“支配的で過干渉な親”はなぜ子どもの自立心を阻害するのか2:親子の人生の境界線の混乱

間接的な子どもの言動のコントロール法としては、『断りにくい善意・援助の形をした過剰な干渉』『寂しくて可哀想な親(子どもから取り残されて佇む親)のイメージの演出』『家庭内の特殊な慣習やルールの押し付け』などがある。いずれの方法も子どもに自分のほうが間違っていて悪い、親に対して申し訳ない冷たいことをしているという『罪悪感・自己否定感』を刺激する方法になっている。

しかし、子からすると自分ひとりでも十分にできることに対して、あなた一人だと危ないから(まだ無理だから)という理由で親から親切・援助を押し付けられるため、『自分の能力・決断に対する自信・自尊心』が深く傷つけられてしまい、潜在的なフラストレーションによる怒り・不快が鬱積してしまうのである。

過干渉な親だったりその親の価値観に染まっている家族だったりは、『あなたは自分のことだけしか考えていない自分勝手な人間である。みんなが家族のために頑張っているのにお前だけ好き勝手に自由にやって良いと思っているのか。親やみんなに迷惑・心配をかけているのが分からないのか』という恩義と返報のロジック(恩返しと協調性の義務)によって、罪悪感と自己否定感を植え付けることでコントロールしようとする。

こういった親子関係やしつけに過剰適応してしまうと、『絶えず人の目を気にする自分に自信がないパーソナリティ(周囲の意向・期待・要求に同調して従わないと自分の居場所がないと感じるパーソナリティ)』が形成されやすくなってしまう。

兄弟姉妹間で生じる競争心や嫉妬感情、不公正感などによって『家族間の集団力学(お前だけがきちんとできていない・自分勝手なことばかりしているという集団で個人を責める図式)』が歪められやすくなることもあり、その時には『家族の調和や団結を乱している子ども・家庭内のルールに従わずに自分のやりたいことで自立しようとしている子ども・あるいは各種の要因でひきこもったり自立困難になっている子ども』がスケープゴートとなり、非難・叱責・否定の集中砲火を浴びやすくなったりもする。

他人から自分がどう思われているか、他人が自分を否定したりバカにしたりしていないかが気になるというのは、ある程度までは誰にでもある感情であり性格傾向である。だが、『恩返し・協調性・従属性』ばかり強調する子育てをされた人は、『他者からの承認・認可・同意』を絶えずいつも気にしていて、それらが得られないと自己アイデンティティが拡散してしまうという問題が発生しやすい。そのため、他者から否定されたり道徳的(常識的)に糾弾されたりすることを過度に恐れて、『自分自身の感情・判断・やりたいこと』を完全に抑圧してしまいやすいのが過干渉・支配的な親に育てられたアダルトチルドレンの特徴になっている。

アダルトチルドレンの人の心理状態として、自分の人生や人間関係を生きているのか、親(あるいは自分に影響力を持つ他人)が期待する人生や人間関係を生きているのかが曖昧になりやすいということがある。過干渉・過保護・支配的な親に育てられた子にとって、『親・影響力を持つ他者の意向や期待』に逆らって自分の意志や選択を貫くことは、耐えがたいほどの罪悪感や孤独感、不安感を引き起こすものであり、幼少期から『教え込まれてきた人生・人間の善悪の価値観(どういった生き方や考え方が正しいのかの基準)』を変容させることは簡単なことではない。

過干渉で子どもをコントロールしたがる親にとっては、『自我意識・自分の人生の延長』として子どもの存在や人生があり、『子ども自身の人格・意識・人生』が自分とは別のものとしてあることを認めることができないのである。それは、親自身が『自分の親の価値観・期待・要求』を押し付けられて従ってきたからであり、そういった生き方を当たり前と考えているからである。しかし、それと同時に自分自身の人生や考え方に対する『根底的な不満・憤り・怒り』もあり、成長して自立した子どもに自分のほうが見捨てられるかもしれないという『対象喪失の不安=裏切られに対する恐怖』もあるのである。

既に成長した子(自立した子)に対して、必要以上の干渉や指示、援助(世話)と引き換えの命令などをする親は、『自分と子の自我(人生)の境界線』が曖昧になっているのであり、子どもの人生を自分の人生の延長(生き直し)のように勘違いして認識してしまっている事が多い。しかし、そういった支配的で過干渉な親の場合には、『独立した子ども(自分の家族を作った子ども)』とは切り離された自分自身の人生を生きる意味や喜びを見つけ出せないことが多く、『子どもに対する干渉・指示・支配』を続けること自体が、自分の人生の生きがい(自分が生きたかった人生をあれこれ指示・監督して生き直しているような錯覚)になってしまっている。

親の過干渉・支配的な関わり方が元々の原因になっているアダルトチルドレンの問題では、『親・子それぞれの精神的自立(支配や従属のない母子分離・父子分離)』が大きな課題になってくるが、そのためには見捨てられ不安や無力感、自信喪失を乗り越えて、『親・子それぞれが他者を支配的(依存的)に操作せずに自分自身の人生を生きるという覚悟・責任』を自覚することが必要になってくると思う。

親子の自然で共感的な相互扶助や思いやりは大切なことだが、それは『親の人生と子の人生の過干渉による一体化(何でもかんでも相手の期待や要求を受け入れて従うこと)』とは異なるものであり、親は親の人生を生きて、子は子の人生を生きる中で、『必要・状況・年齢(健康状態)』に応じてできるだけの協力をしたり援助したりすれば良いのである。

親と子がそれぞれに独立した別の人格・存在であることを意識することは、『親と子の自我(人生)の境界線』を明確化するということにもつながっている。具体的には、親が子どもの人生に過剰に干渉しなくても済む『自分自身の人生の意味・楽しみ方・人間関係』を見つけていくことが、思春期以降の自立し始めた子どもとの精神的分離を後押ししていく。

また、子のほうも親の保護・干渉に必要以上に依存しないようにして、『自分自身の自立的・主体的な人生』を確立していかなければならず、大きく依存しているから強く干渉されるという関係性から少しずつ離脱することも必要である。ある意味では、『成育環境(親子関係)における共依存の構造』を解体していくプロセスこそが、アダルトチルドレンの人の回復過程となるからである。

この記事は、『“支配的で過干渉な親”はなぜ子どもの自立心を阻害するのか1:子に対するコントロール願望』の続きの内容になっています。






■書籍紹介



この記事へのトラックバック