孫子とニコロ・マキャベリの性悪説的なリアリズム3:マキャベリの君主論と時代要因

カール・シュミットの友敵理論は『権力闘争(自他の利益・支配を巡る争い)』をリアリズムの極地としていて、孫子の性悪説的な人間観・政治観との共通性を持っているが、『政治(政策)の公共的な目的・福祉』『理性的かつ倫理的な人間を育成しようとする教育(市民社会)の効果』をかなり低く評価した政治学だとも言えるだろう。

『孫子の兵法』の戦略性とリアリズム1:彼を知り己を知る・戦わずして勝つ・権謀術数

孫子とカール・シュミットの性悪説的なリアリズム2:シュミットの政治観と友敵理論

孫子(孫武)やカール・シュミットと同じく、『君主論』で有名なイタリア・ルネサンス期に生きたフィレンツェ共和国のニコロ・マキャベリ(1469-1527)も、『性悪説的な人間観・政治観』を持っていた。ニコロ・マキャベリが生きた15世紀後半のイタリアは、孫子が生きた紀元前6世紀の春秋時代の中国と同じように、小国が群雄割拠して侵略戦争を繰り返す戦国時代のような状態であり、イタリアの周囲にもフランスやスペイン、神聖ローマ帝国といった侵略主義を肯定する専制的な王国・帝国がひしめき合っていた。

『謀略・戦争・恫喝・騙し討ち』など何でもありの時代を見てきたマキャベリの現実認識(リアリティ)は、強い者が弱い者を攻撃・支配して奪い取るという『弱肉強食』であり、正しくて優しい人間が悪くて残酷な人間に騙されたり滅ぼされたりするという『道徳と理想の無力さ=人間性のペシミズム(悲観主義)』にあった。

ニコロ・マキャベリは人間がどのように正しく生きるべきかという『道徳』と人間が現実にどのようなことを考えたり行ったりするかという『政治』を区別すべきだと主張して、政治・統治を行う君主は場合によっては他者を騙して傷つける『確信犯の悪人』になる必要があり、悪人になることで国家の命運や人民の生命・財産を救うことができるとした。

孫子もマキャベリもその思想の根本にあるのは『共存不可能な敵(自分の側が滅ぼされるかもしれない敵)』であり、目的のためには手段を選ばずに何でもやって良いとする『権謀術数の肯定(利益追求のマキャベリズム)』であった。

政治と道徳(善悪)の分離、君主による効果的な統治を説いた『君主論』は、近代的・人文的な政治学の起源の一つとして解釈されることも多いが、マキャベリが本当に伝えたかったのは権謀術数のマキャベリズムというよりは、自国を長く存続させ外国の支配を退けるための『統治の技術・君主の徳(君主の卓越した資質と能力)』である。

後世においてマキャベリズムと呼ばれることになる『徹底的な他者不信の友敵理論・権謀術数の肯定』が生まれた背景には、やらなければやられるだけ(理性的・道徳的な対話が通用する他者の数が圧倒的に少なく、対話を成り立たせる教育教養の制度的基盤がない)という『戦国時代のシビアな現実』があった。

15世紀当時のイタリアのシビアな現実というのは、自国から仕掛けなくても他国から一方的に攻撃され得るということだけではなく、征服・侵略・略奪のための戦争そのものが国際政治において禁止されておらず、国民の感情・価値観もまた外国を傷つけて奪うことに対して罪悪感を殆ど感じていないということであった。孫子及びマキャベリの思想の背景にある時代情勢を考えれば、自由民主主義や人権思想、侵略戦争の禁止、平和主義的な教育、外国人の生命・生活の尊重が普及した現代に、マキャベリや孫子の思想を単純に当てはめられるものでは当然ないということになる。

新興の君主国及び市民が支持する君主国に、未来の安定的な統治の可能性を見ていたマキャベリは、君主が外国・他人の武力や偶然の運に頼れば『運命(外国・他者)の思惑』に支配されることになるが、君主が『徳(卓越した資質・能力)』を備えることができれば、『運命』に対抗してそれを変えていくことさえできる(人文主義的・人間中心的な運命に抗える人間観)とした。

マキャベリのいう徳とは、軍事力・権威・支持を含む現実的な影響力となる『力量』であり、徳=力量を備えた理想的な君主像として、権謀術数を駆使しながらも民衆の支持を取り付け領土を拡大したヴァレンティーノ公のチェーザレ・ボルジアを上げている。

マキャベリが『君主論』で上げた君主の力量には、『必要なら悪徳をも行使できること・気前の良さよりも吝嗇(ケチ)であること・慈悲深さよりも冷酷であること・愛されるよりも恐れられること・狐の狡猾さと獅子の力を兼ね備えること』などがあり、これらは従来の道徳的・模範的な君主像を180度転換させたものだったが、『実利的・効果的な安定統治と秩序維持』をもたらすものとされた。

チェーザレ・ボルジアやマキャベリについては、『ローマ人の物語シリーズ』で知られる塩野七生の著作に、『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』『わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡』『マキアヴェッリ語録』などがある。






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