新田次郎『孤高の人 上・下』の書評1:驚異的な脚力と精神力で登山に臨む“単独行の加藤文太郎”

登山小説(山岳小説)を多く書いている新田次郎の作品では、『槍ヶ岳開山』の書評を書いたが、『孤高の人』もまた加藤文太郎(かとうぶんたろう,1905-1936)という実在の登山家をモデルにして書かれた小説である。

加藤文太郎は弱冠31歳という年齢で、厳冬期の槍ヶ岳・北鎌尾根へという難所に強行軍で登って命を落とすのだが、『不死身の加藤・不世出の登山家』と呼ばれた用心深く慎重な加藤がなぜ冬山で絶命することになったのかを、“人生の孤独・孤高を巡る葛藤”をテーマにしてドラマティックにまとめている。

加藤文太郎には自分の登山のスタイルや山行の記録、装備・食糧について詳細に書き残した自著の『単独行』があり、実在した加藤の実像により近づけた伝記小説として谷甲州の『単独行者 アラインゲンガー 新・加藤文太郎伝』がある。新田次郎の『孤高の人』は、魅力的にカリスマ化された登山家の加藤を題材にした山岳小説としては最も完成度が高くて、読み物としては他の小説よりも面白い。だが『孤高の人』では、加藤の遭難死の原因の多くを『友人の宮村健の無謀な行動』に求めており、加藤が今まで通りに一人だけで登山をする『単独行』を続けていたならば死ななかっただろうという仮定に立っていて、これは実際の事情とはかなり異なるようである。

小説の中で、加藤文太郎に憧れてその後を追うように過酷で厳しい冬山登山をするようになっていく宮村健(みやむらたけし)は、実際に加藤と一緒に槍ヶ岳・北鎌尾根で遭難して疲労凍死(低体温症死)した吉田富久(吉田登美久)がモデルである。小説では宮村健が自身の悩みの解消のために、結婚したばかりで山登りに対する考えが変わろうとしていた加藤を、槍ヶ岳の北鎌尾根に強引に誘うという設定になっているのだが、実際は加藤のほうも宮村(吉田)を誘っており当時は未踏だった『冬の北鎌尾根』をやりたがっていたようである。

また小説内では加藤と宮村では『登山家としての力量』にかなりの差があるように書かれているが、宮村健(吉田富久)はザイル(ロープ)とピッケル(アックス)を用いる冬場のロッククライミングの技術では加藤を凌駕しており、北鎌尾根はザイルを用いずに独りで登り下りすることができないため、加藤が宮村(吉田)とザイルをつないで登攀するアンザイレンの支援を必要としたという経緯もあるようだ。

そういった創作と事実との差異が多少あるとはいえ、『孤高の人』は登山(クライミング)にそれほど関心がない人でも、個性的な加藤文太郎の『山への情熱(シビアな冬山登山の魅力)』『孤独との葛藤(人恋しさと人の煩わしさとの葛藤)』を追体験するような感覚で存分に満喫できる小説である。どんな過酷な状況下でも歩き通して生き抜く『超人的な加藤のタフネス』に魅了される内容にもなっているが、『歩き続ける行為・山に登る行為』を巡っての内省的な探求も、『モータリゼーション(自動車社会)』が浸透してあまり歩かなくなった現代から見るとかなり興味深い。

『単独行の加藤文太郎』の登山家としての長所は、1日に100キロ超を歩いても屈しない驚異的な脚力であり、どんなに危険で過酷な状況下でも生命を確保してビバーク(露営)できる体力と判断力であった。加藤が長く生死の境目を彷徨う登山を繰り返しながら得た信念は、『俺は一人であればどんな山でもどんな天候でも命を落とすことはないが、一人での登山をやめて誰かを伴うようになればその限りではない(他人が一緒であるがために判断を誤る恐れがでてくる)』というものであり、常識的には危険とされる“冬山の単独行”こそが加藤の生命を守るジンクスのようになっていく。

小説では一切の山岳会や登山サークルに参加せずにひたすら単独行を繰り返していくのだが、実際の加藤文太郎は幾つかの登山サークルには加盟していて、他人と一緒に登山をすることも少なからずあった。基本的に独りだけで登る事が好きではあったものの、小説よりは社交性・協調性があったとされるが、加藤が一日で複数の山を縦走して走破する脚力は常人離れしていたので、他の登山家は彼の足手まといになることに遠慮して余り同行を願いでなかったようではある。

小説『孤高の人』では客観的に見れば、加藤は“他者”などいなくても独りで強く生きていけるだけの孤高の人物なのだが、主観的にはやはり加藤も“他者”を求めて人恋しさ(寂しさ)を感じることがある弱く孤独な人間として描かれている。他人と関わりたくない『人間嫌い』というわけではないのに、加藤の自分からは何も話せない寡黙でシャイな性格が災いをして他人が寄ってきづらく、他人は加藤が自ら好き好んで他人を無視して『孤独』でいることを選んでいると思ってしまうのである。

自分という人間を人からいつも誤解されてしまう加藤は『ならば他人などに頼らず、自分独りで生きていけば良いではないか、山は独りで登ったほうが面白いではないか』という方向で物事を考える癖がついているのだが、特に加藤の『緊張した時に愛想笑いのつもりで薄ら笑いを浮かべる癖』は、他の登山者をバカにして嘲笑しているように受け取られてしまう事が多かった。当時の登山界において『単独行の加藤』という名前が一人歩きして名声を得始めた時には、『加藤の薄ら笑い・微笑』は自分よりも劣っている登山家を軽視して皮肉な笑いを浮かべていると誤解されることが多く、何も悪いことは言っていないのに相手が一方的に気分を害したりもした。






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