山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』3:“名聞・利欲・色欲”の破滅回避と近代的合理

石田梅岩の『斉家論』というのは、家の秩序を整えるための書であり、家を浪費・奢侈・見栄によって破産させないための書でもあるのだが、実際、慶長時代から栄えていた商家・町家(成金)の多くが、分不相応な贅沢・豪勢な生活をして派手な浪費に耽ったことで、江戸初期には没落してしまったのである。

山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』2:なぜ散財・贅沢を戒めたのか?

その商家の破産と没落の事例を踏まえた梅岩であればこそ、自律的に倹約して消費を制御すべきであるという『消費の倫理』を強調したのである。『いったん贅沢をして上げてしまった生活水準』を再び節約して落とすことが難しいと知っていればこそ、梅岩は初めから奢侈・贅沢に淫するような慢心・虚勢を戒めて質素倹約を旨とすべきだと説いているのだろう。

しかし、近代以前の消費の倫理というのは『物理的・経済的な困窮と欠乏』から否応なしに要請されるという側面が強かったのであり、『経済的逼迫もない状況での倹約の強制』というのは容易に受け容れられるものではないということは梅岩も知っていた。

儒教においては『聖人の教え』、戦後日本の歴史的文脈においては『戦後民主主義』のキーワードによって、『民意(民の意向)』を完全に無視することはできず、消費の倫理の規範が必ずしも倹約的・禁欲的になるかは分からない(現代の消費主義社会では常にそうなっているが経済状況・景気によっては消費促進が歓迎され得る)ということも示唆されているのである。

石田梅岩の石門心学では、自己と家を破滅させる浪費・奢侈を生み出す原因として『名聞(名声)・利欲・色欲』を上げているが、これらの悪徳から生まれる浪費・奢侈・破滅を回避するためにこそ『自己規制的・自律的な消費の倫理(倹約精神)』が必然的に要請されるというのである。

『勤勉+倹約』という昔ながらの日本人にとっての道徳性の基礎と考えられているものは、梅岩が説くように『自己と家を破滅させないための実際的な動機づけ』に基づく部分も多分にあり、『名聞(名声)・利欲・色欲』に大きく翻弄されればそれなりの財産や家柄のものであっても、あっという間に破産して没落の憂き目に遭ってしまうというのである。

『名聞(名声)・利欲・色欲』が破産・破滅・軽蔑を生み出す危険性について道徳的な警鐘を鳴らす以下の梅岩の言葉は、現代においてもある程度は通用する内容になっている。『飲む・打つ・買うの悪徳』および『自分を実際以上の存在に見せかける虚栄心・見栄っ張りの弊害』というのは、時代を超えて普遍的な人間の欲深さ(承認欲求の強さ)の問題であり、誰もが誘惑されかねない煩悩(金銭・モノ・女性・安楽への欲望)なのである。

『衆人はたとひ少々の善事をなせども、己を他より誉められたく思う心よりする善事なれば、実の善事にあらず。其外(そのほか)、身上(しんじょう)の事、氏系図の事、或は芸能、智恵に至るまで、己相応より宜しく(よろしく)思われたき心あるは皆名聞(みょうもん)なり。

また利欲というは、道なくして金銀財宝をふやす事を好むより、心が闇く(くらく)なりて、金銀あるが上にも溜めたく思い、種々の謀(はかりごと)をなし、世の苦しみをかえりみず、剰(あまつさえ)、親子兄弟親類まで不和になり、たがいに恨みを含むに至る。

また色欲というは、若き時は前後のわきまえもなく、しなかたちにのみ愛で(めで)、ここかと思えばかしこにわたり、流れの女にさえ心を見すかさるれど、夫(それ)をも知らず。親のゆるさぬ金銀を使う。また老いたる人も、夫婦諸共、道にも入るべき時、腰元や下女に手をかけ、または若き女を抱え、寵愛し、親しむべき女房には疎くなり、頭には白髪をいただく事を知らず。

栄耀栄華のおごりのためにこころを悩ますことはなはだし。其外、万事不義無道をなし、心を煩わすは皆放心を以ってなり。此(これ)味わいを知らず、仁に心を尽くさざるはかなしき事かな。聖賢これを歎き給い、学問の道他なし、その放心を求むるのみと、孟子も既に説きたまえり。予(わが)教ゆる所もこれによれり。』


日本人の勤勉精神が歴史的・思想的にどこに由来しているのかを、鈴木正三と石田梅岩の思想を参照しながら深く探求していく本書であるが、鈴木正三が『働くということ=宗教的修行・仏行』として定義したのに対して、石田梅岩は『働くということ=消費の倫理の実践(破滅につながる私利私欲の消費ではなく、家や社会の秩序を支えるための倹約・正直につながる消費の実践)』として定義したと言えるだろう。

マックス・ヴェーバーの解明したプロテスタンティズムの倫理が資本主義精神と親和性を持っていたように、石田梅岩の構想した倹約・正直も来るべき近代社会の合理主義精神との親和性を持っていた。そのことは『我物は我物、人の物は人の物。貸したる物はうけとり、借りたる物は返し。毛すじほども私なくありべかかりにするは正直なる所なり』という“近代的な私的所有権・負債と返済”をイメージさせる石田梅岩の“正直”についての説明からも読み解くことができるだろう。


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2013-09-24
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