人の判断や選択を間違わせてしまう認知のバイアス(偏り)とは何か?2:サンクコスト・支出の正当化

4.プロスペクト理論

ノーベル経済学賞を受賞しているダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァスキーが発見した『プロスペクト理論』は、人間が利益と損失をどのように認知するかについて検証した理論である。このカーネマンらの研究では、人間は『利益を得た時の喜びの実感』よりも『損失を出した時の苦痛の実感』のほうが2倍以上も大きいことが分かっており、大多数の人間は『もっと多くの利益を得ようとする積極的な欲求』よりも『少しでも損をしたくないという消極的な欲求』のほうが強いことが分かっている。

プロスペクト理論は人間の感情的で非合理的な経済行動を説明してくれる理論だが、この理論が指し示す『損失回避の傾向』は往々にして、『更なる損失の拡大(利益の逸失)』を招きやすいという厄介なものでもある。近視眼的に『短期あるいは直接の損失』を何が何でも回避しようとすると、結果的に『長期あるいは間接の損失』がもっと大きくなって降りかかってきてしまいやすい。

株式投資では、株価が下がり続けている株(今後も上がる要因が見えない株)なのにどうしても売ることができない心理をプロスペクト理論で説明することが多く、この『損切りできない心理(損失の確定を先伸ばしして少しの期間だけでも安心したい心理)』は株式投資だけではなく日常の様々な取引や交渉、トラブル、人間関係にも見られる心理である。

株式投資では『損失回避の心理』によって、株価が下がり続けている株を保有し続け、株価が上がり続けている株を我慢できずにすぐに売ってしまうという『非合理的な経済行動(投資判断)』が見られやすくなる。損失をまだ確定したくないという心理やすぐに売って利益を確定しないと損をするかもしれない不安がそこにあるが、冷静に判断すれば『値下がりしている株の損切り+値上がりしている株の長期保有』のほうが、最終的な利益は大きくなりやすく損失も小さくなりやすいのである。

プロスペクト理論の影響で判断・選択を誤らないためには、『損切り・長期保有(待ち)のルール』を事前に設定しておいて、自分の感情や気分に振り回されずに合理的なそのルールに従うようにすることである。損失を出したくないという不安感だけに行動を左右されないようにして、論理的かつ実際的な根拠をチェックしながら『今はどう判断するほうが良いのか・本当にこの選択がベターなのか』を落ち着いて考え直すことも有効である。


5.親和性バイアス

親和性バイアスというのは、自分が好きなものや慣れ親しんでいるもの、好意を寄せているチーム(人物)の『価値・能力』を実際よりも高いものとして過大評価してしまうバイアスである。確証バイアスと似たメカニズムが働くバイアスであるが、より『自分が好きなもの・対象の贔屓(ひいき)』といった要素が強調されたバイアスになっている。

客観的な根拠などとは関係なく『あんな良い人が絶対に悪いことなんかするはずがない・まさかあの優しい人がそんな乱暴なことができるなんて思ってもいなかった』なども親和性バイアスの一種である。

それ以外にも例えば、競馬で自分の好きな思い入れがある馬が高い確率で勝つだろうという思い込み、恋愛で自分が好きな片思いの異性が絶対にナンパな行動はしないはずだという思い込み、サッカー(野球)で自分の好きな応援しているチームが相手に楽勝してくれるはずという思い込みなども、典型的な親和性バイアスとして考えることができる。

親和性バイアスで判断・選択を誤らないためには、『自分がその対象を好きだという感情』と『その対象がどれだけの価値があるか・どのくらいの実力があるかという事実』は異なるということを理解しておくことが大切である。好きなものや相手でも当然『完全無欠の存在』ではありえず、それぞれに欠点や短所もあるのが普通だから、『真剣な選択・判断』をしなければならない場面では、『好きなものの長所・短所の両面の分析』をするようにすれば良いだろう。


6.サンクコスト

サンクコスト(埋没コスト)とは、既に使ってしまってもう取り返すことができない費用(お金)のことであるが、サンクコストが生じると『ここまでお金を掛けてきたんだから途中でやめるのは勿体ないという心理』が働いて、更に損失や費用を拡大し続けてしまうリスクが生まれる。

典型的なサンクコストと追加的な費用拡大(コスト拡大)の事例としては、国・行政が実施する『大規模な公共事業』があり、いったん工事が始まった公共事業は工事が進めば進むほどにサンクコストが積み上がっていき、『これだけの予算を費やしたのだから、必要性が弱いとしてももう完成させるしかないという心理』に傾きやすくなり途中で工事を中止することは原則的にできない。

既に使ってしまったお金の損失や価値に引きずられやすいのがサンクコストの最大の問題であり、ギャンブルで負けたお金を何とかして取り返したいというような心理もサンクコストの強い影響を受けたものである。既に確定してしまった損失を何とか取り戻そうとして、更に損失を追加的に増やしていってしまうのが、サンクコストが及ぼす最も恐ろしい影響なのである。

