超自我の過剰による罪悪感(自己処罰欲求)と自分で自分を不幸にしてしまう道徳的マゾヒズム

精神分析の始祖であるS.フロイトも、超自我が生み出す罪悪感が原因になっている性格障害として、『例外人・罪悪感から罪を犯す人・権威的な集団への同一化(権力欲の強い人)』などを取り上げている。“例外人”というのは現在の悪い状況は、自分のせいではなく、不可避な運命や生まれ落ちた環境のせいであると思い込み主張する人のことであり、“罪悪感から罪を犯す人”というのは慢性的な罪悪感の苦しみを和らげるために、敢えて自分が処罰されるような事態を作り出す人のことである。

実際に罪を犯したから罪悪感を抱くわけではなく、エディプス期に形成された過剰な超自我の働きによって病的な罪悪感が植えつけられる事があるというのは、精神分析の病理学では有名なテーゼではある。ジークムント・フロイトは『超自我に由来する罪悪感』によって悪事や不道徳な行為をしてしまうクライアントについての臨床研究を行っているが、罪悪感(超自我)の異常な強さは『成功・幸福・安楽の状態にあってはいけないという自己認知(自分は罪に対する罰を受けて不幸になり苦しむのがふさわしいという自己評価)』をもたらす。

内面にある罪悪感が訴えてくる自己処罰の欲求を満たす形で、自分で自分を不幸な状況に追い込んだり敢えて罪を犯して罰を受けるという性格障害であるが、S.フロイトはこの性格障害を『成功した時に破滅する人間』として言及している。人間は自分の『自己評価(自己定義)』と著しく異なった状況に対して、居心地の悪さや罪悪感(相応しくない感覚)を感じやすくなるが、この事は自己評価が低く自尊心が傷ついているアダルト・チルドレンの人が敢えて『自分を不幸にするような相手(過去に受けた虐待的環境を再現しやすい相手)』を選んで付き合いやすい問題などとも相関している。

人は自分の自己評価にふさわしい状況や相手を求めやすいという心理傾向があるわけだが、性の解放による社会革命を訴えたウィルヘルム・ライヒは、幼少期に形成された超自我の自己処罰欲求(自分の落ち度を見つけて断罪しようとする欲求)が過度に強いパーソナリティを『道徳的マゾヒズム(moral masochism)』と呼んだりもした。

『成功した時に破滅する人間』や『道徳的マゾヒズム』が持っている支配的な自己認知(自己評価)は、自分は悪い事をした人間であり処罰されるべきなので、幸福や成功のような状態にあってはならないというものである。そういった自己処罰的・自己否定的な認知を持っているがために、『成功した時に破滅する人間』は半ば無意識的に自分で自分に罪を犯させて(自分を不幸にするような相手を選んで)、成功を台無しにして破滅するような行為を取ってしまう事になる。

『エス・超自我に対する病的行動』について説明してきたが、『外的対象に対する病的行動』では見せかけだけの感情を示す演技的で退行的な対象関係が多くなり、自己愛を何とか満たすために対象(相手)を利用するという行動が見られる。持続的な安定した対象関係を作ることが難しく、短期的にその対象(相手)から愛情を注いでもらったり、自信・自尊心を高めてもらったりすることを重視してしまう。

自他の境界線が曖昧で自己愛を満たすための関係になるので、他者に対して温かい思いやりを持ったり真の愛情を持ったりする事ができない。自分を愛されるべき『退行した子どもの立場(トラウマを受けて固着している発達段階にある立場)』に置いて、一方的な要求をしたり激しい嫉妬をしたりするので、人間関係が長続きしないという問題が起こってくる。

他者との人間関係から愛情や自尊心を獲得したいという無意識的欲求が強いので、『ご機嫌取り・強制的な物言い』を使い分けて相手を操作的にコントロールしようとする。だが、そういったコントロールに失敗すると『孤独耐性の低さ』によって、パニック状態に陥って感情的になったり活動性が低下して抑うつ的になってしまったりする。外的対象(他者)に対する病的行動は、『対象関係(愛情)の喪失』に殆ど耐えることができないという自我の弱さにあり、その弱さを補償するために『怒り・嫉妬・攻撃性(逆切れ)・羨望』といった反応を見せやすくなるのである。

対象関係(人間関係)に対する適応の悪さは、超自我の強さに由来する罪悪感と結びつきやすく、その場合には自分が社会から認められずに疎外(迫害)されている、社会からいつ否定されて処罰されるか分からないという『社会的不安』が高まってしまう。O.フェニケルは無意識的なエス・超自我・対象に対する病的行動の多くに、上述した妄想的・自覚的な社会的不安が必然的につきまとうという事を指摘している。

このフェニケルの理論的な文脈では、『エスの本能・超自我の倫理・外界との関係』の力学的なバランスが崩れて(自我の機能性が大きく低下して)、過去の発達段階への退行・固着を長期的に繰り返している状態が『性格障害(パーソナリティ障害)』という事になるのである。

この記事は、『O.フェニケルの精神分析的な性格理論とパーソナリティ障害2:超自我に対する病的行動と罪悪感』の内容の続きになっています。






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