マルセル・ローゼンバッハ『全貌ウィキリークス』の書評1:米国外交公電を流出させたマニング上等兵

インターネットの登場と普及によって『情報の公開・共有』は格段に進んだが、そこには政府や公的機関、大企業の『機密情報・内部情報・スキャンダル』までは含まれていなかった。また、多くの人々は『情報公開の必要性・政治プロセスの透明化』を望みながらも、あらゆる情報を一切の制限なく公開・共有しさえすれば世界が良くなるとシンプルに信じてはいないし、ラディカルな機密情報のリーク(暴露)こそが倫理的な正義であるとも断じられないのではないかと思う。

ウィキリークス(Wikileaks)はそういった常識的・バランス的な情報公開感覚に風穴を開けて、『組織の内部告発・国家の機密情報の暴露・一次資料の公開』といったものを原理主義的に推し進めた。一般的なジャーナリズムのように、記者の意見・解釈を付け加えるのではなく、原文のリソースのままに公開して、情報の受け手に価値判断を委ねるというのもウィキリークスの特徴的な部分である。

本書はウィキリークスを創設したジュリアン・アサンジ(Julian Paul Assange, 1971-)の半生を綴った伝記としての体裁を持っているが、それ以外にもウィキリークスによって実施された内部告発や機密の情報公開にまつわる具体的な人間関係・プロセスを丹念に追ったノンフィクションとしての読み応えがある。特に、日本でも一面ニュースとなった約25万点に上る『米国外交公電流出事件』を引き起こしたとされる米陸軍上等兵ブラッドリー・マニングとその生い立ち、暴露に至る孤独な軍生活などについては、『第4章 「コラテラル・マーダー」ビデオの公開、マニング上等兵の背信』で相当詳しく記述されている。

当時23歳のマニングは『アフガニスタン・イラク戦争』に関する軍の機密情報をハッキングして内部告発もしている。マニング上等兵がイラクの米軍基地ハマーの機密ネットワークからハッキングで盗み取った情報には、イラク・バグダッド市内で米軍のアパッチヘリが一般市民がそこにいることを知りながら敵対勢力の拠点を叩く為に銃撃している映像が含まれていた。これが米国の軍事権力が看過・隠蔽した『コラテラル・マーダー(付随的な民間人殺害)』として国際的に倫理的・人道的問題を喚起したのだった。マニング上等兵は信仰心の厚いオクラホマ州クレセントで生まれたが、子ども時代から学業優秀で科学的世界観を持ちコンピューターにも精通していたちょっと内気な少年だった。

マッチョな軍人たちの荒っぽい集団生活に馴染むことができなかったマニング上等兵は、イラクの基地で情報分析の任務に携わりながら同僚ではなくウェブで自らの孤独を慰めていたが、そんな時に匿名チャットで知り合ったのがハッカーのエイドリアン・ラモであり、ラモとの出会いがマニングの運命を内部告発者(公的には軍務違反・軍事機密漏洩の犯罪者)へと変えていくのである。マニングは軍のコンピューターをハッキングして次々と機密情報・外交公電を入手することに成功し、それらをウィキリークス上に公開して、それまで軍や政府が隠していた(国民・国際社会に見せられないと判断した)情報を暴き立ててしまった。

マニングは見ず知らずのラモにAOLメッセンジャーのチャットで、軍内での生活や仕事、私生活や趣味など何から何まで話していき、軍内でのハッキングや内部告発についてまで話してしまった。そしてそのことがマニングが最も恐れていた情報提供者の特定と自分の逮捕へとつながってしまうのだ。

E.ラモは『膨大な米国外交公電・軍事機密』が世界中に流出してしまえば、いくら『言論・報道の自由』や『情報公開の正義』という建前があるとしても、アメリカ人や実際に生きている人間の生命が脅かされるような事態にまで発展するのではないかという恐れを抱き、FBIにマニングにつながるチャットなどの情報を提供してしまったのである。ラモはチャット上ではマニングと『あらゆる機密情報の公開・報道による真実の暴露(権力や軍事の情報による牽制)』といった価値観で同意しているように見せかけていたが、根底的な秩序感覚や安全志向においてマニングとはズレを抱えていた。マニング上等兵はジュリアン・アサンジと同様、誰もがそこまでは行かないという『危ない橋』を渡りすぎたのである。

オーストラリア生まれのウィキリークス創設者であるジュリアン・アサンジの人物像と生い立ちについて、『第2章 ジュリアン・アサンジとは誰か』でページが割かれている。アサンジが育てられた家庭環境は母子家庭に近いもので、実父との縁はなかったが母親クリスティーンが知り合った舞台役者兼演出家の義父との折り合いは悪くなかった。中産教養階級出身の母親は、小さな頃から権威や常識に対して反抗的で適応できず、典型的なヒッピー風のアーティストとして紹介されている。

一つの場所に落ち着いた会社員生活などを送ることはできず、平凡で真面目な男と恋に落ちることも無いような女性。アサンジは自然志向・ヒッピー主義の母親に連れられて、マングローブ林やユーカリ林、ワラビー、コアラなど自然豊かなグレートバリアリーフのマグネティック・アイランドという島で子ども時代を過ごしたという。舞台役者の義父との良好な関係は8歳で終わり、次に母親が好きになったカルト宗教とかかわりがあるとアサンジが推測しているミュージシャンの義父との関係は悪かった。その義父は、幾つもの偽造身分証を持ちDV(家庭内暴力)をするような男で、絶えず嘘や謀略を用いて母親やアサンジを振り回したというが、義父から逃げた母子は『ファミリー』というカルト宗教の攻撃を恐れて37ヶ所も住居と学校を転々としたという。

ジュリアン・アサンジの現在の思想信念・行動原則に、幼少期のヒッピー主義的で移住・冒険・不安の多かった家庭環境が影響を与えている可能性はあるだろうし、母クリスティーンのホームスクールを重視して権威主義的な秩序を伝達する学校教育に反発するような態度も、アサンジの反権威主義的でアナーキーな秩序感覚に関係しているように思う。長じてウィキリークスの開設者としてその名を知られるようになってからも、アサンジは生活拠点を特定の国・地域に定めることはなく、様々な支援者の資金・住居の援助を受けながら世界各地を転々とするデジタルな遊牧民のような生活を送っているのである。






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