相手(異性)から愛情・敬意を持って接してもらうためにどうすれば良いか?1:自信と卑屈

恋愛関係では“母親(父親)のような保護・世話・管理”の役割を引き受けすぎると、男と女の関係から“擬似的な母子関係(父子関係)”に移行しやすくなり、“自己犠牲的な献身・奉仕”を一方的にやりすぎると、自分と相手との間に“役割的な上下関係(してあげる人としてもらう人の区分)”が生まれやすくなる。

こういった関係性の移行や変質は、恋人から家族に変わる自然なプロセスとして肯定的に受け取られることもあるが、『異性としては相手をまったく見れなくなる状況・感情』が長く続くと、恋愛関係や家庭生活が味気ないものになりやすく、人によっては浮気・不倫の原因(家族的関係と恋愛的関係の区分の意識)にもなってしまうことがある。

若い時期に結婚した人などが、早い段階で相手を異性として完全に見れなくなったり性的な関心・接触が全く無くなるということは、離婚・浮気・遊びがないとすれば人生のその後の数十年間を『形式的な相手(配偶者)はいても実質の異性関係がないという状態』で過ごすことになるので、多くの人は家庭生活・親子関係・仕事や趣味の状況などで満足していても、異性関係面での寂しさや物足りなさ、退屈さを感じざるを得ないかもしれない。

伝統的なジェンダー(社会的性差)や家庭生活では、女性は強い自己主張をせずに男性の仕事・生活をフォローして(男性を立てて手のひらの上で転がして)、自分の長所や能力、魅力、業績をあからさまに示さないことが奨励されてきたが、『謙譲の美徳・サポートとフォローの貢献』はそれに対する男性の反応・感謝を見ながら、どれくらい控えめに献身的に接するかを調整したほうが良いことも多い。

男女共にだが交際(付き合い)の初期の段階で、あまりにも自分が控えめに下手に出てしまって、相手の言うことを何でも聞くような“役割的な上下関係”が確立してしまうと、“自分の意見・感情・忠告”などを相手の心に響かせて相手の行動・発言を改めさせるようなコミュニケーションが不可能に近くなってしまう。

単純に言えば、まともに対等な立場で意見のやり取りができる相手として見てもらいづらくなり、不当に格下のような扱い(多少乱暴な物言いをしてもいい相手・意見や価値観を軽くあしらっても良い相手といった扱い)を受けやすくなるということである。

控えめな謙遜・謙譲やかわいらしさ、甘えたがりのアピールのつもりであっても、自分に自信や魅力、能力(取り柄)がないということを過度に言い立てて自己卑下をしたり、自分はあなたがいなければ他に誰からも好かれない(あなたに別れられたら孤独になって生きていけない)といった依存性・対人魅力の無さを悲観的に訴えたりすることは、逆に『自分に対する好意的な興味関心』『人間性や生き方に対する尊敬・感謝の念』を失ってしまうことになりかねない。

相手を貶めるような優越感、相手と競い合うような自慢話、根拠のない過大なプライドや自己愛などは、確かに一般的に『自分の人間性(性格)の評価・対人魅力・印象の良さ』を落とすマイナスの影響が大きいが、『相手に不快感・劣等感を与えるような優越欲求や自慢』『自分に対する自然な自信と自尊心+魅力的に見える卑屈ではない立ち居振る舞い』というのは異なるものである。

自分で自分を好きになって自然な自信・自尊心を持つということのポジティブな意味は、『相手にとっても魅力的な自分であろうとする態度+人生と人間関係に対して前向きに取り組んでいこうとする姿勢』である。そういった自信・自尊心を持つことのポジティブな意味づけは、『陰鬱な気分を導くような卑屈な自己卑下・無益な不平不満・人生や他者への恨みつらみ』を遠ざけることで、気持ちの良いコミュニケーションや価値のある人間関係を作り上げていくことにもつながる。






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