S.フロイトの精神分析(自我心理学)におけるエディプス葛藤と自我の強化:自己の真理を知るストレス

S.フロイトの精神分析の目標や効果は、『無意識の意識化・言語化』という概念で語られることが多い。娘のアンナ・フロイトへと引き継がれたオーソドックスな精神分析が『自我心理学』と呼ばれた時期もあるように、その無意識の意識化・言語化は『自我の安定・強化』ともつながっています。

『自我の安定・強化』というと、常識的なイメージでは人間関係のストレスやつらいこと(苦痛なこと)のストレスに耐える耐久力としてのトレランスを思い浮かべたり、自分の意志や意見を貫き通して欲求を満たすような自己主張の強さ(対人コミュニケーションの影響力)を考えがちです。

しかし、精神分析の無意識の意識化を経由する自我の安定・強化というのは、そういったストレストレランス(ストレス耐性)や対人コミュニケーションのことではなく、『自分の親子関係・生活史(成育歴)・過去のエピソードの客観的な観察+主観的な受容』であり、端的には他の何者でもない一回限りの自分のありのままの人生や経験を受け容れて、これからの現実に対処する姿勢を立て直して維持するといったことを指しています。

精神分析(自我心理学)というのは、現実に向き合う自我の強化という一見して分かりやすい目標を掲げてはいますが、精神分析そのものが哲学的・文学的な目的意識として『人間の心の真実の探求』を織り込んでいるように、『自我の形成や働きについての包括的な理解・受容』という難しい目標とも関係しているのです。

『自我の形成や働きについての包括的な理解・受容』というのは実践することが難しいのですが、言葉として表現する場合にはカウンセリング一般に共通する『ありのままの自分の表現・肯定・受容』とほぼ同じ意味合いも持っています。

自分自身の人生体験や過去の感情体験をごまかしたり抑圧したりせずに、ありのままの形で認識して受け容れることによって、自我が現実の外的状況(人間関係)にスムーズに適応しやすくなり、『抑圧された感情・記憶』が退行して症状化(不適応化)することを防ぎやすくなるのです。

エディプス・コンプレックスをはじめとする過去の親子関係の葛藤を自覚して整理したり、父母への依存・甘え・恐れ(被抑圧)・不満を思い出してそれらをいったん受け容れた上で、『(親との感情問題を乗り越えた)自分自身の人生』を生きていくために精神的自立を促進していくというのも精神分析の重要な一面になっています。

自我心理学をはじめとする精神分析の対象となったのは、『古典的な神経症(neurosis)』でしたが、この神経症の主要な原因として想定されていたのが『エディプスコンプレックス(エディプス葛藤)・去勢不安(castration anxiety)・分離不安(separation anxiety)・超自我(superego)』であり、これらの精神病理や精神発達の停滞と関係した概念は『過去の親子関係の経験・記憶・認識』によって生み出されたものでもあります。

過去の親子関係(あるいは重要な他者との人間関係)の問題が十分に解決されておらず、『リビドーの固着・退行』が起こりやすくなっていて、幼児的・感情的な混乱した興奮しやすい(その場にふさわしくないわがままな)言動を取ってしまったり、心身にさまざまな症状が出てくるというのが精神分析における神経症の発症メカニズムになっています。

エディプスコンプレックス(エディプス葛藤)は一般的には『異性の親(母親)に対する甘え・性的欲求と同性の親(父親)に対する競争心・敵意との葛藤とその断念』と定義されますが、その本質は父権主義的な家族ファンタジーを通して『思い通りにならない社会的現実』に気づくことです。

エディプスコンプレックス(エディプス葛藤)を経験して、“家族の内部”から“外部の社会(他者)”へと意識を向け変えていくことによって、『自分の自律的(自立的)な人生』を確立しやすくなりますが、更に『思い通りにならない社会的現実』に対してどのように向き合って対処していくかという自我の強化にもつながっています。

エディプスコンプレックスは『超自我の罪悪感(上位者に威圧される去勢不安)』も引き起こす可能性があるので、同性の親(父親)に対する敵意とその反動としての恐怖が強い場合には、かえって超自我の強さによって自我が萎縮させられてしまい、外的な現実状況に適応しづらくなったり神経症的な症状に苦しめられたりすることもあります。

精神分析を受けるクライアントには、一定の知的能力と自己洞察(自己分析)の意欲が求められますが、それは精神分析が『知的な理論の枠組み・論理的な概念の定義』などによって組み立てられている心理療法の体系だからです。

クライアントに自分の心理的問題の原因や構造、経緯を理論を通して自己分析しようとする知的欲求(知的な動機づけ)がないと、精神分析のセッションが上手く進展していかないからです。

精神分析の治療メカニズムである『心理問題に対する情緒的理解(体験的理解)』の基盤には常に、『自分で自分の症状の原因(心理の理由)を理解しようとする姿勢』がなければその効果を十分に実感することができないのです。

自我心理学と呼ばれる精神分析は『自我の自律性(自立性)の獲得』を目標としていますが、その自我の自律性というのは過去の親子関係(エディプスコンプレックス)やトラウマの克服とも関係しており、概念的な理解としては自我の強化によって『本能(エス)・超自我(スーパーエゴ)・外的現実』をより合理的に統制できるような心理状態へ、学びながら自分を導いていくことだと考えることができます。

自我の安定・強化によって『本能(エス)・超自我(スーパーエゴ)・外的現実の合理的統制』を成し遂げることが、自我心理学の大きな目標になっていますが、この自我による精神機能・現実適応の合理的統制についてS.フロイトが語った言葉として『エスのあったところに自我をあらしめよ』というものがあります。

エスのあったところに自我をあらしめるための自我心理学の心理療法は一般的に苦痛・不快を伴いがちだとされますが、それは『自分で認めたくないと思って抑圧しがちになっている反道徳的な欲求・醜悪な利己性・嫌な記憶・恥ずかしい思い出』などを敢えて見つめてそれを受け容れて乗り越えていく営みだからであり、『自己の真実(ありのままの自分の心理や記憶)』を客観的に知って実感していくことには一定以上の不快なストレスが伴いやすいからです。


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