自己愛性格の“自己の特別視”と“他者との比較・嫉妬”が生む不遇感2:アドラー心理学の共同体感覚

アルフレッド・アドラーが創始した“アドラー心理学”では、人間が幸福になるために最も必要なものとして『共同体感覚』を上げている。この共同体感覚を平たく言い直せば、『仲間と思える他人がいること(仲間である他人の成功・幸福を素直に喜んで祝えること)』であり、『仲間である他人のために何か貢献したいと思うこと』である。

アドラー心理学には確かに『自分と他人の課題の分離』や『他人から認められること(愛されること)にこだわらないこと』といった、自分は自分の人生を生きるべきとする個人主義的な考え方もあるのだが、そのことは『他人に無関心であること・他人と競い合うこと』とイコールではない。

自己愛性格の“自己の特別視”と“過剰な競争心”が生む不遇感1:ありのままの自己の否定
むしろ、アルフレッド・アドラーの理論の中心は、自分も他人と同じありふれた人間の一人であること、自分もまた大勢の人が懸命に生きている社会・共同体の一員であることを自覚して獲得する『共同体感覚』にある。

この共同体感覚とは『他人を敵と思って競い合う(他人を否定する)』のではなく、『他人を仲間と思って受け容れる(他人に共感する)』ことによって、結果として自分自身も安心感や受容感に支えられた自己肯定感を得られるという考え方なのである。

共同体感覚をスポイルする『他人を敵と思って競い合う(他人を否定する)』という考え方や生き方の問題は、『勝者‐敗者の二元論(成功者‐失敗者の二元論)』にもつながっている。他人との関係を認識する視点が、『自分のほうが相手よりも幸せか成功しているかどうか・自分よりも相手のほうが幸せそうにしていないか』という優劣に白黒つけたい二元論に偏ってしまうので、相手のほうも自分を敵対視してくる恐れが強くなってしまう。

他人を受け容れたり評価したりすることができないのに、自分のことだけは賞賛したり評価して欲しいというのは『自己愛の過剰性・精神発達の未熟成』の現れとしての自己中心性である。この自己中心性は『自己の特別視による他人への嫉妬・怨恨』を含んでいるので、『自分の幸福・成功』を貪欲に終わりなく追求するだけではなく、『他人の不幸・失敗』によって自己慰撫するような“他人の不幸は蜜の味”といった人間の好ましくない一面を強化してしまう。

自己愛パーソナリティー障害(自己愛性格)に基づく自己の特別視は、『自分だけが他人よりも優れていなければならない・自分だけが他人にないものを持っていなければならない』という現実には有り得ない状態を追い求めるから、必然的にどこかで挫折・徒労・劣等感に陥ることになる。

現実は、常に『自分よりも優れている他者・成功している他者・幸せそうな他者・若くて美しい他者』に溢れていて、客観的にはいくら自分が最高に優れている特別な存在になろうと努力しても絶対になれない、もしくはあるジャンルで暫時的にトップの地位に経ったとしてもいずれは他の才能や後進の若い人たちに追いつかれて追い越されていくだろう。

永遠に若くて美しい人、絶対に能力が衰えない人、今の実績や栄誉が落ちない人なんているはずがないからだが、自己の特別視に取り付かれた人は『自分以外の他者の幸せ・成功・喜び・記録・才能』などに共感したりその素晴らしさを眺めたりして楽しむということができないので、どうしても自分が他人よりも幸せだとか優れているだとかいった事を何とかアピールしようと必死になり過ぎてしまう。

自分が常に注目・関心の的になる主人公には誰もなれないのが現実なのだが、その現実を受け容れられずに『特別であるべき自分が不当な取り扱いをされている』と感じてしまうのが自己愛性格の問題であり、結果として思い通りにいかない『現実の世界・他者』に不平不満が多くなりすぎてしまう。

自分以外の他者にも『自分と同じような人格・感情・人生・夢・挫折・苦悩』などがあるということに気づけないから、幸せそうにしている時の他人の人生の一部分だけを見て、『自分だけが不幸で恵まれない(自分だけ悩んでいて他人は気楽にやっている)』と思ったり他人に嫉妬してその不幸を願ってしまう。

『自分だけが特別な存在ではない(自分だけ特別扱いされるのが当たり前・自分だけ不幸や不運がないのが当たり前という考え方は非現実的である)』という現実を認識すれば、自分も他人も『同じように限界や弱点、悩みを抱えた人間』であるということに気づきやすくなる。

最終的に自分を幸せにできるかどうかにも関わってくる『共同体感覚(仲間と思える他人を作れる感覚・帰属感)』を身につけるための第一歩は、フラットな立場でコミュニケーションすることができるということ、つまり、『相手にも自分と同じように悩んだり傷ついたりする心があるということ』を認識した上でお互い様の共感感情や援助の気持ち・行動を持てるようになることである。

共同体感覚を培うことが全くできない人は、恋愛・結婚生活などにおいても『恋人・配偶者に対する競争心や敵意』が過剰な『無条件の愛』の要求になってしまうことがある。

そういったほとんどの人が満たせないレベルの『無条件の愛』を無理に要求することによって、『やっぱりあの人は私のことを本当に愛していたわけではなかった(本当に私のことを思ってくれる味方のような他人などいない)』という確信を得たがっているわけである。

特に『恋人・配偶者が幸せそうにしている気楽そうにしているのが面白くない(自分のために自己犠牲を払って我慢してでも尽くしているという姿を見せないと納得できない・自分だけが相手のために我慢させられて損をしているという被害者意識になる)』という感情を持つ自己愛性格の人の場合には、恋愛・結婚生活において相手を意識的あるいは無意識的に傷つけたり追い込んだりしてしまうこともある。

恋人に出来そうもない無理難題や理不尽な不平不満をぶつけて、本来であれば不必要な苦労をさせたり罵倒・人格否定などで精神的に追い詰めることで、『潜在的な他者への嫉妬・憎悪』を満たそうとする危険性があるが、こういった自己愛性格のケースでは恋人・配偶者・子供であっても『自分よりも幸せそうにしていたり気楽そうにしているのが不愉快に感じられる』ことが少なくない。

人間の心の健康や幸せの実感を妨げるものとして、『他人に賞賛・評価されたいという自己の特別視』と『幸せ・成功を求める際限のない上昇欲求』を取り上げたが、この自己愛の過剰に基づく問題は、自分もまた自分だけが幸せという特別な存在にはなりきれないという『現実の洞察』ができないことには解決が難しい。

そういった現実の洞察と自己肥大の抑制ができてくれば、(過去の自己否定・他者不信の原点となったトラウマの問題などを合わせて考えなければいけないケースもあるが)『ありのままの自然な自分を見せられる相手・場面』を少しずつ作ることによって解消していくことが期待できる問題でもある。


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