“甘やかす過保護・コントロールする過干渉”が子どもの心身発達や性格形成に与える影響:2
自分で善悪や損得を判断して、自分で自分の人生の進路や価値観を選択できるようになってくる『思春期以降の発達段階』においては、親は相談相手になってアドバイスをしたり経験に基づく意見をしたりする役割が期待されるが、(子どもの犯罪行為や反社会的勢力への参加を抑止するケースなど特殊な場合を除いて)『私の言う通りにしなさい・お前の考え方は間違っている・言うことを聞かなければ切り捨てる』というような強制・支配まではすべきではないのである。
自分の問題や悩みを自分で解決すべき年齢に差し掛かり、更にそれを解決するだけの知識と能力が備わってきているにも関わらず、過干渉な親がいつも先回りして指示や保護、命令をしていたら、子どもは『自分自身の判断能力・責任感・主体性』を伸ばしていくことができない。
成人した子どもでも子どもが本当に困っていて自分ではどうにもならなくなっているようなケース、精神的に疲弊してうつ病などを発症していたり自殺リスクも考えられるようなケースでは、親は子どもの年齢に関わらず、保護や支援をすべきではある。しかし、そういった『特別な差し迫った困窮・疾患・苦悩・非常事態』がないのに、常に先回りをした過干渉の世話や指示をすることは、『子どもの自発的な行動力・責任意識に基づく自己決定』をスポイルして、自立心や責任感、自己確認、自信にまつわる精神発達を阻害してしまうのである。
児童期から思春期、青年期前期にかけては、段階的に『判断能力・責任感・自発性』が成長していき、青年期ではそれらの自己決定や人生選択にまつわる諸能力・諸経験の集積が、自分はどのような人間でありどういった仕事や人生を生きていきたいのかに関わる『自己アイデンティティの確立』を促進していくことになる。職業的役割や社会的な位置づけが流動化しているアノミーな現代では、『自己アイデンティティの確立と拡散』は人生の途上で何度も繰り返される課題になってきている。
自己アイデンティティに関係する困難な課題を達成するためには、自分で人生の各段階での目標や価値をまず設定(選択)して、それを実現するための努力や工夫をすることが大切なのだが、(保護者の指示・援助のお陰ではなく)自分の力で困難なハードルを克服したという達成感が『自己効力感・自信の発達』につながっていくのである。子どもが心身共に成長してきて、ある程度まで自分の問題を自分で考えて解決できる『思春期・青年期』になった場合には、親は『必要な援助・助言のあり方』を考える必要が生まれる。
何から何まで世話を焼いて細々とした指示・説教を出し、自分の思い通りに子どもをコントロールしようとすれば、子どもに自分は自分の能力だけでは何にも達成できない、親がいないとまともに人生の課題をクリアできないという『無力感・虚無感・自己評価の低下』を感じやすくなってしまう。子どもに対する『極端な過干渉・生き方のコントロール願望』は、子どもの自己決定能力や自尊心・自己評価を引き下げるという悪影響を及ぼしやすいという側面が強いのである。
過干渉やコントロール願望は、親が『子どもの親としての自己アイデンティティ』以外の生き方や価値観をほとんど持っていないことの裏返しであり、いつまでも終わりなく『子どもに頼られて必要とされる親』でいたいという欲求の現れでもある。『子どもに依存して欲しいという欲求(子どもに対する親の存在を大きいままにしておきたいという欲求)』と『親が子どもに精神的に依存しているという状態(親の自己アイデンティティ確立を全面的に子どもに頼るという状態)』は、表裏一体と見なすことができる。
子どもが自分から離れていき、自分ひとりの能力・責任・判断で人生を歩んでいくことが、過干渉・支配的な親にとっては『自分に対する裏切り(=子が自分を切り捨てて孤独にする行為)』として感じられやすく、そういった親は幼少期から様々な方法によって子どもに『自分ひとりではまともに生きていけないという無力感・不十分な感覚』を植え付けようとすることがある。
この問題は一般的な家庭でも、子どもが自立して実家(親元)を出ていった時に、子どもを可愛がって育児(子どもの世話・応援・助言)を生きがいにしていた母親が、例えようのない無力感・喪失感・抑うつ感・意欲減退に襲われる『空の巣症候群』として現れることがある。だが、アダルトチルドレンを生むタイプの『過干渉・支配的な親』は、そういった空の巣症候群に類似した子どもと離れたくない心理状態が慢性的に続いており、子どもの人生や考え方を強く制御する親としての役割に、『自己アイデンティティ(自分の存在意義)』を全面的に委譲してしまっているのである。
