佐々木俊尚『キュレーションの時代』の書評3:キュレーターの視座を介した世界の拡張とグローバルな変化

『社会との接続・承認』『他者とのつながり・共感』のために、物語的なコンテキストをセットにした消費が増大することになり、更には『商品の消費による間接的承認』よりも『場・行為による直接的承認(何かを一緒にすることや話すことを楽しむ)』のほうが優勢になってきているというのは、社会変動の実態の一面を上手く捉えています。

『第三章 「視座にチェックインする」という新たなパラダイム』では、スマートフォンのGPS機能を利用して自分の現在位置を友人に伝えて、その場所に関する情報を共有するフォースクエア(Foursquare)というウェブサービスを中心にして、『位置情報』がfacebookやTwitterとリンクしていくことによる新たな情報流通や行動様式の変化の可能性を模索しています。このGPS情報を活用したチェックインの仕組みは、現在では日本のmixiにも導入されていますが、普通に考えると確かに『今自分がいる地点・場所』を他人に伝えて何が面白いのかとなりやすいのですが、『ウェブと現実社会をリアルタイムに接続する補助的な情報』としてその活用範囲はビジネスからコミュニケーション、情報共有まで非常に幅広いのです。

フォースクエアのような自分の位置情報を公開するサービスが、どういった発展の可能性を持っているかの具体的な事例については本書を読んで欲しいのですが、ウェブ上のビジネスや広告販促に関しては、『買い手と売り手のダイレクトな関係性(その関係の持続性)』に依拠してモノを売りながら共感を育む(相互にリスペクトして応援し合う)といった形式が増えてくることが予見されています。自分の今いる場所を公開するチェックインのプライバシー問題に言及しながら、未来社会では自分の生活行動や人間関係の履歴を半ば自動的にデータベース化していく『ライフログ』が非常に重要な位置づけを占めるようになるという話もされますが、それはウェブ社会とリアル社会の境界線が今以上に揺らいで一体化の度合いを強めるという事でもあるのでしょう。

こういったウェブサービスの激変と言っても良い変化の中で、私たちの生活や人間関係、情報収集は一体どのように変わっていくのかというのが、本書『キュレーションの時代』の大テーマになるわけですが、『チェックインする視点』『多様性・可変性を持つ視座(他人の目線と価値観を通した世界)』いうのが重要なキーワードになっています。『チェックインする視点』というのは検索エンジンにチェックインしたり場所にチェックインしたりすることで情報を得る視点のことですが、この視点は自分の価値観や場所を中心にしているがゆえに『見渡せる世界の範囲』に自ずから限界が生じるというわけです。

『多様性・可変性を持つ視座』というのは、現在ウェブやソーシャルメディアを利用している人ならば、誰もが当たり前にやっていることであり、簡単に言えば『他人の意見・考えやレコメンデーション(推薦)』を参照して自分ひとりでは興味を持てなかった領域に光を当てることであり、他人の価値観やスタンスを通して『広大な世界』をより柔軟な姿勢で見渡せるようになることなのです。そして、ウェブ上の広大無辺な情報の海の中から、自分にとって必要な情報や感動的なコンテンツ、有益な知識の在り処を指し示してくれる『豊かな視座』を提供してくれる人こそがキュレーター(curater)であり、本書のタイトルにあるキュレーションの時代における主役なのです。

キュレーター(curater)にせよキュレーション(curation)にせよ、日常生活の中ではほとんど耳にすることが無い言葉ですが、キュレーターというのは自分とは異なる感受性や価値観を生かして『豊かで有益な視座』を提供してくれる信頼・共感・好意敬意を寄せられる人物のことであり、本来の展示会をコーディネイトする学芸員の意味を飛び越えて、ウェブ社会において『情報の流通・選別を司る者』という重厚でエキサイティングな定義が付与されています。

