佐々木俊尚『レイヤー化する世界』の書評2:国民国家・民主主義の世界システムは普遍的か?

グローバルな範囲で膨大なユーザーを集める先端的なネット企業は、本社機能(ブレーン)を担う少人数の精鋭部隊以外は、自国で大勢の正社員を雇用するわけではない。ネットビジネスをする上で必要になってくる細かなデザインやプログラム、コーディング、コールセンターといった実務の仕事は、『アウトソーシング(外部委託)・オフショアリング(海外拠点の建設)…
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佐々木俊尚『レイヤー化する世界』の書評1:中世の帝国から近代の国民国家への変化の歴史

『プロローグ 現代』と『第三部 未来』で、現代の情報化社会で進行している“第三の産業革命(情報革命・技術革新)”の意義を分析しながら、未来のレイヤー化する世界で起こると予想される“国民国家+民主主義の世界システムの崩壊”を独自の視点で予言する。 著者の佐々木俊尚氏は『レイヤー化する世界 テクノロジーとの共犯関係が始まる』の中で、世…
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機能不全家族の親子間のメッセージの問題点と『許すこと・憎むこと』の二元論で割り切れない心理

親が『自分の人生は自分で決めて生きなさい(あなたの人生は他の誰のものでもなくあなたのものなのだから自分で考えて生きなさい)・自分のやりたい仕事や学びたいことに向けて頑張りなさい・つらくて大変な時にはいつでも帰ってきなさい・一生懸命に目標や進路に向けて頑張るならこっちも応援するよ』などのメッセージを言葉や態度、雰囲気で子に伝えることができ…
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アダルトチルドレンやいじめ体験はなぜその後の性格形成・対人認知に大きな影響を及ぼしやすいのか?

過去の親子関係や友人関係から植え付けられやすい『基本的な自己認識・物事の考え方・世界(現実社会)のあり方』の影響力はとても強い。それらの内容が全て客観的な現実と一致していて、『自分の意欲・尊厳・価値』を貶めないものであれば問題はない。 しかし、精神的虐待やいじめを受けた子供の場合は、『自己否定・他者不信・将来悲観』のネガティブな認…
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『自分が書きたい人生脚本』と『親(他者)から書かされる人生脚本』の区別による自律性・主体性の強化

“家族療法(family therapy)”は家族システム論を前提として、家族間の相互作用に注目したカウンセリングを行うが、それは『問題・症状を起こしている家族(子供・配偶者・兄弟姉妹など)』に対して、他の家族メンバーがどのような影響を及ぼしているのかを考えるということである。 家族の問題は誰か一人だけが悪くて引き起こされていると…
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『風立ちぬ』の喫煙描写と『はだしのゲン』の残酷描写へのクレームについての雑感:4

『はだしのゲン』には確かに小学校低学年くらいの子供に見せるには、少し過激で残酷な暴力表現(感受性の強い繊細な子供には心理的負担・恐怖になるような表現)が含まれているところがあるので、『一切の年齢制限が要らないという判断』は現在の学校教育や子供の精神への影響に見合っていない部分があるかもしれない。 しかし、現代では『戦争の残酷な生々…
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『風立ちぬ』の喫煙描写と『はだしのゲン』の残酷描写へのクレームについての雑感:3

中沢啓治さんの『はだしのゲン』は戦争(原爆投下)によって人間がモノのように蹂躙され殺戮(破壊)される非情な現実を劇画調の漫画で描いた作品であり、基本的に『反戦思想(反軍思想)・平和主義』を伝えようとする目的意識が内在した漫画作品として知られる。戦争そのものへの価値判断を明確には打ち出さずに、戦中戦後の時代を夢を忘れずに明るく生き抜こうと…
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戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:2

戦争で都市や敵艦を爆撃して人を殺害する道具(特攻の道具)として働いた戦闘機の零戦は、堀越二郎にとっては『最も美しい外観と機能を備えた機体』を追求した結果に過ぎず、自分にとって最上の美を造形しようとした作品としてのみリアリティを持っている。 ○戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:1 …
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戦争にまつわる人物・出来事を題材にした作品『風立ちぬ』と『はだしのゲン』の感想:1

宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』を見た。『風立ちぬ』は太平洋戦争(大東亜戦争)で使われた零戦の開発者・堀越二郎(ほりこしじろう)の人生を題材にしながら、文学者・堀辰雄(ほりたつお)の代表的な小説『風立ちぬ』の恋愛のエピソードや印象的な情景を織り込んだ作品である。 大東亜戦争の戦闘機を開発設計した天才的なエンジニアである堀越二郎が…
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学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるのかの原因と減らすための対応:2

実社会における『悪ふざけ・調子に乗った言動』そのものを大幅に減らすのは難しいにしても、『悪ふざけの内容を意識的に投稿すること』は“報道された事例(報道されたことによって生じた本人の不利益・不名誉・逮捕歴)”などを活用した教育によってかなり減らせるのではないかと思います。 ○学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるの…
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学生・アルバイトの『悪ふざけ投稿による炎上』はなぜ起こるのかの原因と減らすための対応:1

