山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評8:人生と仕事の運命性にどう向き合うか?

鈴木正三の生きた江戸初期の『封建制・身分制』が固められていこうとする時代には、憲法で『職業選択の自由』などが保障されているわけでもないから、『職業・仕事にまつわる自己決定権(自己選択権)の前提』そのものはないのだが、『下克上(戦国乱世)の終焉による身分流動性の大幅な減少』によって野心ある元武士(元々はかなりの家柄・身分)であっても農業を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評7:現代の職業選択の悩みと鈴木正三の前世論

現代における職業選択に関する迷い・悩みの多くは、『自己決定権・自己選択権の想定』によって生まれている。実際には様々な所与の前提条件があり、すべての職業を現時点の自分が選べるわけではないのだが、自分が選んで決めたはずの職業・仕事に上手く適応できなかったり職務のきつさ・ストレスに耐えられなかったことに『罪悪感・自己否定感・無力感』を感じやす…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評6:修行(仏行)としての職業と純粋動機原理

仏僧でもある鈴木正三の勤労観は、すべての職業の本質は運命的に与えられた役割を黙々と正直にこなす『仏行・修行』であり、それぞれの職業は罪業(業障)や煩悩を消していく『悟りの道』に通じているいうもので、すべての職業が仏行である以上、あらゆる職業に貴賎の区別はないとしている。 山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評5:『私が悪…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評5:『私が悪かった+あなたは悪くない』のバランス

山本七平は江戸時代の思想家である鈴木正三(すずきしょうぞう)と石田梅岩(いしだばいがん)の『勤労観・倫理観(宗教観)』をベースにしながら、日本人の精神性の根底にある行動規範を探索していく。 鈴木正三は日本人の『個と全体(社会)との関係』について、仏教の説く『三毒(貪・瞋・痴,どん・しん・ち)』に犯されない自分とその自分を許してくれ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

V.E.フランクルの“意味・使命”をベースにした幸福観:幸福追求と幸せへの気づきの違い

オーストリアの精神科医V.E.フランクル(Viktor Emil Frankl, 1905-1997)は、ナチスドイツの強制収容所における明日殺されるかもしれない限界状況で生き残った人ですが、フランクルの『生きる意味』を問うロゴセラピー(実存療法)の特徴は、『自分(自我)が人生に意味を問う』のではなく『人生の側から意味が問いかけられてい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足

仏教の創始者の釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は、人間社会の真理を示す四法印で『一切皆苦』と『諸法無我』という苦悩の原因と対処を説きましたが、これはトランスパーソナル心理学的(あるいは実存療法的)な苦悩に対する解決法とも似通った部分があると感じます。 生老病死をはじめとして、人の人生のすべては苦に満ちているという『一切皆苦』はかなり…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

C.G.ユングの“シンクロニシティ”とミハイ・チクセントミハイの“フロー”:必然的な偶然による流れ

J.D.クランボルツの『計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)』では、何かをやってみようとする“意識的な行動”が、意図していなかった思いがけない“偶然の出来事・出会い”をもたらすことが仮定されている。 しかし、よくよく考えてみれば、人間(私)の人生や人間関係というものは、フリードリヒ・ニーチ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

J.D.クランボルツの『計画された偶発性理論』:行動主義と偶然の幸運の引き寄せ

自分で自分がどのような人間になりたいか、どんな仕事や活動をしたいか、どんな相手と人間関係を深めていきたいか、何を実現して達成したいのかといった『目的意識・具体的な計画』を持ち、それに向けて努力や工夫を積み重ねていくというのが、『人生の幸福・成功』を実現するための王道であることは今も昔も変わらない。 しかし、事前に計画した通りに順調…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評4:修行や運命としての職業・人間の定義

仏教の輪廻転生を前提として『前世の因縁』や『来世への責任』といったコンセプトを持ち出すのは、仏僧である正三らしい思想の現れと言える。人間個人の職業的な運命を、前世からの自己責任として受け止める鈴木正三の思想は、『仏法=世間法(与えられた職分・職能を勤勉にまっとうすること)』に必然に行き着くことになる。 山本七平『勤勉の哲学 日本人…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評3:鈴木正三の職分論と士農工商の差別

曹洞宗の禅僧でもある鈴木正三は、諸法無我の真理に重ね合わせるように『自己愛への執着・自己身体の優先』を厳しく批判するような文章を書いている。それらを突き詰めればすべての人が主君・社会・他者のために自らの職分(仕事)に黙々と勤勉に励むことによって、『万民徳用の自然な秩序(すべての人の徳性が活かされた自然と調和した秩序)』が形成されて維持さ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評2:石門心学・自然か不自然か

“自然”であるか“不自然”であるかの認識の違いが、日本人の是非善悪の価値判断に深く関わっているというのは、現代の平均的日本人の意識からしてもそれほど違和感を覚える見解ではない。『ごく自然な人間らしい生き方・働き方(そこには規則正しい生活習慣・労働適応の自然な日常の認識が織り込まれている)をすべきである』という日本的自然法の考え方は、現代…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評1:天職と天命に見る日本人の労働意識

西洋世界の資本主義と労働意欲(勤勉)の歴史的発生をキリスト教の信仰と絡めて説明した書物として、社会学者マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』はあまりに有名である。 M.ヴェーバーはプロテスタンティズムの禁欲的な信仰心と天職(calling)に奉じる使命感が、逆説的に『消費・放蕩をしない労働の過剰(天職…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

三重県伊勢市の高三女子殺害事件:希死念慮による嘱託殺人・感情伝染か別の動機があるのか

三重県伊勢市の山林で高校3年生の女子生徒(18)が、同じ高校に通う同級生の男子生徒(18)に殺害された事件は、男子生徒の供述では、加害者側の殺意悪意(怨恨・目的)によって殺されたものではなく、女子生徒の側から『殺してほしい』と要求されての犯行だったとされています。 18歳の女子生徒が抱いていたという自殺願望(希死念慮)については複…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more