湊かなえ『少女』の書評:相手の本心が分からなくなった由紀と敦子の友情や因果応報を巡る物語

湊かなえというと映画化もされた『告白』のイメージが強いが、学校生活における複雑な人間関係(友人関係)や生徒・教師の思惑(憶測)が交錯する心理を題材にしたテンポの良い物語を作るのが上手い作家である。本作『少女』では、幼馴染の友人である女子高生の由紀敦子の友情のぐらつきと再建を描いているのだが、学校という閉じた世界で生活する高校生にありがちな『友達関係への依存・不安(相手のことを何でも知っているように見えて実際にはよく知らないのではという不安)』の落ち着かない心情をさまざまなエピソードを通してリアルに表現している。

由紀と敦子は小学校の頃から一緒に剣道をしていたが、小学5年生だった由紀は夜にガラスのコップを割って手を怪我してしまったことで握力を失い剣道ができなくなる。由紀はその頃から周囲に心を閉ざすようになり、自分の感情を表に出すことが減っていくのだが、由紀が握力を無くした本当の理由は、認知症を発症した教員だった祖母の妄想による暴力行為(家族をできの悪かった生徒に見立てての過剰な体罰)であり、父親が家族の恥だとしてその事実を隠蔽してしまったのだった。認知症の症状による暴言・暴力がエスカレートしていく祖母の介護によって、由紀の家族はストレスで疲弊してギスギスとした空気が支配するようになり、由紀は自分の居場所(生きている意味)を失ったような気持ちになって厭世的な気分に落ち込んでいる。

天真爛漫で反射神経の良い敦子は、中学時代に剣道部のエースとして活躍していたが、仲間の期待を一心に受けた重要な県大会の決勝で、相手のニンニクの臭いに翻弄されてバランスを崩しあっさりと敗退してしまう。剣道のスポーツ推薦で高校進学が決まっていた敦子だったが、学校の裏サイトに『A子のせいで負けたのに、推薦が決まって調子に乗ってる』というような非難の言葉が並んでいるのを見て推薦を辞退し、友達の由紀と同じ女子高に進んで剣道もすっぱりと辞めてしまった。試合の時に足をひねってしまいまだ後遺症が残っているという敦子は、思いっきり運動することもなくなり、自分に自信を失って些細なストレスや対人不安からパニック発作を起こすようになってしまった。

喜怒哀楽の感情を人にあまり見せない由紀だったが、相手へのさりげない気遣いが得意なので友人関係のほうは卒なくこなしている。オーバーに自分の感情を表現して周囲にいつも同調する敦子も、『自己評価の低さ』を隠して学校生活には無難に適応している。剣道の大事な決勝戦に負けたことで、裏サイトで悪口を書かれて落ち込む敦子を、『敦子は今、暗闇のなかを、ひとりぼっちで綱渡りしてるような気持ちになってるかもしれないけど、絶対にそんなことないから』と言って励ましてくれた由紀。

しかし、由紀が敦子に『自分の本当の気持ち(敦子を心から心配して応援している気持ち)』を伝えようとして書いた小説の『ヨルの綱渡り』が、作家に憧れる国語教師の小倉に盗まれて新人賞に投稿されてしまう。敦子は『ヨルの綱渡り』の冒頭の部分を読んで自分のことを題材にしていることに気づき、この小説が小倉が書いたものではなく由紀が書いたものなのだということを知る。

教師の小倉が悪びれもせず盗作をしたことも驚きだったが、由紀が『敦子の暗い過去』をネタにして売り込むための小説を書いていたということに敦子は強い不信感と不快感を覚え、二人の友情に大きなひびが入ってしまう。本当は由紀は敦子に読ませるためだけに『ヨルの綱渡り』を書いていたのだが、自分が作家として売れるために敦子との出来事をネタにしたと誤解されてしまい、お互いが信用できなくなって内面を探り合うような憂鬱な関係になってしまう。

小説『少女』は、夏休みを利用した『由紀の小児病棟でのボランティア体験』『敦子の老人ホームでのボランティア体験』を中心にしたミステリー的要素のある内容も楽しめるようになっている。二人が夏休みにボランティアをしようと思うきっかけは、新しく友達になった紫織が深刻そうに語った『親友の自殺の話』であり、それによって引き出された『自己否定感から来る死への興味』でもあった。

ボランティア活動で『子供・老人に差し迫る死』を感じながら、由紀と敦子は自分の人生や人間関係を見つめ直すような体験もするのだが、『ヨルの綱渡りに込められた由紀の真意』に敦子が気づきかつての友情が再生されるという物語の流れがある。精緻な込み入った人間関係の相関図を終盤で一気に解き明かしていくのだが、物語の前半部分から周到に引いていた多くの伏線を後半で整合的に回収していく当たりは流石である。さりげなく書かれた学食の場面でも、由紀だけが人気のハンバーグドリアではなくありふれたカレーライスを頼むことにちゃんとした理由が後半で示されていたりする。

自分に自信を失ったり未来を悲観的に捉えたり、周りの友達から嫌われているのではないかと思っている高校生が陥りやすい『死の本質への興味』のテーマについても、ミステリーの謎解きの展開を絡ませながら『因果応報の死生観』を無理なく滑り込ませている。紫織の親友だった星羅はなぜ自殺したのか、盗作した小倉先生はなぜ自殺したのか、老人ホームで敦子が知り合った寡黙な高雄はなぜ女子校生に異常に冷たいのか、紫織はなぜお小遣いでは買えないような人気ブランドのバッグを持っているのかなどの伏線が最終的には綺麗に明るみに出されるというカタルシスもある。

敦子は家庭(祖母)の深刻な悩みから自分に感情を見せてくれなくなった由紀が、昔の由紀とはすっかり変わってしまった(本心を隠して自分のことを軽視している)と寂しく感じていた。由紀もまた、死ぬほど思いつめていた小学生の自分を助け出すように力強く手を引っ張って走ってくれた元気だった敦子が、たった一度の部活の挫折(周囲からの悪口)で人が変わったように自信を無くし、心理的に走れなくなってパニック発作に苦しみ続けていることを強く悲しんでいた。

由紀が書いた『ヨルの綱渡り』の小説を通して生まれた由紀と敦子の間の『誤解・不信感』が、夏休みのボランティア体験や多くの人との出会い・事件を通して、『和解・信頼による友情の再建』へと変わっていくプロセスはなかなか読み応えがある。

複数の人たちが自殺してしまった背景には『由紀・敦子の何気ない報復行為(本人たちも自分の行動の影響には気づいていない)』があったのだが、ミステリー部分の命題が『因果応報(自分が他人にやったことが自分に返ってくる)』ということを考えると、由紀・敦子にも将来また何らかの苦難が降りかかるかもしれないという緊張感を残した内容にもなっている。感動的な二人の美しい友情、失われていた過去の良き関係の再現だけで終わらないのも、湊かなえの小説の魅力である。






■書籍紹介

少女 (双葉文庫)
双葉社
2012-02-16
湊 かなえ

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 少女 (双葉文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのトラックバック