新田次郎『孤高の人 上・下』の書評3:“冬山の自然の厳しさ”と“世俗の人間関係の難しさ”

小説内の加藤文太郎の登山は一流の域に達してはいくが、徹頭徹尾、誰にも学ばず誰とも一緒に登らない登山であり、その単独行は『山では自分以外の何ものをも頼ることはできない。自分独りであればどんな状況でも死ぬことはない』というストイックなまでの他者の存在を拒絶する信念であった。遂には外山三郎も藤沢久造も加藤を正規の登山界に組み入れることを諦め、彼の自発的なトレーニングと忍耐力に根ざした冬山登山の経緯を見守るようになり、加藤文太郎は次々と当時の登山界の常識を覆すような冬山のビバークをやり遂げ、金字塔的な記録を打ち立てていく。

しかし、加藤は上司の外山から山の雑誌や登山関連の書籍を借りて読むようになり、当時日本人では誰も登ったことがなかった『ヒマラヤ登山の夢』を抱くようになり、ヒマラヤに登るためにすべての世俗的な欲求や見栄を捨てて禁欲的な貯金を始める。その貯金の目的は、外山三郎も含めて誰にも教えておらず、一切の無駄遣いを排した質素な生活を送り、同僚との社交のためのお金も全く使わない加藤は、『吝嗇(ケチ)な変わり者』という認識を持たれて余計に人づき合いから遠ざかっていく。

出世頭の技師になって人並み以上に給料を貰っているにも関わらず、加藤は新品の背広も誂えることがなく、研修生時代のままのボロボロのカーキのナッパ服を着て通勤しており、余計な買い物や付き合い、異性関係などにお金を使うことが全くない生活をしている。負荷に耐えられる身体を鍛え抜くために、毎日数十キロの石をルックサック(ナップザック)に詰め込んで会社に通っており、山では十分な食事ができない日が続くことを想定して、絶食に近いような食事制限をし自分の『食べないで動き続けられる限界』を探っていたりもする。

吹雪が吹くような冬山でも十分な睡眠が取れるように、真冬には『自宅の庭』で寒風に吹かれながら寝袋にくるまって野宿をする訓練を繰り返しており、下宿している先の家族からも相当な変わり者と思われている始末であるが、加藤はこういった日々の訓練によって極限状況に耐える精神力を培っていった。そして実際の冬山登山の窮地を乗り越えて、『真冬に山中で雪洞を掘ってビバークしても死なないこと(当時の常識では冬山の小屋外での睡眠は死に直結すると考えられていた)』を自らの肉体で実証してみせたのだが、装備も食糧もすべて自分で工夫して自作する加藤は『登山の世界』ではやはり異端であり続けた。

初めて信州(長野県)の夏の日本アルプスの燕岳に登った時にも、加藤は作業衣にゲートルを巻いて地下足袋をはいているという粗末な服装であり、専門的な装備を揃えた学生の登山サークルから笑われているが、登山の実力では加藤のほうが遥かに勝っているために、余計に他の登山者との相互理解が困難になっていくのである。装備そのものはお金を掛けておらず粗末で質素だが(昭和初期は現代の登山のためのウェアや登山靴、ギアほど機能性のある商品はそもそも開発されていないだろうが)、加藤は絶えず複数の着替えと一週間分の食糧を防水の油紙に包んで携行しており、誰よりも用心深く『もしもの時の対応』を頭に入れて山を登っている。

穂高連峰、立山連峰、後立山連峰、富士山、南アルプスなど多くの夏山を制覇してから、加藤が初めて登った冬山登山は『八ヶ岳』だった。そこでは実験的にテントをかぶって冬山での野宿を試みており、冬山の寒さの厳しさに自分の身体がどこまで耐えられるのかを経験的に知る。加藤が自らのストイックな登山を通して辿り付いたもっとも『効率的な簡易食事法』は、火を使わなくてもすぐに食べることができる『甘納豆・乾し魚』を両方のポケットに大量に詰め込むものであり、行動食をこまめに取り続けている限りは、自分の歩き続ける体力が失われることがないという自信を深めていく。

