斎藤環『関係する女 所有する男』の書評6:結婚生活に対する男性の欲望と女性の欲望の違い

結婚生活における男女の根本的なすれ違いの原因として、斎藤環は『男性の所有原理』『女性の関係原理』の違いを上げるが、これは男女の意識の上で男性にとっては結婚が“ゴール”になりやすく、女性にとっては結婚が“スタート”になりやすい事を意味する。男性の所有原理では、好きな女性を自分の独占的なパートナー(恋人・配偶者)として手に入れるまでが目的となりやすく、結婚してしまうと『完全に相手を所有したという感覚(社会的・法律的にも他の男性が手を出しにくいという感覚)』から、それ以前ほど熱心な愛情表現や援助行動(思いやりを行動で示すこと)、プレゼントをしなくなる傾向がある。

結婚してもそれ以前と変わらない男性も確かにいるが、総じて男性は結婚後には妻に十分な感情的メンテナンスや思いやりのある援助行動をしなくなりがちであり、いったん結婚までしてしまえばよほどの事がない限り、夫婦関係が壊れることはないという根拠のない確信を持ちやすい。夫婦の間で子どもが産まれても『密接な母子関係』を前にして、男性は自分の居場所がないように感じてしまい孤独感や嫉妬感情を感じてしまう人もいる。そして、『妻と一緒に子育てを協力して頑張るという意識』を持てずに、妻から自分が愛される事(何かしてもらう事)ばかりを望んだり、自分は家計を支えるために仕事さえしていれば良いと考えるようになると、夫婦間の感情的な距離感が開いて夫婦関係がギクシャクしやすくなる。

女性は結婚を『新しい協力関係』のスタート(始まり)と認識しやすく、男性が好きな女性と結婚したことによって安心して気を抜きやすいのとは対照的に、女性のほうはこれから二人で頑張っていかなければならないという人生の緊張感や覚悟のほうを感じやすい。所有原理に基づく男性の求愛行動は、好きな異性を確実に手に入れた(失恋・別離の不安が小さくなった)という実感をもたらす『結婚』によって一つのピーク(喜びの頂点)に達する。だが、関係原理に基づく女性の価値判断は、新しい生活や関係がスタートすることになる『結婚』によって、男性の働きや協力、コミュニケーションに対してよりシビアな判断をするようになりやすい。

今までと同じようなラブラブで楽しい生活をしていこうというような考えを持ちやすい男性に対して、女性は男性に『今まで以上の家族のための責任・貢献・思いやり(愛情表現)』を求めるようになり、“所有原理を持つ男性(夫)”“関係原理を持つ女性(妻)”との間で対立点が増えてきやすいのである。本書では男性にとっては『結婚した時点の妻』に最高の価値があり、女性にとっては『結婚した時点の夫』にはそれほどの価値がなくまだ完成途上であり、女性は男性よりも『これからの結婚生活における良い変化』を期待する度合いが強いのである。

男性は妻に結婚したばかりの頃の外見や性格、忠実さ(素直さ)のままでいて欲しいと願い、女性は夫に結婚したばかりの頃よりももっと家族や自分のために頑張って欲しい(人間性・経済力・貢献度を高めて欲しい)と願いやすいというのは、結婚をゴールと捉えやすいかスタートと捉えやすいかの違いともつながっている。

母親と子どもの親子関係は“コミュニケーション(会話)”を媒介とした密接なものになりやすいが、父親と子どもの親子関係は“所有原理”に基づく会話の乏しいもの(規範的・指示的・放任的なもの)になりやすいという違いも指摘されている。この違いは平均的な男性は『共感性・配慮性を前提にした情緒的コミュニケーション』がそれほど得意ではない事と相関しているのかもしれないが、そもそも仕事をしている父親と育児をメインに生活している母親では『子どもと接する時間の絶対量』が大きく異なることの影響もある。

本書では結婚生活における男女の根本的なすれ違いを『ジェンダーの差異と時代的な変化』に求めているが、『第五章 「おたく」のジェンダー格差』では“結婚”という関係の形式を、ジェンダーの違いを無視しても実現できる優れた人類の発明という風に位置づけている。これは男性と女性の埋めがたいセクシュアリティ(性的欲望)の違いを『結婚という制度』が埋め合わせてくれるという事だが、そういった男女のセクシャリティの微妙なニュアンスの違いを乗り越えてでも性的に結合する(男女が結びつき続ける)ためには、『恋愛・性愛・結婚・家族(子ども)といった制度(イデオロギー)』の助けが必要というわけである。

その意味では、男性と女性が惹かれ合って結びつくという事態は、自然的というよりは制度的・イデオロギー的な側面もあるのだろう。『男と遊んでいるほうが気楽という男性・女と一緒にいるほうが楽しいという女性』が少なからずいることも、男女関係の制度的・イデオロギー的な側面を反映しているのだが、『結婚や家族(イエ)という社会制度・恋愛という時代的価値観・セックスという身体的欲望』が無ければ、男女が惹かれ合って結びつくというのはそれほど自然なことではない可能性もある。

この記事は、前回の「斎藤環『関係する女 所有する男』の書評5:恋愛・結婚の偶有性と男女のカップリングの仕組み」の記事の続きになっています。






■書籍紹介







関係する女 所有する男 (講談社現代新書)
講談社
斎藤 環

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