アンゲラ・ランプはロシア・アヴァンギャルドの前衛芸術とマルク・シャガールの芸術と思想を結びつけて展示するのですが、この画期的な試みによって誰もが知っているシャガールの絵に、今まで誰も連想したことがなかった『ロシアの民俗的根源性や前衛技術との歴史的なかかわり』という新鮮なコンテキスト(意味ある文脈)が付与されることになります。この新鮮な物語として機能するコンテキストを生み出したアンゲラ・ランプは、本書で指摘されているように従来な学芸員としてのキュレーターであるだけでなく、情報の流通・選別を司って新たな価値を生み出すキュレーターになっているのです。

キュレーターは膨大な数のノイズが含まれる情報の大海から意味ある情報をフィルタリングして、その情報・コンテンツに今まで他の人が見出せなかったコンテキスト(物語的文脈)を付与するのですが、本書を全体を通して読み進めると、キュレーターが実現するキュレーションとは『人と人のつながりを介した意味・共感・発見のある情報流通の形態』と言う風にまとめて定義することができると思います。これは裏返していえば、『キュレーターの視座が介在しない単体としての情報価値』が低下しているということであり、『コンテンツ+文脈+キュレーター(信頼できたり共感できたりする他者の視座)』のパッケージングが作られることによって、コンテンツの価値は格段に高まっていくということでもあります。

インターネットの普及発展が必然的な社会変動として招来しようとしている『キュレーションの時代』は、facebookやTwitter、mixiといったソーシャルメディアのプラットフォームの普及と切り離して考えることはできず、『情報の伝達+人と人のつながり+共感共鳴を前提とする消費』によってウェブとリアルの境界線が揺らぎ、何に社会的価値(ビジネス価値)があるのかのセマンティックボーダー(意味の境界)が組み替えられていくのです。

本書『キュレーションの時代』は新書としてはかなりページ数のある分厚い本であり、そこに収載されている話題やテーマ、エピソードも数多いのですが、日常的に現在のウェブサービスを使っている人であれば、無意識的にやっている事の多くが『キュレーションの情報の流通・選択・活用』にそのまま当てはまっていると感じることができると思います。その意味では、ウェブサービスやその周辺分野に該博な知識を持つ佐々木俊尚氏がまとめた『ソーシャルウェブ登場以後のウェブとリアルの統合化』を主軸に据えて書かれた本といっても良いのですが、時代文化的にこの変化を眺めれば確かに数年前には想像できなかったコペルニクス的転換と呼べるようには思います。

最後の『第五章 私たちはグローバルな世界とつながっていく』では、政治的な対立や地理的な国境にとらわれずにアンビエント化して拡大していく文化・流行、そしてアングロサクソン族の白人文化が世界の普遍的なスタンダードを形成してきた時代の斜陽が示されており、特定の文化・価値を強制しなかったモンゴル帝国のような『文化・作品・思想の多様性』を許容するプラットフォームがウェブ上に構築される未来が予見されています。

最後はグローバル社会とウェブ文化の相互作用が語られ、人類が切り開いていく情報社会の共通プラットフォームという余りに壮大で革新的なビジョンが展開されていくわけですが、『グローバル感覚―ローカル感覚の両立・多種多様なキュレーターの並立』を可能にして人々を幸福にするようなビオトープの形成が為されることに期待したいという思いにさせられました。佐々木俊尚『キュレーションの時代』は、リアルタイムで急速に進行しているウェブ上の変化が、私たちの生活や意識、人間関係、情報(=キュレーター)との付き合い方をどのように変えていくのかを豊かな事例を引きながら詳述している書であり、『自分のウェブ・リアルにおける現在位置(情報活用のあり方)』を確認するトリガーとして機能するような内容になっています。






■関連URI
佐々木俊尚『キュレーションの時代』の書評2:他者のまなざしに制御された戦後日本の“記号消費・階層意識”

Facebookは日本で普及するか?2:ソーシャルネットワークに何を求めてアクセスするのか。

映画『ソーシャル・ネットワーク』の感想1:マーク・ザッカーバーグの起業と野心、友情のドラマ

ウェブが普及した情報化社会における“共同体性の喪失の不安”と“求心的な帰属イデオロギー”

■書籍紹介



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのトラックバック