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zoom RSS 又吉直樹『火花(オーディオブック版)』とAmazon運営のAudibleの感想

<<   作成日時 : 2015/12/08 19:20   >>

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ドコモでスマホを機種変する際、『スゴ得コンテンツ』なるものに強制加入させられたのだが、通知で又吉直樹さんの『火花』(第153回芥川賞受賞作)がオーディオブックの朗読で聴けるということで聴いてみた。『火花』を朗読してくれている声は俳優の堤真一さんで、渋みと温かみのある声質であり、読む速度もちょうど良い感じでストレスなく物語の世界に入り込むことができた。

元々、芥川賞受賞作にも『火花』という作品にもそれほど興味がなかったので、全くストーリーやテーマの先入観を持たずに聴けたというのが逆に良かった。オーディオブックというと冗長で時間がかかるというイメージもあるが、『火花』は概ね2〜3時間くらいで聴き終えられる分量だった。何か他の作業をしながらでも聴けるので、そんなに長い時間がかかるといった印象もなく、目で文字を読む読書とはまた違った面白さがあった。

『火花』のストーリーは、お笑い芸人の“徳永(とくなが)”とその先輩の“神谷(かみや)”の人間関係を中心に展開する。徳永が若干20歳の売れない芸人だった時、熱海の営業で24歳の神谷と知り合う。徳永は神谷のストイックなまでの世の中に迎合しない『お笑いの追求』に感銘を受けて弟子入りするのだが、神谷は徳永の弟子入りを認める条件として『自分の伝記を書いてほしい』と頼む。

神谷は一社会人というか一人の人としては完全にダメ人間で、『お笑い』だけに専念したいという理由で、殆ど本業のお笑いで収入がないにも関わらず、一切他のバイトなどはせず、“真樹(まき)”という女性の家に転がり込んでヒモのような生活をしていた。そういったリスクヘッジや生活費、彼女(真樹)の将来のことなど全く考えない無頼者めいたお笑い一筋の神谷の生き様に、徳永は内心で憧れながらもまともな神経ではそんなことはとてもできないという恐れも感じている。

綺麗で献身的な神谷の彼女である真樹は、徳永にとっても憧れの女性だったが、神谷は真樹との将来を見据えた真剣な交際には全く関心を示さず、中途半端なヒモ生活をだらだらと延長させていた。神谷は『あいつが惚れて付いてきているだけ・俺なんかに構ってても仕方ないのに』という傲慢な態度を取り続け、やがて神谷から真樹を引き離そうとする“新たな男の出現(真樹がしている仕事の真相の暴露)”によって、今まで安定していたかに見えた神谷と真樹との関係は突然終わりを迎える。

神谷は表面上、『幸せにしてくれるいい男がおったらそっちに行ったらいい』というような強がった態度も取っていたが、いざ真樹を失ってみるとそれまでいかに自分が精神的に真樹に依存していたか、無償の愛情や世話に助けられてきたかを思い知らされて、予想以上のきつい精神的打撃で打ちのめされ、しばらくは徳永が心配するほど鬱々とした覇気と意欲のない日々を費やすことになった。

『火花』では、徳永以外からは遂に誰からもまともに認められることのないまま終わるお笑い芸人の異才である『神谷』の人生観・お笑い観・自堕落な生活が描かれ、徳永と神谷の丁々発止のやり取りも多いのだが、このやり取りは恐らく『小説』よりも『オーディオブック』のほうがリアルかつスピーディーな臨場感を楽しみやすいのではないかと思った。

まるで『無鉄砲でシニカルな神谷の人生の言行録』のような体裁の小説なのだが、この小説がそのまま『俺の自伝を書いてほしい』という、徳永が神谷に弟子入りした時の約束の履行になっているのである。

神谷が徳永に語りかける何気ない言葉の一つ一つ、時折覗かせるお笑いのセンスの片鱗には、確かに常人にはないキラメキや異才の香りが立ち上る。だが、現実にはお笑い芸人としてテレビ番組に出演できる程度にまで出世した弟子の徳永に対して、徳永がお笑いの信念・センスにおいて自分より圧倒的に上だと尊敬する神谷はいつまでも芽がでなかった。

