人間はなぜ“威嚇・敵視”されるよりも笑われたほうが怒るのか?:対等な相手に見られたい心理

攻撃行動のディスプレイや威嚇的な言動から分かることは、人間も他の動物種と同じように、実際に相互が傷ついたり死んだりするリスクのある『戦闘・戦い』をできるだけ避けようとして、『威嚇・虚勢・攻撃のディスプレイ』によって直接的に戦わずに自他の優劣関係や譲歩の確認をしようとしているということである。誰かと激しい対立をした時に、大声で凄んでみたり言葉で相手を脅したり、ジェスチャーで戦闘の準備・覚悟を示したりする行動は比較的多く見られるかもしれないが、実際に殴ったり蹴ったりする乱闘・戦闘が発生することは人間社会では極めて稀というのは、およそ人類史を通した普遍的な傾向性である。

個人レベルでも集団レベルでも抜き差しならないギリギリの利害対立や自尊心の傷つきにまで追い込まれない限りは、大半の個人・集団は最大限の努力と工夫を払って『威嚇・虚勢・攻撃のポーズ』や『大きな実力差を強調するディスプレイ』によって問題を解決しようとする。つまり、“本気で戦っても無駄(自分は結果として勝てない)”という自発的服従・降伏の意志を引き出そうとする『攻撃ディスプレイの応酬・見せ掛けの軍拡競争(虚勢や威嚇の強化)』が行われやすいということである。

集団国家レベルの戦争は『国益の対立や領土的野心・外交交渉の決裂や謀略』によって勃発することになるが、個人レベルの対立や不満が『見せ掛けの攻撃行動のディスプレイ』を越えて『実際の闘争・喧嘩』にまで発展するきっかけは何なのだろうか。本人の元々の『気質・性格の特徴』がどれくらい短気で攻撃的・衝動的なのかによっても変わってくるが、一般的には挑発行為や威嚇ディスプレイによって『自尊心・自己アイデンティティ・自己表象(大切な誰か)のイメージ』が酷く傷つけられた時に、実際の闘争に発展するリスクが著しく高まる。

簡単に言えば、自分や自分の大切な誰かがバカにされたり侮辱・軽蔑されたりした時に、人間の怒りの感情や攻撃的な衝動は著しく高まりやすくなるということだ。文化人類学的には『他人を侮辱したり軽視したりする方法(態度・振る舞い)』として、以下のような項目が整理されているが、これらは『軽蔑信号』とも呼ばれる。『軽蔑・軽視の信号』と『威嚇行動のジェスチャー』は必ずしも結びついているわけではないが、『他人を激昂される原因・他人の怒りが攻撃行動に移る要因』として、相手からバカにされて自尊心を傷つけられる、許せない無礼・傲慢な態度を取られるということがある。

逆に言えば、以下のような軽蔑信号として受け取られやすい行動や態度、ジェスチャーを無意識的であってもしてしまうと、相手を酷く怒らせたり激昂させたりすることがある。一方、『ジェスチャーの文化差・民族差』があるので、特定の文化圏における軽蔑信号は必ずしも他の文化圏において軽蔑信号になるわけではない。軽蔑信号の種類と内容については、デズモンド・モリス『マンウォッチング』の『他人をバカにする方法――軽蔑信号』を参照している。

1.無関心信号

知っている相手に対して、気づかない振りをしたり無視したり真剣に取り合わなかったりすることで、『あなたのことを全く重要視していない・自分にとって話しかけるだけの価値などない』という軽蔑信号を送ることになる。特にパーティーや何かの会合などの社交的場面において、無関心を示して挨拶もせずに無視することは、相手を軽視してバカにしていることを示すことになる。

相手が期待している好意や友好、共感を敢えて示さない態度は無関心信号となる。コミュニケーションをしていても、相手の話に全く頷かず目線を合わせず、微笑を返したりもしないというのは無関心信号として受け取られやすく、『あなたとは真剣に話し合う必要や価値を感じていない』という間接的メッセージを伝達してしまうことになる。

