい対応』になりやすく人間関係のトラブルが増えるということもあります。

『誰かのためにする活動』は尊いものですが、自立性の低い依存的な人はそれを『あなた(お前)のためにこれだけしてやったのに』という『お返しを求める恩着せがましい利己的な対応』に変えることで台無しにしてしまって、他者から余計にネガティブな反応を返されやすくなります。

『誰かのためにする活動』の背後には確かに、少しは恩返し・感謝もしてほしいという『自分のためにする活動』の側面もあるわけですが、自他の境界線が弱い人は『相手のお返しが返ってくるまで待ちきれない気持ち』になりやすく、他人に恩を着せたり道徳的に責めたりすることで、(相手のために良かれと思って色々しているのにも関わらず)人間関係がかえって疎遠になりやすいのです。

自我の自立性が低くなって他者に自分のあり方を依存することによって、『自分ひとりで能動的・自発的にやりたいこと』がなくなってしまい、常に『誰かと一緒に行動したい共同行為の欲求・誰かからの賞賛や共感に対する欲求』に自分の気分・感情が支配されてしまいやすいということです。

『自分の興味・行動そのものを楽しむという内発的動機づけ(誰かから褒められ認められるか否かに依存しない自分のやりたい活動に対する自然な意欲)』が高まらなければ、よほど社交的・共同体的で利他的な人づき合いの労力(他者から好かれて求められるための努力と気配り)を惜しまない人でない限りは、人生を心から楽しめない時間、無意味さ(孤独感)を感じる虚しい状況はどうしても多くなってしまいがちなのです。


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