S.フロイトの精神分析の“エス”と進化生物学の“生存・生殖本能”が生み出す暴力(争い)の問題

進化心理学では人間の行動と心理は、『突然変異・遺伝子保存・遺伝子頻度(ばらつき)を前提とする自然選択』の結果として段階的に形成されてきたと考えますが、進化論・進化心理学の前提にあるのは、人間も動物(哺乳類)の一種であるという事実認識でしょう。

酸素を吸い食物を食べて排泄をしながら生きるという『生存本能』を持ち、異性の配偶者を見つけて子孫を残して育てるという『生殖本能』を持っているというのが、人間の動物的・本能的な分かりやすい側面ですが、生存と性欲(異性選択)の分野では特に『ヒトと類人猿の境界上にある心理行動パターンの特徴』が出現しやすくなります。

ヒトは自然環境をより快適にするために文明・技術を用いて改変したり、法律(遵法精神)・倫理規範によって動物的本能を制御したりできる『特別な動物』ではあるのですが、生きていくために食べたり配偶者を見つけて子孫を残したりといった部分では、『動物との共通点・激しい競争性(場合によっては戦争・喧嘩にもなる)』も当然ながら多く残しています。

ヒト(現生人類)と類人猿(猿人・原人・旧人)で共通する本能が生み出す行動には、人間社会では『悪・犯罪(暴力)』とされるものが多く含まれますが、精神分析の創始者であるジークムント・フロイトはこの善悪の分別のない原始的・動物的な本能のことを、心的装置論において“エス・イド”と呼びました。

精神分析のリビドー発達論(性的精神発達論)では良心・倫理の機能しない本能的欲求であるエスを、超自我によって道徳的に抑圧したり自我(エゴ)によってエスと超自我のバランスを保ったりすることで、『人間の社会的な適応=他者との現実的な利害調整』が進んでいくと考えています。

その一方で、S.フロイトの精神分析のセオリーでは『無意識の決定論(無意識的内容による行動の規定)』が前提になっており、無意識の願望・本能を抑圧することによって、神経症(精神疾患)が発症維持されると考えるので、『人間にとっての自然・本能の重要性(文明文化・道徳による本能の過剰抑圧の弊害)』も同時に合わせて指摘しているのです。理性と文明、教育によって人間のエス(本能)は、社会化(他者適応)されながら抑圧されますが、恋愛や性愛、出産育児などとも相関するエスそのものを完全に無くしてしまうことはできず、過剰な無意識的願望の抑圧は種々の神経症症状を引き起こすと考えたのでした。

このリビドー発達論における人間の社会的な適応のプロセスは、そのまま『人類の歴史におけるエス(本能・暴力)の倫理的抑制』とも相関させることができます。類人猿や猿人、原人の段階から生存・繁殖を目的とする本能は、『男の暴力性(他の男との競争性)・男女の役割分担(男女差別的な社会規範)・よそ者の嫌悪(よそ者を排除しようとする攻撃性)』といった現代では概ね好ましくないとされる行動や心理を生み出してきましたが、それらは倫理的・人権的には“悪”であっても、動物としての繁殖戦略(進化的方略)の上では一定の必然性を持つものでした。

『動物としての生存・生殖』『人間としての倫理・理性』は、前者がむき出しの利己性に傾けば必ず衝突するようにできていますが、逆に言えば人類と他の動物の最大の違いは、人類(人間)はある程度意識的に他者の心情(立場)に配慮したり他者と協力行動を取ったりすることで、動物的な暴力による競争を文化的・理性的に抑制できるということにあります。

ヒトの歴史では有史以前の原始的な生活状況も含めて、女性よりも男性のほうに強い『性淘汰(女性が自分と子を保護してくれそうな男性を選ぶ)・競争圧力(社会的な財と権力を巡る同性間の競争)』がかかってきたことで、男性のほうが身体構造が頑強になり、精神的にも攻撃性(暴力性)が強くなりました。文化人類学的に人間社会の武器製造と攻撃性について調査したメルヴィン・コナーの『もつれた翼』にある研究でも、世界にある数十の社会をサンプルにした調査で、武器製造は全て男性が行っていて戦争・粗暴犯罪・喧嘩・性犯罪の当事者として攻撃性を発揮するのも男性が圧倒的に多いことが分かっており、その傾向は先進国でも変わりません。

男女間の『暴力性・攻撃性の違い』は、生物学的性差(脳構造の違い)に由来すると考えられますが、特に本能的な快楽と不快を識別して『生理的反応・感情的変化』を司っている大脳辺縁系(扁桃体・海馬・視床・視床下部など)の働きの違いが遺伝的に異なる可能性が想定されます。

『大脳辺縁系』はヒトや哺乳類の情動中枢であり、心拍・呼吸・体温など不随意的運動を司る爬虫類とも共通する古い構造である『脳幹』とも連携して機能していますが、大脳辺縁系に属する内分泌中枢である『視床下部』は特に数十の生体ホルモンを分泌して、『食欲・性欲・快楽・苦痛・怒り・攻撃・逃走・発汗や体温、血圧など生理的反応』といった本能行動(生理現象)を無意識的に制御しています。






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