USJ(ユニバーサルスタジオ・ジャパン)で神戸大生をはじめとする学生の集団が、USJ内のアトラクションで禁止されている危険行為・迷惑行為を繰り返し行い、迷惑行為を自慢気にTwitterなどに投稿していた事で騒動となり威力業務妨害の疑いで逮捕者も出ました。ローソンやほっともっとの若いアルバイト店員が『商品の食材を保存する冷凍庫・冷蔵庫』に…
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人の判断や選択を間違わせてしまう認知のバイアス(偏り)とは何か?2:サンクコスト・支出の正当化

4.プロスペクト理論 ノーベル経済学賞を受賞しているダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーが発見した『プロスペクト理論』は、人間が利益と損失をどのように認知するかについて検証した理論である。このカーネマンらの研究では、人間は『利益を得た時の喜びの実感』よりも『損失を出した時の苦痛の実感』のほうが2倍以上も大きいことが分かって…
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人の判断や選択を間違わせてしまう認知のバイアス(偏り)とは何か?1:フレーミング・確証バイアス

行動経済学や認知心理学には、人間の判断や認知(考え方)、選択がなぜ偏ったり間違ったりするのかを説明するような理論仮説が多くある。そして、『買い物依存症・お金の使い方や投資の失敗・情報や人に騙される問題・非合理的な損失を生む選択』には、誰もが陥りやすい『生理的・心理的なバイアス(偏り)』が関係していることも少なくない。 そういった人…
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買い物依存症・アルコール依存症などの物質依存と関係する『生理的興奮・消費行動の心理的効果』

買い物やギャンブル、ドラッグ、アルコール、嗜好品などにのめり込んで耽溺してしまう『物質依存症』は、脳内で興奮性のドーパミンや鎮静性のセロトニンを分泌する『報酬系』を刺激する行動パターンにはまることで発症して維持される。 お金を使って買い物をすることで幸福感や自尊感情、有能感が味わえたり、中枢神経を刺激する嗜好品(アルコール・薬物)…
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アナキズム(無政府主義)と社会契約論(統治権力論):国家・法の権力がない自然状態をどう見るか

国家権力と法律の正義は分かち難く結びついているが、ドイツの法学者のハンス・ケルゼンが『法とは物理的な強制をも正当化する規範の体系であり、国家とは法規範の体系の擬人化である』としたように、国家は『物理的な暴力性・強制性』を正義と擬制する見方をしないのであれば、マックス・ヴェーバーがいうように『悪魔的な側面(国家・体制の法規範に背く者や勢力…
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国家や法の権力が生み出す秩序をどう解釈するか:リバタリアン・共産主義者の反国家の視点と現実

個人的にどんな事情や要因があっても犯罪は許されないし、殺されたり盗まれたりした被害者とは直接の関係がないというのはその通りであり、近代の法律・刑事裁判も基本的にはそのように運用されているわけであるが、犯罪を犯してしまう10代の少年少女の性格・価値観の歪みや不安定で衝動的な精神状態(他者の気持ちを思いやれない余裕のなさ)に関しては、『未熟…
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『少年少女の犯罪・非行』の要因や責任をどう考えるか?:相手の境遇を想像する事の難しさと結果責任の追及

近代の法治国家では、個人間の紛争や喧嘩は『個人間の自力救済(暴力・脅しの実力勝負)』で解決してはならないという前提があり、『当事者間の話し合い』か『民事・刑事の司法判断』を通して解決しなければならないのは当然である。その一方で、近代の制度や規範、常識としてそうであっても、それを守れないような個人や関係、差し迫った状況が生まれることがある…
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『大阪市の市立小学校校長による体罰』から“嫌がらせに対する抵抗としての暴力の問題”を考える

現代では犯罪の責任の度合いや量刑の重さについて、『犯罪の結果』だけではなく『犯罪者の内面・事情・経緯』にも配慮しながら判決を決めていくことになる。このことに対して、『犯罪の重大な結果・残酷な事実だけ』に着目して量刑を厳しく判断すべきだという意見もあれば、『犯罪を犯さざるを得なかった事情・心理』にも配慮して情状酌量すべき点があれば量刑の軽…
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チェーザレ・ロンブローゾの生来的犯罪者説と『善人(正常者)』と『悪人(異常者)』の境界線

善人・悪人の境界線をきっちりと引く『人間性二元論』(前記事を参照)を、進化論(社会進化論)を前提とする科学的方法で実証しようとしたのが、イタリアの精神科医・法医学者のチェーザレ・ロンブローゾ(1836~1909)である。 チェーザレ・ロンブローゾの生来的犯罪者の概念に基づく刑法思想(社会防衛思想)については、スティーブン・J・グー…
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『広島県呉市の集団暴行死事件・山口県周南市の集落殺人事件』から人間性と法の善悪の見方を考える

善人と悪人を綺麗に二分してしまう『人間性二元論』の人間観を持つ人は、有害な悪人は生来的に無害な善人(常識人)とは異なる存在だから『反省・更生・共生』は不可能に近いとして、犯罪者に対して形式的な厳罰を求める傾向がある。 人を殺した犯罪者は原則として死刑で良いというような極論が『人間性二元論・同害復讐法』の典型であるが、現代では大多数…
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