貴志祐介『雀蜂(スズメバチ)』の感想

貴志祐介のミステリーでは、『新世界より』や『天使の囀り』といった重厚な物語の構成(プロット)があって、意外な視点から各テーマの探求・解釈をしてくれるような作品が好きだが、本書『雀蜂(スズメバチ)』は短編の感覚で気軽に読むことができるライトなホラーサスペンスに仕上げられている。

貴志祐介はホラー小説の分野でも活躍している作家で、サイコパスの教師を題材にした『悪の教典』や手段を選ばずカネをとにかくせしめようとする陰惨な保険金詐欺をテーマにした『黒い家』が映画化されている。

『黒い家』はサイコホラー独特の神経をじわじわと締め付けてくるような恐怖感を、他者に共感することがないサイコパスの金銭欲の執念や身体の苦痛の無視を通して上手く伝えている。『悪の教典』は登場人物の造型や物語の展開がややラフで、スプラッターなホラー映画の映像ありきといった観はあったが、あまり考えずに読んだり見たりできる万人向けのホラーのエンタメ作品になっている。

『雀蜂(スズメバチ)』はホラー小説ではないが、昆虫の雀蜂に襲撃される恐怖にフォーカスした異色の珍しい作品ではある。先進国というか清潔・快適に管理された居住空間で生活している現代人の大半は虫が苦手であり、苦手な虫の代表格としてゴキブリや蜘蛛、ムカデ、ゲジゲジ、イモムシなどがいる。

ムカデや蜘蛛の一部には毒があるけれど、ゴキブリやイモムシ(幼虫)、多足類、蛆虫などが苦手で怖いと感じる心理の多くは、『実際の毒性・危害』よりも『生理的・感覚的(半ば反射的)な気持ち悪さ』によるものである。

雀蜂(スズメバチ)はゴキブリや蜘蛛と比較すると『生理的・感覚的な気持ち悪さ』もあるが、それ以上に『攻撃的な姿勢と羽音で接近される不安と緊張・毒針で刺されるかもしれない恐怖感』が強い。大人でも山中・屋外で羽音の大きなスズメバチに近づかれると、パニックになる人も少なくない。

スズメバチの黒色と黄色の縞模様の腹部は女郎蜘蛛などと同じく、分かりやすい警戒色(毒性の推測)として機能するが、実際にスズメバチに刺されれば体質・体調(過去にスズメバチに刺されたことによる免疫応答反応の過敏性)によっては急激なアナフィラキシーショックで死亡する危険性もある。

スズメバチの姿を視認しただけで独特の不安感や恐怖感を反射的に感じやすいという意味では、スズメバチは他の嫌われ者の虫や蛇と同等以上に『半ば本能的な恐怖の対象』として位置づけられている。

巨大化した昆虫が人間を襲ってくるという状況設定は、洋画のB級ホラーなどではお馴染みのものだが、人間的な精神性(共感・倫理)から遠い動物=利己的遺伝子に完全に支配された動物としてイメージされるのが『虫』である。話し合いや良心が全く通用しない異形の存在として、虫は多くの人間の恐怖感を煽る要素を持っているが、『外見的な形態』については大金を投じて昆虫標本を作る・集めるほどに惚れ込む人もいるので個人差は大きい。

本書『雀蜂(スズメバチ)』は、ワインに睡眠薬を盛られて冬場の八ヶ岳の山荘(別荘)に閉じ込められた作家の安斎智哉(あんざいともや)が、妻の夢子と愛人の三沢雅弘(昆虫学者の助教)の謀略で、山荘内に仕掛けられた大量のキイロスズメバチやオオスズメバチに襲撃を受けるというシンプルなストーリー。

喘息・花粉症の持病がある安斎智哉は、過去にスズメバチに刺された既往もあり、もう一度スズメバチに刺されると、ハチ毒抗体が過剰に反応してアナフィラキシーショックで呼吸困難を起こして死亡するリスクがある。

そのため、必死にスズメバチから身体を防御してあちこち逃げ回りながら、様々な撃退方法(熱湯・物理的な叩き落とし・一般の殺虫剤・スズメバチ用の殺虫剤など)を工夫していくのだが、著者が専門家のアドバイスを受けているので、スズメバチの生態・習性を踏まえた襲撃と安斎の撃退にはアクションの臨場感・現実味を感じる。

安斎智哉はなぜスズメバチから襲撃されるような羽目に陥ったのか、夢子と三沢の愛人関係や謀略というのは事実なのか。

最後の種明かしは古典的な使い古されたところのある『アンフェアな叙述トリック』ではあるが、作家と作家(その作品・思想)に異常に傾倒する熱狂的ファンとの関係を前提にした『自意識(現実認識)の妄想的な変容+社会性・適応能力の喪失』というのは、妄想的なサイコパスである中年女性が崇敬する作家を監禁虐待する昔のホラー映画『ミザリー』などを彷彿(想起)させられた。






■書籍紹介

雀蜂 (角川ホラー文庫)
角川書店
2013-10-25
貴志 祐介

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