貴志祐介『ダークゾーン』の書評

奨励会に所属してプロの棋士を目指している塚田裕史三段は、中学生の頃から天才的な将棋の才覚を発揮していたが、プロ棋士の関門である『三段リーグ』を勝ち抜けないままに20歳を越えてしまい焦っている。塚田三段はプロ棋士となる『四段昇格』を目指して、同世代でほぼ互角の力量を持つライバルの奥本三段と激しく競い合っている。

中学生でありながら先輩を圧する破格の強さを発揮する箕作三段からも急速に追い上げられ突き上げを食らっているのだが、塚田三段はプロ棋士になる夢を実現するため、同棲している恋人の井口理紗との未来を築くために、『人生の正念場』を迎えて非常に厳しいプレッシャーに晒される毎日を送っていた。群雄割拠する『三段リーグ』には26歳という年齢制限があり、塚田は何が何でもその年になるまでには勝ちあがらなければならない、そうしなければ将棋に全てを捧げてきた今までの自分の10~20代前半の人生が無意味になってしまうという切迫した焦燥感があった。

本来であれば10代で鳴り物入りでプロ棋士になるはずだった自分の予定は大幅に狂ってしまっており、若手棋士の中でも新参から中堅に移行している。既に後がない所にまで追い詰められようとしており、今後の一年一年は『背水の陣』を敷いて必死に勝ちをもぎ取りに行かなければならない。同棲している井口理紗は囲碁の世界でプロとしての地位を得ているので、自分だけがいつまでもアマチュアの三段リーグで足踏みしている事にも忸怩たる思い、劣等感の強まりがあり、このままではプロ棋士の夢も好きな理紗との将来の生活も全てダメになるのではないかというプレッシャーが否応無しに高まっている。

そんな人生の勝負所を意識していた塚田が、ある日目を覚ますと、かつて海底炭鉱の開発で栄えた『軍艦島(長崎県長崎市の端島)』と思われる薄暗い場所に移動させられていた。そこは地形的には軍艦島にそっくりな場所なのだが、現実世界とは異なる戦闘のために準備された『ダークゾーン』と呼ばれる異次元空間であり、塚田は『赤の王将(レッドキング)』となって18体の自軍の駒を率いて、『青の王将(ブルーキング)』となった奥本と対戦する事になる。

王将を含めた18体の自軍は、強力な特殊能力を持つ怪物(モンスター)たちであるが、それらの異形の怪物はすべて現実世界の友人知人が姿を変えたものであり、怪物になる以前の人格(パーソナリティ)や記憶もそのまま持ち続けている。しかしそれぞれの駒は、赤・青の王将の指示命令には絶対に逆らえないようになっている。『戦わなければならない理由』も分からないまま、元人間のモンスターから構成される赤と青の二つの軍勢が『七番勝負』で、戦略的に激しくぶつかり合う。

ダークゾーンで展開される戦闘ゲームは将棋のようなゲームであり、王将を先に討ち取った軍が勝利となるが、赤と青それぞれの軍隊を構成する駒の種類は、テレビゲームのRPGのようなファンタジックなものに設定されている。王将を除く配下の駒は、相手を倒したり神社に行ったりすることで点数が加算されていき、3000点を獲得すると更に強力な特殊能力を持つ怪物へと『昇格(プロモーション)』する仕組みになっている。自軍が倒した相手は将棋と同様に好きな時に好きな場所に出現させて戦わせる事ができるので、効果的に取った敵軍の駒を打つ事で王将を追い込むという『詰将棋』のような要素も併せ持っている。

赤の王将……赤軍の大将であり、4つの虹彩が生み出す高度な視力を持っている。戦闘能力は歩兵・DFより若干強い程度である。

一つ眼(キュクロプス)……ダークゾーンの世界のルールやゲームの仕組み、キャラクターの能力や戦闘の戦略構築についての知識を持っている軍師・参謀のような存在。仲間にテレパシーで王将の命令を伝えたり、仲間の目線を通して王将に状況を見せることができる。赤ちゃんのような小さなサイズであり、自分では移動できず攻撃能力も低い。高度なテレパシーと未来予知の能力を持つ『千の眼(アーガス)』に昇格する。

皮翼猿(レムール)……翼を持つ凶暴な猿のような外見で、空を自由に飛び回る能力を持っており、敵軍の状況や布陣を偵察する役割を主に果たす。高度な飛空能力と攻撃力を持つ『夜の翼(ナイトウイング)』に昇格する。

