新田次郎『アラスカ物語』の書評1:人生の閉塞感からアラスカに向かった日本人

明治時代の日本に、北アメリカ大陸の酷寒のアラスカへ、孤独な外国航路の見習い船員として乗り込んだ少年がいた。地域の名望家だった一族の零落と医師の進路の喪失、心を寄せていた女性・千代との別離によって、日本に己の居場所を見いだせなくなった安田恭輔は、三菱汽船のアラスカ航路の船員として弱冠19歳で名乗りを上げる。

安田恭輔(やすだきょうすけ)は明治元年(1868年)に、宮城県石巻町にあった裕福な医師の家系の三男として生まれた。地域で蘭方医の大先生と呼ばれていた祖父の安田友琳(ゆうりん)に目に入れても痛くないほどに可愛がられたが、勝気で一徹な恭輔の将来を嘱望していた友琳は、恭輔が小学生の頃に脳梗塞を起こして不帰の人となる。恭輔もゆくゆくは二人の兄と同じく家業の医師を継ぐものと見られていたが、妹と弟を産んだ母が急逝し、その後を追うようにして父も胃病悪化で病死したため、経済的な後ろ盾を無くした中学生の恭輔は医師としての前途を絶たれる。

15歳という若い年齢で一人前になる年齢と見なされていた明治期、医学生になれない事が確定した恭輔は、親戚の勧めで三菱汽船石巻支店へと就職を決めた。恭輔が恋心を寄せていた幼馴染の石原田千代(いしはらだちよ)は、石巻町では医師を家業とする安田家と並ぶ名家の石原田家の令嬢だったが、明治維新の時代の変化で財産を削り取られ窮するようになっていた。

祖父の安田友琳と石原田鳴斎が古くから懇意にしていた縁で、親しくしていた恭輔と千代は半ば将来結婚するような仲ではあったが、両親を共に早く失って財力も傾き始めた『安田家の凋落』を見て、千代の父親の石原田鉄之助は突然態度を豹変させ、他の素封家の息子と千代との結婚を強引に取り付けてしまった。

それどころか、鉄之助はかつての両家の交遊をも否定するように、千代を訪ねていった恭輔を『汽船会社の給仕ふぜいが度が過ぎるぞ』と罵って冷たく追い返し、恭輔と安田家との絶縁さえも宣言した。泣いて追いすがってくる千代の手を取る勇気は何の力も持たない19歳の恭輔にはない。『家』が認めない本人同士の自由恋愛などを許す空気は、明治時代の日本やその時代の旧家には当然なく、二人だけで逃げられるような場所も仕事も無かった。

日本での仕事(医業)と恋愛(結婚)の両方の進路を閉ざされたという閉塞感に陥った19歳の安田恭輔は、突如、三菱汽船が募集していた外国航路の船員に応募することを決める。日本人がほとんど足を踏み入れた事のなかったアラスカへと旅立つ事で、自己の存在意義を再確認するような『新境地』に突き進もうとしたのである。安田恭輔は極北に浮かぶ船上のアメリカ社会において、“フランク安田”と自称する新たなもう一つの人生の道を歩み始めるのだが、ここまでの大胆かつ劇的な人生の方向転換は現代に生きる若者からは想像が難しい。

だがアラスカの北極海で待ち受けていたのは、どんなに頑張って成果を出し役割を果たしたとしても、白人と同じように日本人(黄色人種)は認められないという宿命的とも言える『人種差別』だった。

移民大国で人種の坩堝であるアメリカ合衆国においても、日本人をはじめとするアジア人(黄色人種)やアフリカ出身の黒人、少し前まで前近代的な狩猟採集生活を送っていたネイティブアメリカンのインディアン、19世紀になっても厳寒の土地で海獣・鯨の生肉を食べて洞穴のような不潔な住居に住んでいる非文明的なエスキモーは、どこまでいっても白人と同じ地位と尊敬を与えられない存在であった。

アラスカで大勢の白人たちに交じって、密漁監視船のベアー号に乗り込んだ恭輔だったが、ベアー号は急速に海面を凍結させた北極海の氷に閉じ込められてしまい身動きが取れなくなる。本来であればベアー号には約1年分の食糧と燃料が積み込まれているはずであり、北極海に閉じ込められても何の問題もなく船内で越冬できる準備をしていた。だが狡猾な貿易商人のビル・ワーレスが吹雪の中で不正をして、食糧が入った箱を大量にくすねていたので、ベアー号には2ヶ月分の食糧しか残されていない事が発覚する。

ビル・ワーレスへの荷物引渡しの手伝い(単なる手伝いで監視の責任を負う立場ではない)をしていたのがフランク安田(安田恭輔)だったため、船員のアジア人差別の感情や食糧配給の削減も手伝って、日増しに風当たりが強くなる。遂には『フランク安田も食糧を盗んだ一味の仲間だったのではないか』というデマまで流れて身の安全が危うくなり、いつ白人の船員たちに鬱憤晴らしのリンチを受けてもおかしくない緊迫した状況になっていた。

船内に留まり続ける事の危険を察知したフランクは、自ら南のポイントバローまで氷原を何百キロも歩いて救援を求めに行きたいと志願する。厳冬期の氷原縦断は殆ど自殺行為にも近い冒険であり、僅か10日分の食糧・燃料を携帯したフランクは、ベーコンの燻製をかじりビニールシートを頭からかぶって、アルコールランプでかすかな暖を取りながら、磁石と星だけを頼りにして南へと進み続けた。北極海からポイントバローに向かう南下の終わりなき決死の歩行は、星の位置を確認できるようになる“夜”から、星が見えなくなってくる“青い夜明け”まで延々と続けられる。






■書籍紹介

アラスカ物語 (新潮文庫)
新潮社
新田 次郎

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