近代化を促進する都市文化と消費文明:“貴族・身分”の時代から“職業・金銭”の時代へ

資本主義で運営される現代の先進国は『都市文化』『消費文明』としての特徴を持っている。国家や都市、国民経済が成長して近代化すると、人の居住地・職業・身なり・生き方を束縛する『身分制度』が緩和されたり廃止されたりして自由になる。

自由になった市民は労働・教育・キャリア・貯蓄・投資などを通して、それ以前の時代よりも経済的に豊かになり『消費者(購買者)』としての力を蓄えていく。近代初期、農民として土地や村落共同体に縛り付けられなくなった若者たちが『仕事・匿名性(監視されない自由)・チャンス(階級流動性)』を求めて都市にどんどん出て行くという現象は、日本の東京一極集中にも見られるものである。

今では大都市でないとなかなか待遇や所得の良い仕事がないということで仕方なしに東京・大阪・名古屋などに出て行くケースも多いけれど、数十年前までは現在以上に『大都市(最先端の流行・文化・情報・富の蓄積)への憧れ』は強かった。

日本でも『上京』という言葉に特別な意味合いや上昇志向の意思が込められていたように、海外でも田舎・農村の人間がニューヨークやロンドン、パリ、ベルリン、ローマに仕事や自由、チャンスを求めて出て行くことには特別な意味合いが込められてきたし、今でもそういった上昇志向や自由な空気、最先端のモードという近代的な大都市(人口・産業・雇用の集積地)の特徴がなくなったわけではない。

現代では『大都会で高所得を稼げる大手のサラリーマン・官僚・専門家』などは中流階級における成功者として評価されることが多い。近代以降の社会でも、上流階級のストック(資産)による不労所得の価値がなくなったわけではないが、どちらかというと自分の学歴・能力・資質・発想・意欲などを活かして社会的威信のある仕事で働いて稼ぐフロー(所得)のほうが社会的にも人間的にも評価されやすい。

近代化は法制的・意識的に『封建主義的な貴族社会(領主支配)の終焉』をもたらし、『民主主義的な学校教育(学歴)と労働者文化(職歴)の発展』を広げていった。近代以前の貴族文化というのは、端的に言えば『働かずに暮らしていける文化=貴族・領主の既得権(先祖代々の土地と領民の所有・徴税権などから上がる不労所得)が支えた有閑階級の文化』である。

それと合わせて、都市部以外の貴族による領地支配は主に農村部で行われたことから(農村の生産物こそが貴族の財産でもあった)、昔の地方貴族(大土地所有者)は必ずしも『都市文化との親和性』を持っていなかったということもある。近代化・都市化しなければ『貨幣経済の影響力(お金が通用する範囲)』もかなり小さくなるので、19世紀以前の地方貴族は田舎者・地主の富裕層といった風情もあったのである。

近世から近代へと歴史を推移させた民衆の原動力の一つが『都市文化・産業経済と親和する上昇志向』であるが、これは言い換えれば、身分制が衰退して貨幣(お金)が万能化していく過程において『自力・財力による階層流動性への期待』が膨らんでいったということである。

近世~近代初期の階級流動性の高まった社会というのは、庶民(平民)の出自であっても経済的に成功した者が、それまでの身分制度・社会秩序の限界を超えて『貴族的・優位的な上流階級の一員』として認められる可能性のある社会である。

世界初の産業革命を成し遂げて資本主義を発達させたイギリスでも、近代初期には『貴族階級的なジェントルマンやレイディ』に近しい存在(疑似的・擬制的なジェントルマン)として認められたい裕福な庶民(経済的・職業的に成功したが貴族の家柄や大規模な土地を持たない)の上昇志向が資本主義のエンジンとなっていた。


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