この記事は、『“甘やかす過保護・コントロールする過干渉”が子どもの心身発達や性格形成に与える影響:1』の続きの内容になっています。
■書籍紹介
自分の問題や悩みを自分で解決すべき年齢に差し掛かり、更にそれを解決するだけの知識と能力が備わってきているにも関わらず、過干渉な親がいつも先回りして指示や保護、命令をしていたら、子どもは『自分自身の判断能力・責任感・主体性』を伸ばしていくことができない。
成人した子どもでも子どもが本当に困っていて自分ではどうにもならなくなっているようなケース、精神的に疲弊してうつ病などを発症していたり自殺リスクも考えられるようなケースでは、親は子どもの年齢に関わらず、保護や支援をすべきではある。しかし、そういった『特別な差し迫った困窮・疾患・苦悩・非常事態』がないのに、常に先回りをした過干渉の世話や指示をすることは、『子どもの自発的な行動力・責任意識に基づく自己決定』をスポイルして、自立心や責任感、自己確認、自信にまつわる精神発達を阻害してしまうのである。
児童期から思春期、青年期前期にかけては、段階的に『判断能力・責任感・自発性』が成長していき、青年期ではそれらの自己決定や人生選択にまつわる諸能力・諸経験の集積が、自分はどのような人間でありどういった仕事や人生を生きていきたいのかに関わる『自己アイデンティティの確立』を促進していくことになる。職業的役割や社会的な位置づけが流動化しているアノミーな現代では、『自己アイデンティティの確立と拡散』は人生の途上で何度も繰り返される課題になってきている。
自己アイデンティティに関係する困難な課題を達成するためには、自分で人生の各段階での目標や価値をまず設定(選択)して、それを実現するための努力や工夫をすることが大切なのだが、(保護者の指示・援助のお陰ではなく)自分の力で困難なハードルを克服したという達成感が『自己効力感・自信の発達』につながっていくのである。子どもが心身共に成長してきて、ある程度まで自分の問題を自分で考えて解決できる『思春期・青年期』になった場合には、親は『必要な援助・助言のあり方』を考える必要が生まれる。
何から何まで世話を焼いて細々とした指示・説教を出し、自分の思い通りに子どもをコントロールしようとすれば、子どもに自分は自分の能力だけでは何にも達成できない、親がいないとまともに人生の課題をクリアできないという『無力感・虚無感・自己評価の低下』を感じやすくなってしまう。子どもに対する『極端な過干渉・生き方のコントロール願望』は、子どもの自己決定能力や自尊心・自己評価を引き下げるという悪影響を及ぼしやすいという側面が強いのである。
過干渉やコントロール願望は、親が『子どもの親としての自己アイデンティティ』以外の生き方や価値観をほとんど持っていないことの裏返しであり、いつまでも終わりなく『子どもに頼られて必要とされる親』でいたいという欲求の現れでもある。『子どもに依存して欲しいという欲求(子どもに対する親の存在を大きいままにしておきたいという欲求)』と『親が子どもに精神的に依存しているという状態(親の自己アイデンティティ確立を全面的に子どもに頼るという状態)』は、表裏一体と見なすことができる。
子どもが自分から離れていき、自分ひとりの能力・責任・判断で人生を歩んでいくことが、過干渉・支配的な親にとっては『自分に対する裏切り(=子が自分を切り捨てて孤独にする行為)』として感じられやすく、そういった親は幼少期から様々な方法によって子どもに『自分ひとりではまともに生きていけないという無力感・不十分な感覚』を植え付けようとすることがある。
この問題は一般的な家庭でも、子どもが自立して実家(親元)を出ていった時に、子どもを可愛がって育児(子どもの世話・応援・助言)を生きがいにしていた母親が、例えようのない無力感・喪失感・抑うつ感・意欲減退に襲われる『空の巣症候群』として現れることがある。だが、アダルトチルドレンを生むタイプの『過干渉・支配的な親』は、そういった空の巣症候群に類似した子どもと離れたくない心理状態が慢性的に続いており、子どもの人生や考え方を強く制御する親としての役割に、『自己アイデンティティ(自分の存在意義)』を全面的に委譲してしまっているのである。
この記事は、『“甘やかす過保護・コントロールする過干渉”が子どもの心身発達や性格形成に与える影響:1』の続きの内容になっています。
■書籍紹介

