シンプルに信じられることの幸福・自信とファンドマネージャー(専門職)の『スキルの錯覚』

一般的に、人間の脳の認知機能は『もっともらしい物語性・因果関係(結果バイアス・後知恵)』を非常に強く好む傾向があるので、『統計的な平均回帰(偶然・運の要素)』は軽視されるか無視されやすい。『こういう原因があったからこの結果が生まれたのだという納得・理解の快感』は、客観的には『好ましいストーリーを通して物事の真理が分かったつもりになっている』に過ぎないとも言えるが、主観的には『自分は物事や経済の仕組みに精通している』という非常に高い自己評価(自信)や秩序感を与えてくれるのである。

もっともらしい因果関係やストーリーを作り出す人間の脳:結果バイアス・ハロー効果

自分なりに納得できる好ましい『ストーリー(物語)』、どうしてその結果になったのかを理解できる『因果関係』は、率直に言ってその人の自信や自己評価を高めてくれる。それは脳にとっての快感刺激でもあり、心理的な動機づけ(モチベーション)の高まりでもあるから、基本的に人は心情的になるほどと思うストーリーやどうすれば良いのかを教えくれる因果関係を強く好むということになる。

もっともらしいストーリー(物語)や因果関係を本気で信じ込める『シンプル思考』というのは、主観的な幸福感や満足感にとっては間違いなくプラスに作用する。反対に、懐疑的かつ検証的な態度を常に持っていて、このようなストーリー(物語)や因果関係を信じられずに『知識・情報・計算・統計などの根拠』によって反駁しようとする人は、インテリで知的能力や現実認識は高いかもしれないが、『シンプルに信じられるもの』を持ちづらいという意味で主観的な幸福感や満足感は低下しやすいだろう。

人間は家族(絆)にせよ異性(愛情)にせよ社会(国家)にせよ宗教にせよ、『自分が絶対だと信じていること』によって精神が安定して主観的に幸せ・満足を感じやすくなるが、さまざまな情報や知識、経験によって『絶対と信じられるものを失った時(信じるのではなく疑うようになった時)』に精神が不安定になり不幸・不満を感じやすくなる傾向がある。そして、自分が絶対だと信じていることには多くの場合、ほとんど根拠はなく、家族・恋人・親友を典型として自分と親しい他者との間で『それが正しいとする共通認識』があるだけなのである。

しかし、主観的な自信・確信は『つじつまの合うストーリー作成・情報処理の認知的な容易性(情報の整合性)』があるということを意味しているだけで、『客観的な事象の未来予測・正しい判断』を保証するものではない。人間の認知的な自信・確信の盲点になっているのは『偶然性・運・不確実性』といったものであり、これらは『株式投資における売買の矛盾(スキルの錯覚)』となって現れることもある。

同じ株の銘柄を売買する時には、売り手と買い手の大半が『ほぼ同じ情報』を持っているにも関わらず、取引が成立するというのは考えてみれば不思議な矛盾した話である。ほぼ同じ情報を持っているにも関わらず、その株を売る人は『現在の株価が高すぎる(これから下がっていくだろう)』と考えていて、その株を買う人は『現在の株価が安すぎる(これから上がっていくだろう)』と考えているから株式売買の取引が成立するのだが、これは市場が決定している現在の株価が『正しくない』と考えていることをも意味している。

株式投資・金融市場の原理原則について説明したスタンダードなテキストであるバートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー――株式投資の不滅の真理』では、企業価値にまつわるあらゆる情報と予測が現在の株価(市場価値)に織り込まれているとする『効率的市場仮説』が呈示されている。効率的市場仮説が正しいとするなら、株を売買する個人投資家は最終的に大きな得も損もしないということになるが、実際には大勢の個人投資家は株式の取引をすることによって少なからぬ損失を出している。

認知科学者のダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』の中で、カリフォルニア大学バークレー校の金融工学のテリー・オディーン教授の『株式投資の非効率性・非合理性に関する論文』を取り上げている。個人投資家の約16万3000件の株の売買を調べてみると、『ある銘柄を売った直後に別の銘柄を買ったケース』で平均で一年後には買った銘柄よりも売った銘柄のほうが値上がりしていた(3.2%値上がりしていた)のである。

個人投資家の株の売買に対する思いつき(今保有している株よりも別の株のほうが値上がりしそうという思いつき)は多くの場合において『損失』を生み出す原因になってしまう。これは効率的・合理的とされる株式市場において、『取引回数の多い個人投資家』よりも『取引回数の少ない個人投資家』のほうが利益を生み出しやすいという矛盾を生み出している。特に、値上がりを続けている優良銘柄を『利益確定(利確)』のために売って、その代わりに『値下がりする銘柄(その時に話題になっていた銘柄)』を買ってしまい、含み損を抱えて売るに売れなくなるといったケースが多いとされる。

更に、アマチュアの個人投資家だけではなくプロのファンドマネージャーや証券アナリストでも、『株式市場の平均利回り』を超える利率を、自分の銘柄選択(目利き)と売買の判断で生み出すことは簡単なことではなく、大多数のプロ投資家は市場の平均利回りを超える成果を出すことができないのだ。ファンドマネージャーや投資ファンドの成績を長期的にトレースしてみると、前年度の成績と翌年の成績、その後の成績との間に有意な相関関係が認められず、サイコロ投げに近いようなランダム性が目立っているのである。

ファンドマネージャーをはじめとするプロの機関投資家は、主観的には『高度な専門的知識と迅速な情報収集』に基づく賢明なプロの投資判断をしていると思っているはずだが、客観的な結果としては『サイコロ投げのような偶然性・運』によって投資実績は規定されており、特定の投資信託(ファンドマネージャー)だけが安定的に高い利回りを実現し続けるといった相関関係はまず認められないのである。

高額な成果報酬によってモチベーションが極めて高くなっている、富裕層向けの投資アドバイザーでさえ、長期的な投資実績を調査すると『複数のアドバイザー間のスキル(実力・技術)の差』は認められず、ハードワークで日々真剣に投資判断をしているはずなのに、ほとんど『偶然・運』によってその年の投資実績が決まっていたという驚くべき結果が示されている。

『専門家のスキル』と見られているものが、主観的な自信・確信に過ぎず、客観的には偶然性に左右される錯覚だったということである。そして、どんな分野であっても『専門家でも長期予測(遠い未来の予測)はできない』ということは概ね成り立つのである。

ダニエル・カーネマンは皮肉交じりにこう語っている。ファンドマネージャーのようにある分野の専門家のスキルに客観的な証拠や統計的な有意性(相関関係)がないということが複数の研究によって検証されたとしても、『その仕事をしている専門家の職業・収入・権威(自尊心)』が著しく脅かされる時にはその事実は決して認められることはないと。


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