千葉県の姉による弟の殺害事件1:遺体切断の心理と事件事故から逃げようとする咄嗟の保身

9月13日に千葉県酒々井町の一軒家で起きた殺人事件は、25歳の姉が21歳の弟を殺害して遺体を切断するという猟奇的な色彩のある事件だった。遺体を傷つけて損壊や切断をする行為は、強い生理的嫌悪感や倫理的忌避感を引き起こしやすいが、遺体損壊をする人の心理そのものは『加害性・残虐性』よりも『逃避性・(死体・証拠の)隠匿性』の現れであることが多い。

現代人の大多数は殺人の経験・目撃を一生しないままで過ごすことになるし、人間の死体を見ることも『近親者の通夜・葬儀の時』くらいしかないだろう。死亡確認業務の多い医師などを除き、殺人も死体も極めて非日常的かつ禁忌的なもの(近寄ったり触ることさえ恐ろしいもの)になっていて、『遺体の損壊・切断』と聞くと善悪の分別や良心の痛みのないサイコパス(精神病質)の快楽殺人・猟奇殺人のようなものをイメージしやすい。

そして、遺体を損壊する加害者のイメージの多くは、攻撃性・腕力・良心の麻痺(共感性の欠如)があると思われる『男性』だろう。今回の事件がショッキングなものとして話題になった理由は、実の姉と弟の間で殺人が起こったということ、そして加害者が固定観念を裏切る25歳の若い女性であったということだろう。

遺体を切断する心理については、過去の多くの事件を題材にして犯罪心理学やプロファイリングなどで研究されてきているが、『猟奇性・残酷性・快楽性の現れとしての無目的的な切断』はごく僅かであり、その殆どは『遺体を小さくして運搬・遺棄(隠蔽)しやすくするための消去法的な切断』であるとされている。

遺体を切断する必要が特別ないのに敢えて切断する行為には、嗜虐的・快楽的・メッセージ伝達的な異常心理が関係していることが多いが、大半はそういった動機・心理とは関係がなく、遺体の処分に困って腐敗する前にどうにかして遺棄・隠蔽したいと考えた時に、消去法的に『遺体を小さくして運んだり遺棄するしかない』ということで切断することになるようだ。

人間の身体をそのまま実物大で運搬するにはかなりの力がいるし、そんなに大きな荷物はめったに見かけないので非常に目立ってしまう。力がある人でも何十キロもある遺体を担いで動き回ることはできず、大きなトランクのあるような車がなければ遠方に運ぶことも不可能に近い。遺体の処分に困って切断する行為は、むしろ重いものを持ち運べなかったり車を普段運転していなかったりする非力な女性が選びやすい面もある。

切断の心理には、遺体に対する嫌悪感・忌避感を麻痺させていたり精神的に興奮・没頭していたりする一定の異常心理の存在はあり得るだろうが、基本的には自首する気がなく『逃げる・隠す・シラを切る』と腹を決めた人にとっては、遺体は分割すべき物体(あるいは他の動物のような存在)として認知されやすくなり、『どうしてもやらなければならない作業(やらなければ自分が殺人罪で逮捕され決定的に破滅してしまう保身の心理も働き)』として淡々と機械的に遂行されることが多いとされる。

殺すつもりまではなかったがカッとなって相手を殺してしまったような殺人犯の多くは、犯罪直後には激しい混乱・興奮・後悔に襲われて何もできない状態になりやすいが、一時的な混乱や興奮が収まって冷静になってくると『自首するか・逃げるか(隠すか)の判断』を迫られることになる。

ここで後悔・反省が勝るか逃げ隠れる負担を嫌うかする人(あるいは初めから捕まるつもりで確信犯的な殺人や心中をした人)は、自分で警察に電話して自首することになる。だが、身勝手ではあるがどうしても捕まりたくないとか今まで通りの人生・生活を続けていきたいという保身が勝った場合には、『どうすれば逃げられるか・自分の犯行を隠せるか(犯行をなかったものにできるか)』を考えることになり、遺体をどのように処分すべきかに悩むことになるのだろう。

大半の人ははじめから殺人そのものをすることがないから、こういった自首するか逃げるかの葛藤・パニックに晒されることはないのだが、こういった自分の人生がかかった究極の判断においてその人がどんな考え方や判断をするかは『それ以前のその人の人物像・イメージ・性格特性』からは正確に予測することは難しい面が多い。

実際、殺人まで重罪ではない『過失による自動車の人身事故』でさえも、学校の教師や医師・看護師、企業経営者などの社会的地位があって善悪の分別や道徳心に基づく判断をすることが期待できそうな人たちが、『保身の心理・罰則の恐れからパニックになってその場から一目散に逃走した事件(結果ひき逃げ事件として法的責任・罰則が加重される)』は多くある。

人間はいざ自分自身がその状況になってみないと、『過失・故意で他人を傷つけた行為(発覚するとかなり重い罰則や制裁を受ける行為)』を正直に認めて自ら通報するか、今まで積み上げてきたものや今ある生活を失うのが怖くてとにかく逃げたい(事件事故をなかったことにしたい)という保身の心理に負けてしまうかは分からないと思っていたほうが良い。

更に言えば、自分自身が人を殺したことが明らかになり逮捕・起訴された後でも、人の多くは弁護活動を通じて『自分の責任や罰則を少しでも小さくしたいという保身の心理(情状酌量を求めたり心神喪失・心神耗弱を訴えたり病気や行為の不可避性を強調したり)』を持っているものである。


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