人はどんな時に頼み事(要求)を受け入れやすくなるか?:贈与に対する心理的負債感(返報意識)の感じ方

個人間の贈与にせよ団体に対する寄付にせよ、贈与をする行為には良い自己イメージを強化したり、対人関係の持続性を担保するというような効果があり、個人間では全く何の貸し借りがない関係(毎回綺麗に清算する関係)よりも、一定の無理のない貸し借りをバランス良くやり取りしているほうが、人間関係が長続きしやすいことも指摘されます。また何か他人に頼み事をする場合には躊躇や遠慮、負い目を感じやすいものですが、これらの『相手に借りを作ってしまう感覚』は、近代以前には『相手に貸しにしておく感覚』とセットで義理人情の中核にあった感受性でもあるのです。

実際には、相手の現状にとって無理のないそれなりの負担・労力で応えられる頼み事であれば、『何も頼み事をしない人(一切の借りを拒絶して全て自分でやってしまう人)』よりも『適度な用件の頼み事をする人』のほうが好感度が上がるという実験結果もあり、プレゼントのやり取りをしたり何かの手伝いをしたり車で送ってあげたり、モノを貸し借りしたりという『小さな贈与‐返報』は、必ずしも人間関係にマイナスに働くばかりではないと言えます。

自分のことだけでぎりぎり精一杯で一切の贈与ができない余裕のない人の場合は、その限りではありませんが、平均的には自分の好きな相手や親しい相手に対しては、無償で何かをして上げたいという心理があり、そういった贈与をする事によって『自己肯定感・関係の安定感』を得ることが出来たりもします。

社会学的な現代社会の人間関係・経済活動の分析から離れて、一般的な人間関係における贈与や依頼(お願い)、それに対する相手の反応を実験した研究では、相手の贈与や依頼に対して作られていく『自己イメージ・負債感(恩義の感覚)』によって、自分の反応(依頼に応じるか否か)が変わってくることが知られています。

こういった対人心理学の基本的知見は、ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』のようにビジネスの営業や対人的な交渉にも応用されています。他人に物事を頼む時に受け入れられやすい代表的な方法としては、『小さな用件(依頼)から段階的に大きな用件を頼む方法』や『大きな用件(依頼)を断らせてから小さな用件を頼む方法』、『無償の贈与(無料キャンペーン)をして心理的負債を作る方法』などがあります。

1.小さな用件(依頼)から段階的に大きな用件を頼む方法

本当の目的である大きな用件よりも先に、断る理由が見つからないような簡単・手軽な用件を頼むことで、相手の警戒心を和らげたり次の頼み事がしやすくなるのと同時に、『依頼を受け容れる優しい自分』といった自己規定的な自己イメージを相手に抱かせることができる。ステップバイステップ法とも呼ばれる。

『半日はかかりそうな大量のファイルの整理作業』を頼む前に、『数分で簡単に終わる作業』を頼んでみて、『頼み事を快く受け容れる自己イメージ(相手に対する自己イメージ)』が確立したところで、本当に頼みたかったファイルの整理作業を頼んでみるなど。

2.大きな用件(依頼)を断らせてから小さな用件を頼む方法

相手がまず受け入れないであろう大きな用件を先に頼んで、それを断られてからより受け入れられやすい用件を持ち出すことで、『初めの用件を断った(相手に譲歩させた)という心理的負債感』を持たせやすくなる。その結果、次に出される小さな用件のほうが(これくらいは受け入れておかなければ相手に悪いという認知から)受け入れられる可能性が上がるというものだが、断られてから次の依頼をするまでの時間をなるべく開けないほうが心理的負債感の影響がでやすい。

知り合いの女性に『週末に一日付き合ってもらえませんか?』と誘ってみて、その申し出を断られてから『じゃあ、ちょっと聞いてもらいたい話があるから、今から10分だけそこのカフェで会話に付き合ってもらえませんか?』という小さなお願いをしてみるなど。

3.無償の贈与(無料キャンペーン)をして心理的負債を作る方法

昔ながらの販売促進法である『マネキン(販促員)による試食の勧め』『無料お試し期間(無料見積り)』『コスメショップでの無料のメイクサービス』『試供品の提供』などで、相手に無償贈与してもらった事に対してそれなりの返報をしなくてはいけないという自然な心理的負債感を利用しようとするもの。

高額商品では余り効果がないことも多いが、数百円程度の食品の試食を販売員から丁寧に笑顔で勧められて食べ、実際にそれなりに美味しければ、無料で試食させてもらったからということで(元々その商品を買おうとは思っていなくても)、その商品をとりあえず買って上げるというお客さんは有意に多くなる。

化粧品ショップで、BA(ビューティーアドバイザー)から無料で説明を聞きながらメイクをして貰えるサービスなども、暫時的な人間関係における心理的負債感が生まれやすいサービスで、それなりに何か一品くらいは買う動機づけがないと無料でメイクをして貰うだけというのは気が引けるものである。

話し合いをしながら段階的に要求・条件を引き下げていけば、『心理的負債感の高まり(相手の譲歩に応えて上げなければならない思い)』だけではなく『相手の交渉力の実感(自分の交渉力・人間性で相手が譲歩してくれたという有能感)』も出てきやすくなるので、一定の人間関係が成り立っていれば(あるいは相手が本当に欲しいと思っているモノの交渉であれば)、どこかの段階で要求が受け容れられると予測されます。

こういったテクニカルな定番の方法だけに限らず、人間関係の様々な場面の相互作用や交渉における判断には、『合理的な損得勘定・客観的な条件の査定』だけに留まらずに『贈与‐返報の原理による心理的負債感』が働いている事が多くなっています。

あらかじめ相手の望ましい反応を引き出そうと計算して、『返報性・心理的負債感』を意識するのは利己的・狡猾なイメージになってしまいますが、『相手のために気持ち良く何かをして上げること』は基本的には、よほど心理的負債に鈍感な人か極端な利己主義者でない限りは、『それなりの有形無形の返報性(感謝・好意・敬意などの現れ)』が伴ってくるものではあると思います。『返報(お返し)』があるか無いかを意識せずに、お互いに相手を喜ばせようと思って(更に相手の喜びによって自分の満足感が高まって)、自然な贈与(好意・感謝・支援)の送り合いが適当に繰り返されているような関係が、双方が満足して上手くいっている夫婦・男女・友人の関係でもあります。






■書籍紹介

「ボランティア」の誕生と終焉 -〈贈与のパラドックス〉の知識社会学-
名古屋大学出版会
仁平 典宏

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