斎藤環『関係する女 所有する男』の書評1:ジェンダー・フリーとジェンダー・センシティブ

人間の男と女の違いが何に由来するのかという説いは、歴史的にも意識的にも常に普遍的な問いである。近代社会は『男女同権社会』を志向するプロセスの中にあるが、それでも『ヘテロセクシャル(異性愛)』によって多くの男女の行動が規定される限り、男と女の考え方や価値基準が全くフラットな同じようなものになるとは考えられない。『法律的な権利・自由』の上では男女は平等であるべきだが、イデオロギーとしての“ジェンダーフリー”には、男が女に好かれたいと思い、女が男に好かれたいと思う以上、一定の限界がある。

本書は、生物学的性差としての“セックス(sex)”ではなく、社会的・文化的性差である“ジェンダー(gender)”が影響する範囲について書かれた本である。ジェンダーの取り扱い方についても、従来のフェミニズム(女権拡張主義)の影響を受けた原理的な“ジェンダー・フリー”を退けて、男女の社会的性差の差異や不公正に自覚的(鋭敏)であることを説く“ジェンダー・センシティブ”という立場を掲げているのが特徴的である。

ジェンダーフリーを巡っては時に反対派から、『男女平等で男と女に何の違いもないというなら、トイレも風呂も男女を分けなくて良いし、男性が女性を守るというような観念も無くすべきだ』という意図的に短絡さや無邪気な原理主義を装った揶揄が装われることもあるが、人間の男女関係に働くヘテロセクシャルの欲望がある限り、こういった四角四面な形式的平等主義は現実には通用しない。なぜなら、大半の男は女に好かれたいと思って行動するからであり、大半の女もそういった男の行動を肯定的に受け止めるからで、反自然的なイデオロギーは自然な男女間の欲望(生殖適応度を生む欲望)の前には無力だからである。

そうである以上、『原理主義的なジェンダーフリーによる自然な男女関係(ヘテロセクシャル)を否定するような制度・価値観』というのは、社会一般に通用するほどの強度を持たない。男女平等というなら、男女で何から何まで機械的に同じにすればいいじゃないか(男女が相互に気に入られようとするような意識・役割を無くせばいいじゃないか)というような確信犯の極論は、現実の男女がそのように行動するわけがないという意味で“言葉遊びの域”を出ないのである。

『自然に還れ』という啓蒙思想のジャン・ジャック・ルソーのような自然回帰主義は素朴で非現実的だし、『男女の自然な役割分担・行為規範』のようなものを持ち出すと男女平等を根底から否定する“バックラッシュ(男女平等の反動)の主張”に傾くことがある。バックラッシュは男女の生物学的性差による行動の規定性に注目して、その大まかな傾向を『自然的事実に基づく社会規範』にまで高めてしまうので、『個人の多様性・男女の振る舞い方の自由度』を認めなくなるという副作用の多いものである。

そのため、上記した自然な男女間の欲望というのは『男が女を求め、女が男を求める欲望(両性がそれぞれ異性に好かれたいという欲望)』という原点的なものに過ぎないものであり、それ以上のレベルの振る舞いや考え方における『自然な身体性』というのは人工的な文脈や制度、時代の価値観に影響されたものになってしまう。その一方で、男女間に働くその性的・関係的(情緒的)な欲望の傾向性を、全否定して生きている人間というのもまた滅多にいないのであり、男と女の関係が完全にフラットになって、あらゆる異性としての振る舞い方がなくなるような極端なジェンダーフリー社会というのは成立しないというか、(ジェンダー消滅は男女間の欲望消滅につながるので)その社会を継続できないだろう。

第一章『「ジェンダー・センシティブ」とは何か』では、女性は女性らしく生きて結婚して子供を産むべきでそれが女性としての幸福に至る選択であるという保守反動のバックラッシュとして、西尾幹二・八木秀次『新・国民の油断』三砂ちづる『オニババ化する女たち』の著作における主張が取り上げられているが、これらはいずれも男らしさや女らしさが生物学的(遺伝的)かつ身体的に規定されているので、それらに逆らう生き方は基本的に間違っているという内容になっている。

保守反動のバックラッシュ(男女平等の理念に対する批判)というのは、人間もまた自然の一部であり、利己的遺伝子の繁殖戦略に行動を支配される動物であるから、その『身体性・遺伝性』には従うべきであり、それに従った結果として結婚して子どもを生みやすいジェンダーが形成されるという論になっているが、そこには『身体性に対する無条件の信念(個人の多様性・環境条件の軽視)』も含まれている。






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