人はなぜ自分の欲求・真実を偽ることで苦しむのか?:超自我+噂話による自己規制・自己欺瞞(防衛)の限界

本来の欲求が満たされないことによる『自我の傷つき・欲求不満(フラストレーション)の苦しみ』から自分を守るための『自我防衛機制』は、動物的な防衛行動よりも複雑で種類が多いものですが、その本質は自分で自分を騙してその欲求が初めから無かったことにしようとする『自己欺瞞(エスの隠蔽・隔離・解釈)』です。

S.フロイトの快感原則と現実原則:社会生活・人間関係へ適応するための欲求の満たし方

人間は社会生活や仕事状況、他者との人間関係に適応するために、『本能的な欲求・願望の充足』を抑圧したり延長したり昇華したりしなければならず、誰でもある程度は『自己欺瞞・我慢・譲歩(妥協)』をしなければ現実社会の他者との関わりの中で生きていくこと(自分の居場所を維持すること)はできません。

自分のむきだしの欲望や願望を、そのままの形で合法的かつ適応的に満たせる状況・相手は多くないからであり、多くは『人間関係を保つための気配り・思いやり・貢献活動』や『金銭を得るための労働・投資・努力』のように、何かを得るためには何らかのコストを支払ったり、自己中心的な行動を我慢したりしなければならないからである。

あるいは、妥協や譲歩、努力ができなくて、適応的に自分の欲求を満たせない時に、『自分は別にそんなことはやりたくなかった・そんなものは欲しくなかった・自分を認めない他者は必要ではない』といった自己欺瞞(認知的不協和)と関係する自我防衛機制が発動されやすくなります。

しかし、極端な自己欺瞞には無理や限界があるので、あまりに自分で自分を偽りすぎたり、真実(本当の欲望)から目を背けたりし過ぎると、『心理的苦悩の深まり・心身の調子の悪化・各種の精神疾患の発症』といったデメリットが大きくなってしまうのです。

“抑圧・否定・否認・投影・隔離・退行・合理化・知性化・昇華”などの自我防衛機制には、自分で自分に様々な方略を駆使してウソをつくという側面がありますが、『過去のトラウマ的な体験・記憶』を意識から切り離して思い出せなくするために自我防衛機制が発動されている時に、もっとも神経症・精神病の発症リスクが高まりやすくなる(メンタルヘルスが悪化しやすくなる)と考えられています。

人は他者と協調・協力する社会生活を営むために、発達早期の母子関係の共感・共生の経験を基盤にして『社会的な認知能力(社会的な知性)』を発達させていくのですが、この社会的な認知能力によって『他人の心(意図・感情)を推測すること』が可能になっていきます。

自閉症スペクトラムの病理学研究では、この他人の心(意図・感情)を推測する能力のことを『心の理論』と呼んでそれが形成されるかどうかを重視しています。健全な精神発達の過程では幼児期後期・児童期のはじめくらいになるとこの『心の理論』が形成されてきて、幼稚園・保育園・小学校の友達の気持ちを概ね正しく推測して配慮できるようになってきます。

『心の理論』が形成されないと、相手の感情や意図を正しく推測できないので『相手の感情を傷つけるような酷い言葉をいう・その場面や状況にふさわしくない不規則な発言をする・相手の都合や事情を無視して一方的にまくし立てる・相手のコンプレックスを刺激するような嫌なことをずけずけと言う』といったアスペルガー障害に見られるような社会性やコミュニケーションの問題が目立ってきます。

認知心理学の分野では、『裏切り者発見モジュール(嘘発見モジュール)』という、集団生活で『他者の裏切り・ウソ』に敏感に気づくことのできる人に特有の認知機能が生得的に備わっているとされます。

これは人間社会が生産的かつ規範的に営まれるためには、『フリーライダー(社会貢献せずに社会の恩恵や配分だけ受け取ろうとするただ乗り者)・他人を騙す嘘つき』をできるだけ効率的に排除する必要があったからだと考えられています。あるいは、フリーライダーや嘘つきと見られないために皆がそれぞれの力を発揮して努力するような社会環境を整える必要があったためでしょう。

社会集団の大規模化と言語獲得によって、法律・倫理といった社会規範が強化され、お互いの意図・感情をある程度正しく推測するための『心の理論』が発達したと考えられますが、そういった社会的知能(他者の動き・反応に合わせた同調的反応)には脳神経学的な『ミラー・ニューロン(他者の言動を真似て同調・適応するための神経伝達回路)』が関係しているのではないかと言われています。

人間(ヒト)はその進化の初期においては『自分で自分を騙す自己欺瞞(防衛機制)の弊害』よりも『自分が他人から騙されるウソ・手抜き(フリーライド)・謀略の弊害』のほうを警戒していたと推測されます。

しかし、内面の自己検閲者である超自我(superego)が生成強化され、本能を抑制する社会規範・道徳規範の圧力が強まるにつれて、『自分で自分を騙す自己欺瞞(防衛機制)の弊害=メンタルヘルス・精神疾患のリスク』もかなり大きくなってきたのかもしれません。

人間は無意識的な超自我の道徳規範(善悪の分別)によって自分を自分で監視している『内向性の側面』がありますが、それと合わせて他者(世の中)からの自分がどのように見られているかという評判(噂)・評価を気にして自己調整する『外向性の側面』も持っていて、内向性と外向性の性格行動パターンのバランスを取りながら現実的な環境・人間関係への適応を成し遂げている存在なのです。

精神分析の作用機序とされる無意識の意識化(無意識の言語化)というのは、『本当の自分の欲求』や『真実の自分の生き方』と改めて向き合おうとする方法論の一つですが、自分が目を逸らしてきた本当の願望や真実の人生の問題を見つめ直すという意味ではつらい作業になりがちでもあります。

それは、自分で自分を偽って何とかつらいことや不満なことをやり過ごそうとする防衛機制(自己欺瞞)の適応方略が限界に達した時に力を発揮する方法であると同時に、『真実と虚偽のバランス+エスによる欲求充足と超自我による欲求の抑圧(延長)の葛藤』を自我の現実調整機能によって調整しなおそうとする試みでもあります。


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