イギリスのEU離脱問題とUK(連合王国)の分裂リスク・正しさを巡る理想と現実:3

イギリスのEU離脱は『民族アイデンティティー・独立意識(独自の主権強化)』の高まりが国民投票で支持されたことを意味するが、それは『UK内部における民族アイデンティティー・独立意識(主権回復)』を刺激するリスクとも背中合わせであり、特にEU残留の意思表示が拒絶される恰好になったスコットランドと北アイルランドで独立運動が盛り上がる可能性が出てきたとされる。

イギリスのEU離脱問題とブレグジットの賛否を問うた国民投票の内訳(属性・特徴の分類):2

スコットランドは原子力空母配備の要地であり、北アイルランドには石油の天然資源がある。いずれも英国と欧州の安全保障にとっての重要拠点だが、2014年にスコットランドは『英国離脱の国民投票』を行ったように『英国離脱派』がかなりの数を占める地域でもあるのだ。北アイルランドでは、IRA(アイルランド共和軍)による分離独立のための苛烈なテロ活動が行われた歴史もある。

スコットランド人は『一つのヨーロッパというEUの理想』に賛同することで、『連合王国で主権が制限された地域・イングランドに武力で合併された歴史』といった地域内の歴史の怨恨から生じる独立意識を忘れやすかった面もあっただろう。

スコットランドや北アイルランドが、『一つのUK(連合王国)という理想』をイングランドやウェールズと共有せずに、『国民投票によるEU(欧州連合)からのUK(連合王国)の独立』が許されるのであれば、『国民投票によるUKからのスコットランドや北アイルランドの独立』も民意として許されるはずだというロジックを主張してくれば、その投票結果に対してUK側は合理的に反論することはできない。

スコットランドは1707年に同君連合としてUK(連合王国)に組み込まれたが、仮にスコットランドがUKを離脱すれば、イギリスはグレートブリテンの北部3分の1の国土を喪失することになり、約300年間にも及ぶ連合王国の歴史に終焉の時が訪れる。1801年に併合したアイルランドとの連合関係も1937年のアイルランド独立によって崩れており、元々、アイルランドの一部であった北アイルランドで再び独立運動が活発になる可能性も排除できない。

仮にスコットランドと北アイルランドをイギリスが喪失すれば(そう簡単にイングランド側が分離独立を許すはずもなく飴と鞭で懐柔を続けるだろうが)、 かつて世界全域を植民地に組み入れていた大英帝国は『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』から更に、『グレートブリテン南部(南ブリテン)の連合王国』にまで極端に縮小して、その影響力もかなり小さくなってしまうだろう。

EU離脱とUK崩壊の連鎖ドミノのリスクを指摘する声もあるが、グローバル経済だけではなく、ヨーロッパ情勢と世界情勢の安定のために、UK内部の過剰な分裂・対立の動きは抑制して欲しいと思うが、イギリスのEU離脱に賛同する人たちの背景にあるのは『「EU経済・グローバル経済・移民政策・規制緩和」などの恩恵を受けられない層の不満・不安・怒り』である。

EU残留派とEU離脱派の対立軸として『移民容認と移民排除・グローバル経済とブロック経済・エリート層と非エリート層(移民競合の労働者層)・若年層と高齢者』があるが、それらの対立軸をまとめて象徴する概念として『理想・理性の残留派』『現実・感情の離脱派』をイメージすることができるように思う。

近代において人権思想や自由主義、民主主義、国際主義、女性・子供の権利などは、政治的・一般的に正しいという意味で『ポリティカル・コレクト(political correct)な概念』とされるが、『EU残留(地域全体を包摂する広域共同体との調和)』もそれと同じように政治的・一般的に考えれば正しいと感じられるポリティカル・コレクトな判断であった。

しかし、EU経済やグローバル化の恩恵を受けていないと感じている『EU離脱派の層』にとっては、ポリティカル・コレクトなEU残留の判断は『自分にとって利益のない現実味のない綺麗事・移民増大のリスクや主権制限の屈辱を考えない机上の空論』に過ぎなかったのだろう。

いくら価値観や人間の理想として正しくても、それを受け容れることによる不利益や不快感、アイデンティティーの混乱が大きければ拒絶されることになる。その典型的な歴史の事例としては、『共産主義・社会主義(マルキシズム)の崩壊』もあるが、EUの欧州統合が共産主義・社会主義ほどに非現実的な理想主義であるかは議論の余地が大きいはずである。

もっと卑近な事例では、『排外主義・移民差別・自民族中心主義(自国至上主義)・ムスリム忌避(潜在的テロリストとしての懐疑)』などを前提にして、自分や自民族に有害な影響をもたらす可能性が高い異質な他者を『仮想敵』と見なして、事前に差別したり排除したりしても良いという考え方が力を増している。

『人権思想・平等主義・国際協調などのポリティカル・コレクトな理想主義』を利敵行為や裏切り者の綺麗事のように捉える層が増えて、アメリカやフランス、オランダなどでも『移民差別・外国敵視・生き残りのためのエゴイズム』を打ち出す極右的な政党・政治思想が支持を集めやすくなっているのである。

一つのヨーロッパの理想に大きな亀裂を生じさせた『英国のEU離脱』は、理想よりも現実にならざるを得ない格差・貧困に苦しんでいる大衆層の拡大を意識させるものである。『英国のEU拠出金の大きさ(EU内部の財政悪化の貧しい国の支援)・移民受け入れの増大』に対しても、政治は『EU・外国人・移民労働者』のほうを向くべきではなくまず自分たち(自国民・自民族)を率先して助けるべきだという優先順位を突きつけているとも言える。

政治的・一般的に悪いように感じられる『差別・冷淡・不寛容・非協力的』であっても、『正しいことをして失業・貧困に陥ったり自分の権利が侵害される(正しいことをして自国で外国人・移民からの不快感や屈辱感を我慢させられる)』よりもまだマシだという、庶民層・労働者層の感受性や価値観そのものは簡単には否定できない。

『地域・民族・宗教の差異や歴史』を包摂して一つの効率的なシステムにまとめることで、物質的・経済的な利益を増やしながら対立・争いを無くしていこうとするグローバリゼーションが進展している。しかし、そのグローバリゼーションが進展する現状に、メリットではなくデメリットを受けている人たちも大勢いるというのが現実なのである。

『現状に対する大衆の怒り・不安・不満へのイマジネーション』を欠いたエリート層(グローバル化から恩恵を得られる層)が傲慢な政治経済・雇用の運営を続けてしまえば、『欧州統合・グローバル化・人権思想・平和主義・異文化コミュニケーション・移民との共生といった理想主義』が荒々しい現実と敵対的な感情の前に水泡に帰してしまう恐れが十分にある。

英国のEU離脱の国民投票を通して『理想主義の一般的な正しさと人々の実際の仕事・生活・感情のギャップ』についても考えさせられた。EUによる欧州統合やグローバル化による経済成長、対話外交と平和主義などの『理想主義』を綺麗事にせずに実際に実現化していくためには、『理想と現実の狭間で迷って喘いでいる人々』に対する想像力と配慮・支援も忘れてはならない、そうでなければ『現実の生きづらさ・感情的な不快感』からくる激しい反発・反動を受けて、理想そのものが徐々に失われてしまうように思う。


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