村上春樹『1Q84 BOOK3<10月‐12月>』の書評2:現代の神話的構成と救済のラブロマンス

村上春樹の小説全般にその傾向があるのだが、青豆も天吾も『標準的な成育歴・家庭生活(親子関係)・職業活動・社会適応』からは遠いイメージのある登場人物で、実在する人物というよりは象徴的なイコンのようにも感じられる。

村上春樹『1Q84 BOOK3<10月‐12月>』の書評1:一人の孤独な少年と一人の孤独の少女の再会

『あけぼの』の意向を受け、天吾を同じアパートの一室で不気味に監視し続けている牛河(福助頭)もまた、扁平な頭部と肥満した短躯の肉体、醜悪な容貌を持ち、誰からも好印象を持たれたことがないという『(外見だけで人物を評価することの多い)世の中の偏見・悪意・差別』を反照するかのような象徴的イコンとして機能している。

牛河にしてもタマルにしても老婦人(マダム)にしてもふかえりにしても似たような非現実的(非世俗的)で象徴的な感触があるわけだが、いずれの人物も勉強して就職してお金を稼いで欲しいものを買ったり見栄を張ったり、恋愛・結婚・家族を楽しんだりといった世俗的な生き方や目的意識のようなものからは遠ざかった人生を歩んできている。

元弁護士の牛河も、職業や経済力によっていったんは妻と二人の娘、小型犬のいる一戸建てで暮らす『平凡な家庭生活の幸福』に浸っていたが、仕事の失敗と経済力の喪失によってあっさりと家族から見捨てられ(自分自身が必要だという家族からの声を聞けず)、カルト宗教の(他人を不幸に追い込んでいく類の)ストーカーじみた裏稼業を孤独に遂行するだけの不気味なこの世のものらしからぬ存在へと変質していった。

最期は、老婦人の護衛を務めるプロの殺し屋(戦闘要員)のタマルから、『深海を泳ぐ』と比喩されるビニール袋を用いた残酷な窒息によって苦しみの極限を味わわせられながら、牛河はあの世に送られてしまった。客観的には牛河の生のあり方には余り救いらしい救いがないのだが、その絶望的な人生のプロセスと終幕を味わわせられた牛河の遺体の口から『1Q84』の世界観を象徴する“リトルピープル”たちが姿を現し、牛河の毛髪を織り交ぜて空中で“空気さなぎ”を作っていくのである。

小さな小人のリトルピープルとは何なのか、ふかえりが書いた小説にでてくる空気さなぎとは何なのかの具体的説明はなされないままに終わるのだが、これらは新興宗教『あけぼの』の最大の秘密に関わるものであると同時に、ユングのいう人類の集合無意識の元型的な要素でもあり、『人智の及ばない不可思議な現象・変化(その変化は幸福というよりはむしろ災厄・絶望・破滅めいたもの)』を引き起こすもののように考えられる。

“空気さなぎ”については、ある時空Aとそれとは異なる時空Bを連結させたり転移(転送)させたりする『媒体(メディア)』の役割を果たすものだと推測されるが、それはあけぼのが重要視する彼らの声(神あるいはリトルピープルの声か)を受信して伝達するためのパシヴァとレシヴァの役割にも深く関わっているように感じられる。

『1Q84』の登場人物には能天気な幸せや平凡な日常を淡々と送っているような人物はまずでてこないし、DV被害者(男性の暴力による女性被害者)を救済してセーフハウスを提供する慈善事業をしている老婦人(マダム)にしても、老婦人に雇われてボディガード(時に冷徹な殺し屋をも)の職務をこなしているタマルにしても、その全てが語られているわけではないが“癒されきれないトラウマ・孤独感・不全感”があることが伺われる。

いずれにしても、世間一般の幸福や安らぎ、仕事の種類からは遠いところで生きている人たちである。それは『現代社会を生きる人々』のあり方や感じ方、考え方の変化、つまりみんながみんな平均的で常識的なライフスタイルに無難に適応できる時代ではなくなってきている大変化を象徴したものとも解釈できるが、『1Q84』に登場する人物たちの人生・関係の履歴は、あたかも『現代的なあらゆる不幸・不遇・絶望・寂しさ・醜さ』を凝縮したかのようである。

象徴的なイコンとしての人物が動き回る村上春樹の『1Q84』は、現代の神話的構成を持つ魅惑的な物語であると同時に、人間や社会の現実・暗部をメタフォリカルに鋭く抉る残酷な物語でもある。現代の神話的な物語には、究極のラブロマンスと現代社会を指弾する人心の暗黒面も自然に巧妙に織り込まれている。

だがその人間世界の残酷さや空虚さの克服は、『天吾と青豆との“とてもロマンチックだ”と称される再会・融合』あるいは『ふかえりを媒介とした青豆の神話的な妊娠(小さなものの懐胎)』を始点とする“1Q84年から1984年への時間軸への転換(二つの不気味な月の消失)”によって宿命的に予感される。

新たなる世界の開示や人生の再スタートの期待感が、月が灰色の切り抜きに変わるまで眺める天吾と青豆の二人の内面に静かに充溢していくようなエピローグでは、『スリルと冒険に満ちた幻想』から『日常と関係を生きるしかない現実』へと還帰させられたような感覚に陥らせられた。






■書籍紹介

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)
新潮社
2012-05-28
村上 春樹

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