神谷の表現しようとするお笑いは、一般社会で受け容れられるタイプのものではないというのもあるが……『自分自身が面白いと思うもの』は徹底的に追求するのだが、『他人・世の中が面白いと思うであろうもの』に対するリサーチや創意工夫といったベクトルでのお笑いの芸の調整にはまったく興味を示さなかった。ストイックでもあるがわがままでもあるし、職人的なプロフェッショナルではあるが投資対効果のバランスが壊れているアマチュアでもあった。

神谷は結果、芸人として分かりやすい形で成功したり大きな報酬を得たりすることはなかった。それでも徳永の神谷に対する尊敬・評価はほとんど変わらないのだが、終盤では借金を重ねて経済的に追い詰められ、自分の信じるお笑いのセンスも全く通用せず、いったん夜逃げ・蒸発までしてどうにもならなくなった神谷は、徳永でさえも『呆れる他のないトリッキーで反道徳的な笑いの取り方』へと逸脱してしまう“あほんだらな有様(神谷が相方と組んでいたコンビ名があほんだらなのだが)”である。

神谷・徳永のお笑い芸人としての紆余曲折の生き様とセンス、勝負を描きながら、『お笑いの才能・センス・キャラ』といった個人的要因だけではなく、『その芸人を見たいという観衆の人気・需要・評価』の市場的要因が求められる厳しい芸人の世界を、テンポの良い掛け合いと人生の悲喜交々のエピソードを交えて小説で再現しているところが面白い。

声の調子や語勢を使い分ける堤真一さんの朗読も味わい深く、徳永・神谷のキャラクターがよりリアルに浮かび上がって聴こえた。『火花』は紙の本だけだと読まないまま終わっていた可能性も高かったと思うが、登場人物のキャラクターにしても作中のお笑い・コミュニケーションにしても、オーディオブック化に適した作品だったのかもしれない。

本を朗読するウェブサービスとしては、月額1500円(現時点では1ヶ月無料期間あり)のAmazonが運営している“Audible”も話題になっていて、又吉直樹さんの『火花』を聴いたついでに試しに登録してみた。

タイトル数は1万以上あるということで、『小説・古典・名作・ビジネス・語学・落語・サイエンス・ライトノベル』など、さまざまなジャンルの作品を音声で楽しめるのだが、個人的には紙の本であれば再読することがもう無かったであろう芥川龍之介とか太宰治とか宮沢賢治とか司馬遼太郎・吉川英治とか世界文学の名作小説とかを、ちょっとした移動時間やカフェ・外食の時間などに聴けるというのは面白いサービスだなと感じた。英語を中心として、語学のリスニングを練習したいという人に適した教材的なオーディオブックも結構揃っているみたいである。

本の読書も非常に好きなのだが、やはり文字を目で追って読む作業というのはかなりの集中力や注意力、読解力の持続を必要とするので、心身が疲れている時に本を読むのはしんどいことも少なくない、そんな時にはぼんやりしながら何となく本の内容をオーディオブックで聴いて楽しむというのも、贅沢なリラクセーションの一つの方法かなと思った。

通勤・通学の途中、運動している時などは、本を読みにくいか読めないことも多いので、音楽の代わりにオーディオブックを聴くというのも良いかもしれないが、映像作品の定額サービスが1000円前後の相場になっていることを考えると、音声のみのオーディオブックで1500円はやや割高という印象を受ける人は多いかもしれない。また本のように『漢字の表記・人名地名・グラフや図』などをその場で正確に目で見て確認することができないので、知識・情報を仕入れるような型の読書にはあまり向いていない。

Audibleのタイトル数がもう少し充実するか、定額料金を1000円前後までプライスレスするかすれば、潜在的にはオーディオブックの需要はかなりあるのではないかと思う。Audibleはある種のラジオ感覚で朗読者の声の質感を楽しめる要素もあるので、ラジオを『ながら聴き』するのが好きだった人たちなども、聴いてみるとはまる可能性があるだろう。

私も実際に聴く前はあまり興味がなかったのだが、いざ聴いてみると『文字を読む読書』とはまた違った音声の世界の味わい、物語を聴いて解釈する面白さがあって、何となく続きを聴いてみたい気分にはなる。


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