『孫子の兵法』の戦略性とリアリズム1:彼を知り己を知る・戦わずして勝つ・権謀術数

古代中国の春秋時代を生きた呉の武将である孫武(そんぶ,紀元前535年~没年不詳)は、『孫子』という敵に勝つための戦術・戦略を記した兵法書を残した。『孫子』の兵法の最大の奥義は、戦争を省略して戦わずに勝つ(味方に犠牲を出さない)という『真の戦略』にある。

『孫子 第一 計篇』の1

『孫子 第二 作戦篇』の1

『孫子 第十一 九地篇』の1

『孫子 第十三 用間篇』の2

敵と実際に戦わずに勝つための方法として孫子は『謀略・詭計・間諜(スパイを活用して敵を騙すこと)』『勢力均衡・軍事力の備え(対抗的な敵への抑止力)』を上げているが、対話・交渉だけでは敵国を納得させられないという古代中国のリアリズム(性悪説の人間観)を反映した軍事学になっている。

『孫子』では国家の存亡と人民の生死がかかっている戦争に勝つためには、『道・天・地・将・法の五つの事項』が重要であるとして、自国と敵国を『七つの基準』に基づいて比較しなければならないとする。道とは国家の統一的な道義・団結であり、天とは気象や天候の自然要因であり、地とは距離の近い遠いや道の状態といった地勢の要因であり、将とは軍隊を指揮する将軍の器量・資質(徳)のことであり、法とは軍隊を統制する法令や制度のことである。

『孫子』とはその全体を通して『道・天・地・将・法の五つの事項』について詳細かつ実際的に解き明かしている兵法書といっても良い。そういった基礎的な事項の解説書であるから、現代人の私たちが読んでみても『地勢に応じた戦いを工夫せよ・遠征は危険であり避けるべきだ・兵士に食糧を確実に配布できる兵站は極めて重要だ・戦争はお互いを騙し合うシビアな謀略や間諜が物を言う』といった常識的な戦術・考え方の類が多い。

孫子は『道・天・地・将・法の五つの事項』について自国と外国を冷静に比較してから戦争を決断すべきだとしたが、『どちらの君主が道を得ているのか、どちらの将軍のほうが有能であるのか、どちらの国のほうが天の時と地の利を得ているのか、どちらの法のほうが公正かつ厳格に執行されているのか、どちらの軍隊のほうが強いのか、どちらの兵士のほうがより訓練されているのか、どちらの賞罰のほうが公正に行われているのか』というのが、その具体的な七つの比較基準とされた。

甲斐国の戦国武将である武田信玄は、『風林火山』の用兵の奥義を記した旗を掲げて、縦横無尽に騎馬隊を動かして勢力拡大を果たしたが、その出典は『孫子 軍争変』にある。そこにある兵家の思想は、敵を詐術によって騙してでも利益を得る(侵略・強奪をする)といった善悪(道義)を脇に置いた実利性が重視されたものでもあった。

故に兵は詐(さ)を以て立ち、利を以て動き、分合(ぶんごう)を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと(はやきこと)風の如く、其の徐かなる(しずかなる)こと林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、知り難きこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷の震うが如くにして、郷を掠むる(かすむる)には衆を分かち、地を廓むる(ひろむる)には利を分かち、権に懸けて而して(しかして)動く。迂直の計を先知する者は勝つ。此れ軍争の法なり。

現代語訳:戦争は詐術によって成り立ち、利益を求めて軍が動き、分散統合を繰り返して変化を続けるものなのである。だから、軍は風のように迅速に進み、林のように静かに徐々に進み、火が燃えるように一挙に侵略し、陰(暗闇)のようにその存在を知ることができず、山のようにどっしりと構えて動かず、雷のように激しく攻撃し、郷村を掠奪する時には軍を分散し、土地を略奪して領土を拡大する時には味方に利益を配分し、利害得失を計算してから動いていく。回り道を近道に変えるような計略を知っている者が勝つのだ。これが、軍争の原則である。

孫子の想定する『敵』は、油断すれば自分が謀略の罠に掛けられて全滅させられる恐ろしい敵であり、自国と敵国の実情を熟知して戦力・状況・地勢を比較した上で戦わなければやられる手ごわい敵であった。孫子の『国家観・人間観』は、国や人は隙あらば(弱みを見つければ)、外国や他者から暴力・謀略で財物・食糧・労働力を奪い取ろうとする『性悪説』に基づくものであり、そこには外国・他者に完全に心を許すことはできないというリアリズムがあった。






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