東京都渋谷区で同性婚を認めるパートナーシップ条例成立1:“女性・若年・都市”の賛成傾向

東京都渋谷区の区議会は3月31日に、同性カップルを『結婚・家族に相当する関係(パートナーシップ)』と認める証明書を発行する条例案を賛成多数で可決した。法的強制力を持たない条例とは言え、日本で同性カップルの結婚同等の関係を公的に認める制度が成立したのは初めてである。

性的マイノリティであることによって不利益を受けている当事者からの強い訴えもあり、日本でも“LGBT”と呼ばれる『同性カップル・同性愛者・両性愛者・トランスジェンダー(生物学的な性と意識的な性自認が異なる人)』の権利を法的に承認しようとする動きが強まっている。

渋谷区以外にも、世田谷区や横浜市、宝塚市をはじめとするいくつかの地方自治体がパートナーシップ条例制定に前向きな姿勢を見せている。一方で、結婚について憲法24条1項に『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない』とあることから、制度的な同性婚は憲法が認めていないものである(同性同士が結婚する権利は当然に保証されるべき人権に含まれない)という保守派からの反対意見も出ている。

安倍晋三首相も結婚について憲法24条が定める『両性の合意』という文面にこだわって、慎重に議論していくべき課題だと述べている。だが、個人の尊厳原理を基本理念とする日本国憲法が『同性婚の禁止・差別』を明確に意図しているとは推測しづらく、基本的人権の尊重という憲法の趣旨を汲み取れば、単純に『憲法制定の時代には同性婚そのものが極めて珍しく、その法的承認の要求・必要が意識される機会自体がなかった』というのが実体に近いのではないかと思う。

『同性愛・同性婚』に対しては、50州のうち35州にまで『同性婚の解禁(法的な承認)』が進んでいるアメリカでさえ根強い偏見・差別が残っている。アメリカの場合は同性婚に強硬に反対している人たちの多くは、『キリスト教右派(キリスト教の聖書に忠実な福音主義者・根本主義者)』に分類される宗教的思想の背景を持った人たちであり、そこに『男女の父母が子供を持つという伝統的な家族像』の解体を防ぎたいとする保守主義者が加わる形になっている。

米国では伝統的なキリスト教(聖書重視のプロテスタント)の教義・慣習において、出産に結びつかない同性愛が罪悪として教えられてきたから反対という人が多いのが特徴であり、宗教色の薄い日本の同性婚反対派の人たちとは反対する理由がかなり異なっている。日本でも『同性婚』に賛成の人のほうが反対の人よりも多くなってはいるが、各種の世論調査(リンク先は毎日新聞記事)でもその差は10%前後であり、男性のほうが女性よりも反対派が多いのが一つの特徴になっている。

同性婚の賛否にまつわる世論調査から浮かび上がってくるのは、賛成は『女性・若年層・大都市』に多く、反対は『男性・高齢層・町村部(田舎)』に多いという傾向であり、この傾向性は日本以外の諸外国にも概ね共通するものである。

“男性・高齢層・田舎”“女性・若年層・都市”よりも『集団の秩序と規律・歴史的(伝統的)な慣習や規範』を重んじる価値観が強く、結婚とは男性と女性が排他的に貞節義務を負って結びつき夫婦生活を通して子供を設けるものという『固定的な定義』にこだわる人が多い。

男性(特に地方の中高年男性)は女性よりも結婚を『権威的・統制的な家族集団を形成する制度(家父長制の名残のある父親の収入・権威で家族を支えていくもの)』として捉える向きがあるので、『男性と女性のジェンダー的な相補性(社会的に容認されている男らしさ・父親らしさ・女らしさ・母親らしさの再生産の場としての家族・家庭)』がなくなってしまう『同性婚』に反対しやすいのかもしれない。

そのため、伝統的な結婚制度や夫婦関係のあり方を歪めるもの、子供の誕生につながる男女の結合から違背する生産性・社会貢献性の乏しいものとして、『同性婚・同性愛』はネガティブに評価されやすくなってしまう。

しかし、個人が異性を好きになるか同性を好きになるかのセクシャリティ、生物学的性差とは関係なく自分が男性であると感じるか女性であると感じるのかのジェンダーは、本来『法律や制度設計の趣旨』によって強制することが難しいもので、人権の観点からも無理やり強制して良いものではないだろう。

田舎(町村部)よりも大都市で同性婚に賛成する人が多い理由は、都市は元々人口が多くて『住民の多様性・流動性』も高いので、『他人の価値観・人生観に干渉する度合い』が弱くなりやすく、『自分は自分・他人は他人』という自他の境界線をはっきりさせられる人(自分のライフスタイルにも干渉してほしくないという人)が多いのだろう。

マジョリティ(多数派及び自分)の価値観や生き方を他人にも強制したい(強制できるはず)という共同体主義的な圧力は、隣近所に誰が住んでいるのかを知っていて同じような生活・労働・家庭のリズムでやってきた地方農村部のほうが強くなりやすい。

結果、地方農村部(田舎)では『今まで存在しなかった同性婚(既存の共同体の構成員にはその必要性や有用性が共感も理解もできないと感じる同性婚)』に対する差別・偏見・排除も強くなりやすいと推測される。それは元々田舎は人口が小さくて多様性・流動性も相当に低く押さえ込まれてきたから(村落共同体ではみんなが同じような価値観・世間体を持って協力しながら生産労働や季節の行事をこなしてきたので、自分は自分といった異質な個人は受容されにくいから)である。






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