サンクコストで判断・選択を誤らないためには、『過去の費用・選択』のことを考えずに『現在の必要性と選択の根拠』によってゼロベースで考える癖をつけることが大切である。過去は過去、現在は現在であり、いくらサンクコストが積み重なっていたとしても『これ以上お金を使う意味が見いだせない事業・活動・行為』であることが明らかであれば、すっぱりと損切りをしてやめてしまったほうが追加的な負担・損失を無くすことができる。

一度使ってしまったお金はもう戻ってこないのが現実であり、そのお金に無理に意味を持たせようとしたり、何とかして取り戻そうとしたりすれば、『サンクコストの追加的な積み増し』に無意識的に貢献してしまう悲惨な結果が待っているだけである。


7.転移の関連づけ

転移(transference)は精神分析の防衛機制の一つで、過去の出来事や人物に向けていた強い感情を、現在の出来事や人物に向け変えて投影する心理であるが、『過去の出来事』と何らかの共通点がある『現在の出来事』を結びつけてしまう錯覚が『転移の関連づけ』と呼ばれるものである。

『二度あることは三度ある』というパターン認識のバイアスにも似たバイアスであるが、転移の関連づけでは『パターン』よりも『状況・分野・特徴の類似性』に重点があり、例えばカフェチェーンを運営するA社の株価が上がれば、同じようなカフェチェーンを運営するB社の株価も上がるはずだと無根拠に信じ込んでしまうといったバイアスである。

転移の関連づけは、ITバブルだとか不動産バブルだとかを引き起こす要因の一つでもあるが、投資・経済以外の分野でも『過去に嫌な印象を抱いた人物』と『何となくその嫌な人に似ているように感じる人物』とを同一視してできるだけ遠ざけるような態度などにも反映されることがある。本当は、類似性や共通性がないようなものであっても、半ば無意識的かつ強引に投影の心理機制によって『関係性』を作り上げてしまうのがこのバイアスの特徴である。

転移の関連づけで判断・選択を誤らないためには、『現在の問題・対象』についてだけ集中的に考えるようにして、『直接的に関係しないそれ以外の過去の問題・対象』を交えないようにすることが大切である。今は今、過去は過去の境界線を明確にして、二つ以上の問題・事例を同時に考えるような場合でも、『それぞれの類似点と差異』を落ち着いて分析していくようにしなければならない。


8.支出の合理化・正当化

今すぐに必要なわけではないモノを買い過ぎてしまったような場合には、『支出の合理化・正当化』のバイアスが働きやすくなる。

本当は通勤や送り迎えに使う150万程度のコンパクトカーを買うつもりだったのに、少し大きめの250万するワゴンを買ってしまった場合には、『スペースが広いほうが沢山荷物を積めて何かと使い勝手が良いから・こんな大きな買い物はもうしばらくしないから・どうせ分割払いにすれば僅かな金額の違いになるから・せっかく高いものを買うなら本当に気に入ったものを買ったほうがいい・(普段は2人しか乗らないのに)後部シートにも乗れば7人も乗れるから』などもっともらしい理由を並べることによる支出の合理化が行われることは多い。

本当に必要と思われたものよりも高級・高額な商品を買った場合には、『高い商品のほうが品質が良いから長持ちするはず(すぐに新しいモデルが欲しくなるのに)・結果として安物買いの銭失いにならずに済んだ(標準的な商品の品質が十分なものでも)・本当に満足できるものを買わないと結局使わなくなって意味がない』などの合理化や正当化が行われることになりやすい。

自分でも必要性や正当性が疑わしいと感じている支出になるほど、言い訳にも似た『支出の正当化』が行われやすくなるが、『せっかく景色が綺麗な場所に来たんだからケチらずに高級ホテルに泊まったほうがいい・昨日は外食で5千円も使ったんだから今日は舞台のチケットに1万円くらい使っても惜しくない・高いパソコンを買ったんだから数千円の本の出費くらいはおまけみたいなもんだ』など本来まったく無関係な支出を組み合わせて、『毒を食らわば皿まで』の感じで無駄遣いの正当化が図られることもある。

支出の合理化・正当化で判断・選択を誤らないためには、『初めに定めた予算・全体的計画的な予算』の範囲内で買い物や契約ができているかを定期的に検証することが大切であり、『その場の気分や勢い・サンクコスト(もう既に沢山のお金を使ってしまったという感覚)』に流されて買える時にどんどん買っておこうというような自棄にならないことである。

買い物の支出をした後に毎回のように、何らかの合理化・正当化(言い訳)をしないと落ち着かないとか使い過ぎてしまったと落ち込む場合には、『自分の支出(消費行動)の必要性・金額の妥当性・緊急性』を考え直してみて、本当に今すぐに必要なものだけに限った支出(初めに決めた予算の範囲内の支出)をするように努力することも必要である。

この記事は、『前回の記事』の続きになっています。






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