新田次郎『栄光の岩壁 上下』の書評3:アイガー北壁を目指す岩壁登攀と仕事・結婚との両立

“河本峯吉・辰村昭平・谷村弥市”と相次いで親しい人たちを山で亡くしてしまった岳彦は、自分と一緒に山に登った者は次々に死んでしまうと感じ、自分自身を不運な疫病神のように蔑んだりもする。だが、高校時代に冬の八ヶ岳で峯吉と一緒に死んでいてもおかしくなかった自分がこうやって生かされていること、もう二度と歩けないはずの足が再び歩けるようになったばかりでなく山にさえ登れるようになったことに対して、自分なりの人生の意味を、難易度の高い『未登攀の岩壁登攀』を通して確認したいという強靭な意志を持ち続けていた。

更に儲け話を企んでいる津沼春雄から、伯父がヨーロッパに滞在しているので、当時日本人では登った人がいない世界有数の絶壁である『アイガー北壁』に、たった20万円で登れるチャンスがあるという詐欺の話を持ちかけられ、純朴な岳彦はその話を信じ込んでまんまと騙されてしまう。しかし、春雄の詐欺話によって蜃気楼のように浮かび上がってきて瞬時に消えてしまった日本人初となる『アイガー北壁登頂という夢』は、岳彦にとって自らが人生を生きている意味そのものとなり、それをやり遂げることで足のない自分が『人並み以上の存在』であることが立証できるという確信へと変わった。

ヨーロッパ・アルプスにあるアイガー北壁に、日本人として初めて登りたいという夢を諦めきれない岳彦は、日本アルプスの名だたる岩壁を次々と登攀・制覇して独自のルートも開拓していくが、社長の稲沢鉄太郎に見初められてスポーツ用具メーカーのフリッシュで社員として働くことになる。クライマー(登攀家)としての果てしない夢を追いつつ、岳彦は会社員(社会人)としての責任感も感じ、自分の今後の人生にとっても重要になってくる結婚をどうするかという葛藤にも襲われることになる。それまで女性と全く縁がなく、自分の足に対する劣等感から恋愛に積極的にもなれなかった岳彦だったが、山岳会で登攀家としての名声と期待が高まるにつれて、三人の女性(松阪峯子・野宮正子・毛利恭子)からアプローチを受けるようになっていた。

しかし、フリッシュの同僚の事務員である松阪峯子の好意はありがたかったが特別な感情は持てなかったし、岳彦のファンだといってストーカーのように一方的につきまとい、妻のような態度さえとってくる押し付けがましい野宮正子にはある種の薄気味悪さを感じていた。唯一、家業であるスポーツ用品店の経営をしている女主人の毛利恭子だけは、その清楚で慎み深い性格や自分を気遣ってくれる発言に好感を持つことができ、恭子ともっと親しく付き合いたいという思いはあったのだが、お互いに恋愛に不慣れで不器用なためにその距離感を縮めるには時間がかかった。最終的に、竹井岳彦はこの毛利恭子と結婚することになるのだが、恋愛が進行していくプロセス、お互いの気持ちをはっきり伝えるまでのやり取りの心情描写はかなり細かい、戦後(昭和中期)を生きる奥手な男と女の純粋な関係を臨場感豊かに描いている。

結婚しても登攀をやめない岳彦は、恭子の実家の母親から眉を顰められながらも、『山が無くなればこの人はこの人でいられなくなる』という恭子からの理解と支援を受けて、何とかスポーツ用品店の商売と登山(登攀)とを両立させていく。ヨーロッパアルプスのアイガー北壁に挑戦するチャンスは、東尋坊の絶壁を登攀していた時に知り合った、岳彦と兄弟と見間違えられるほどに外見がそっくりな片倉大五郎からもたらされた。

片倉大五郎が働いている運動衣料品の一流メーカー『ヘルス商会』の梅坂猪之介社長は、子ども時代から登山が好きであり、ヨーロッパアルプスにある日本人未踏峰の岩壁(三大岩壁の一つのアイガー北壁)に片倉らが挑戦するのであれば、その遠征を資金面で援助したい、ヘルス商会の広告にもなるからと申し出てくれたのである。

ヘルス商会の梅坂社長がスポンサーとなった竹井岳彦・片倉大五郎の『アイガー北壁』への挑戦は、吹雪が吹き荒れ、雷雨に襲われるという気候条件の悪化によって途中で阻まれてしまうが、それは気象条件によって登攀できるかどうかの成否が分かれるとされるアイガー北壁では『勇気ある撤退』であり、梅坂社長もマスメディアも岳彦たちの撤退した判断を賞賛の声で迎えた。

この記事は、「新田次郎『栄光の岩壁 上下』の書評2:“山を歩く登山”から“岩を登攀する登山”への転換」の続きの内容になっています。






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