鬼土偶(ゴーレム)……タランチュラのような不気味な外見をした山のように巨大な怪物で動きは鈍い、『蛇女・死の手』以外の攻撃ではどうやっても倒す事ができないという実質的に無敵の戦闘能力を持っている。より身体が禍々しい姿で巨大化して圧倒的な攻撃能力を持ち、蛇女や死の手でも殺せない『不可殺爾(プルガサリ)』に昇格する。

死の手(リーサル・タッチ)……外見は人間の女性とほぼ同じだが、自由に伸縮して軽く触れるだけであらゆる敵を即時に絶命させる事ができる黒い死の手を持っている。赤軍の鬼土偶(ゴーレム)に相当する青軍の青銅人(ターロス)を倒せるのはこの死の手(リーサル・タッチ)だけである。塚田の恋人である井口理紗が死の手(リーサル・タッチ)になっている。より強力な致死性の触覚と特殊な移動能力を備える『黒水母(メデューサ)』に昇格する。

火蜥蜴(サラマンドラ)……一直線に数十メートルは伸びる大火炎を噴射できるトカゲの怪物であり、直線上にいる敵を『鬼土偶・青銅人』を除いて全滅させることができるが、一回炎を吐き出してしまうと、一時間は次の火炎を吐き出す事ができない。無制限に大火炎を吐き出すことができる『火竜(ファイアドレイク)』に昇格する。

歩兵(ポーン)……将棋の『歩』に当たるビースト(野獣)のような攻撃専門の兵士である。移動のスピードと攻撃力が高まった『金狼(ライカン)』に昇格する。

DF(ディフェンダー)……歩兵(ポーン)よりも攻撃能力が低い王将を守護する防御専門の兵士である。


青の王将……青軍の大将であり、4つの単眼が生み出す高度な視力を持っている。塚田のライバルの奥本三段が青の大将になっている。

聖幼虫(ラルヴァ)……赤軍の一つ眼に相当する。『太齢(ジュピター)』に昇格する。

青銅人(ターロス)……赤軍の鬼土偶に相当する。『青銅魔神(コロッサス)』に昇格する。

蛇女(ラミア)……赤軍の死の手に相当する。『大水蛇(ヒュドラ)』に昇格する。

始祖鳥(アーキー)……赤軍の皮翼猿に相当する。『妖鳥(ハルピュイア)』に昇格する。

毒蜥蜴(バシリスク)……赤軍の火蜥蜴に相当する。『毒鶏(コカトリス)』に昇格する。


色々なモンスターが登場するRPG(ロールプレイングゲーム)やシミュレーションゲームのような戦闘が展開されるが、それぞれの駒の能力・特性やダークゾーンの世界の仕組みが分かるにつれて、棋士である塚田と奥本との『相手の戦略・駒の使い方の読み合い』が高度に絡み合っていく。赤軍と青軍の『7番勝負』を詳細に描いているので冗長な感じがどうしても出てきてしまうが、ファンタジーに出てくる個性的なモンスターが特殊能力をぶつけ合って戦うという『ゲーム的な世界観・雰囲気』に馴染める人であれば、情勢の展開や勝負の分かれ目にこだわった一つ一つの戦闘場面を楽しむ事ができるだろう。

小説全体の構成としては、『ダークゾーンにおけるファンタジー世界の戦闘』『現実世界における塚田の視点での人間関係・日常生活の状況(プロ棋士を目指しながらリーグ戦で勝てずに焦っている苦悩)』とが交互に書かれており、段階的にどうしてダークゾーンに放り込まれて戦っているのかの理由が明らかになるような流れになっている。同棲している恋人の井口理紗との関係、理紗との明るい将来を実現するために自分はどうすれば良いのかという進路選択の葛藤なども描かれ、小さな頃から憧れてきた『プロ棋士になるという夢』がもし敗れたらどうするのかという抑えようのないプレッシャーと不安感によって塚田が精神的に追い込まれていくことが、ダークゾーンの発生とも関係していく事になる。

『ダークゾーン』は現実の生活と幻想のモンスター同士の戦闘が交錯するファンタジー小説であると同時に、思春期の進路選択と恋人との将来設計の狭間で思い悩む早熟の青年棋士の青春物語でもある。同じ貴志祐介が書いたファンタジー小説でアニメ化もされた『新世界より』と比較すると、作品世界のスケール感とテーマ設定の卓絶さでは及ばないと思うが、『ダークゾーン』のほうは、将棋やチェス、シミュレーションゲームにも似た知的パズルの戦略性と心理ゲームの駆け引きの面白さがある。






■書籍紹介

ダークゾーン (ノン・ノベル)
祥伝社
貴志祐介

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