身体全体を吹き飛ばすほどの風速30メートル近い強風、地上とは比較にならないほどの寒気の厳しさ、湿り気を帯びた雪が持つ体温を急速に奪い取る恐ろしさ、長距離の縦走による体力の消耗など山岳小説特有の表現技法は秀逸であり、『自然環境・冬山登山の厳しさ』『人間関係・世俗の人生を巡る難しさ』とのせめぎ合いを通じて、人生の意味を孤独に模索し続ける加藤文太郎の人間像にも引き込まれる。フィジカルに鍛え抜かれたタフネス、氷雪や突風、ガレ場(岩山)、急坂・急崖などあらゆる劣悪な物理的環境に耐え抜く精神力が、ダイナミックな力感を持って伝わってくるが、『冬山登山の過酷さ』『人間関係のままならなさ』を重ね合わせて読めるヒューマニスティックな物語としての魅力も湛えている。

独りの時間が欲しいとか他人の思惑(反応)に煩わされずに自由に生きたいとかいうのも、人間の本能的な欲求の一つであるが、それでも大半の人は他人とか関わりたいとか自分の存在を認められたいとか愛されたいとかいった『対人欲求・承認欲求(愛情欲求)』を同時に併せ持っている。愛想を振る舞えず無口で不器用な生き方しかできず、冬山に独りで取り憑かれたように登り続ける加藤文太郎も、その例外ではない。誰もいない冬山を安全に独りで登りきる力量と経験を兼ね備えた加藤でも、静謐な山中で圧倒的な孤独感と耐え難い疎外感に襲われることがあり、何日間も誰とも言葉を交わさずに山歩きを続けていると、『誰かと話したい・誰かと共に歩きたい』という対人的な衝動に突き動かされたりする。

その加藤の押さえ難い対人欲求の人恋しさが如実に現れるエピソードとして、芦峅寺(あしくらでら)から弘法小屋を経て雄山に向かう途中で出会った『大学生4人・ガイド2人の6人組』とのやり取りがある。加藤は6人組のパーティーと一緒に剱岳に向かいたくて堪らなくなるのだが、『人間関係の不器用さゆえの非礼・無頓着』が邪魔をして同行を拒絶されてしまう。大学生パーティーのリーダー格の土田は、寡黙で愛想笑いのつもりの微笑を浮かべる加藤を嫌悪し、写真撮影に邪魔だからどいてくれと言い、剱岳への同行については飛び入り参加はパーティーの調和を乱すという理由で明確に拒否されてしまう。

加藤はひたすらに『なぜこれほどに人を求めるのか?なぜ独りでいることに耐えられない時があるのか?』と自問自答を繰り返し懊悩する。今まで独りきりで冬山を歩き、山と語らいながら登頂することに寂しさや苦しみを感じたことがなく、『冬山に勝つことは孤独に勝つことである』と看破した気分でいたのだが、突然に自力で抗えないほどの孤独感に圧迫されてしまい、間接的に拒絶された大学生パーティーを追いかけて剣沢小屋にまで行く。

加藤は何とか剱岳に一緒に登りたいと願い出るのだが、強風の天候悪化を理由に剱岳には行かないと断られ、その時に浮かべていた微笑が相手のパーティーの勇気の無さを嘲ったものだと勘違いされてしまう。とにかく孤独の苦しみを回避することで必死な加藤は、何とかパーティーに加えてもらえないかと懇願するが、リーダーの土田の『打ち解けあった仲間同士でないとパーティーを組むことは危険だ』という登山の常識論によって拒否されてしまう。

剣沢小屋を半ば追い出されるようにして独りで下山にかかった加藤だったが、その途中で剣沢小屋が白いものに呑み込まれるという『不吉な幻覚・死神の魔手の接近』が頭に浮かび、加藤はそれまでの人恋しさや孤独感を忘れて一挙に逃げるように剣沢小屋から遠ざかっていった。その不吉な雪崩の幻覚は現実のものとなり、剣沢小屋にいた6人は雪崩に呑まれて死亡するのだが、加藤はその死の予兆を幻覚として見た瞬間に、それ以前の『山は独りで登るのが自然である・独りで山に登り続ける限りは自分は死なない』という信念を思い出す。そして、あの時の耐えがたい人恋しさ、誰かと一緒にいたいという衝動は何だったのかと再び自分に問いかけていく。






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