『無関心・知らない振りを装うことによる軽蔑信号』というのは、19世紀ヨーロッパの貴族階級の宮廷文化において生まれたものとも言われ、上位の身分の人が下位の身分の人に気づいていながらも、故意にその存在を無視することで自己の優位性(相手の無価値性)を確認したようであるが、現代においても十分に相手への軽視・軽蔑の念を伝える役割を果たすことになる。

2.退屈信号

あなたと一緒にいる時間が退屈で無駄だということを示すジェスチャーのことである。

不適切な場面で大きな欠伸(あくび)をして見せたり、ぽかんとした無気力・無関心な表情を続けたり、大きなため息をついてつまらなそうな態度を取ったりというのが『退屈信号』としての役割を果たし、どちらかというと『怒りの感情』よりも『相手の居心地の悪さ(早くその場を離れたり心理)』を強めやすいジェスチャーである。

現代的な退屈信号としては、『もうゆっくりしている時間がない・こんなことをしている場合じゃない』ということを伝える『頻繁な時計の確認』ということがあるが、本当に次のスケジュールが詰まっていてゆっくりできない場合もあるので、時計を確認するだけでは退屈信号であるか否かは確定できない。逆に、一緒にいてもつまらない相手と向き合っている時に、それとなく時計を何度かチェックすることで、相手から『そろそろ時間なんじゃないですか・次の用事があるのではないですか』と声を掛けてもらうことを期待しているケースもある。

3.そわそわ信号

今いる状況から早く離れたいという衝動を示す落ち着かない行動・態度が『そわそわ信号』であり、指を細かに動かして手遊びを続けたり、足でリズムを取ってみたり、手で足を叩いて立ち上がりたそうにしていたりといった振る舞いが見られる。落ち着かない仕草や手足の動きが見られることで、相手がそこに長居したくないと思っている心境が推測できるのである。

4.優越信号

優位な立場にある人が頭を高く上げて、下位の立場にある人が頭を低く下げるというジェスチャーを応用したもので、目を少し閉じて頭を後方に逸らすことで、相手を見下すような頭の位置となる。他人を自分よりも下位に見て軽視しようとする時には、そっくり返ったような姿勢で、自分の頭の位置を相手の頭の位置よりも高くしようとすることが多い。

頭を後ろに逸らせて高い位置に置こうとする優越信号は、相手に対して強い怒りを覚えて攻撃しようとする時の『暫時的な上位ディスプレイ』として機能している。いつもこの上位ディスプレイを崩さない偏屈で自尊心の高い人もいるが、そういった人はその傲慢不遜さと高慢な性格のために人間関係のトラブルが多くなったり、対等な話し相手として認めてもらえないことが多くなったりする。

5.あざけり信号(嘲笑信号)

相手をバカにして軽蔑する最も象徴的な行動は、『理由なく相手を笑う』ということであり、他人に意味もなく笑われると、大半の人は『自分をバカにされた・自分を軽く見て侮辱している』という風な感想を抱くことになる。動物行動学者のデズモンド・モリスは『笑い』の起源は、母親に安全な環境を保証された上での『新規な面白い体験・刺激的な事柄』にあるといい、他人に対して無意味かつ挑発的な笑いを向けることは『安心感のある軽蔑・侮辱』を意味するという。

つまり、『攻撃・威嚇のディスプレイ』の場合には、相手に反撃されるかもしれないという警戒・不安がある程度は残っているのだが、『あざけり信号(嘲笑信号)としての笑い』の場合には、反撃してきたとしても大したことはなく、自分にとって安全(腰抜け)な相手だから幾らバカにしても大丈夫といった侮蔑(軽視)の意味が込められている。そのため、『嘲笑・高笑い・鼻で笑うなどの動作』は『攻撃的に威嚇する動作』以上に、相手の自尊心を深く傷つけて反射的な怒り・反撃を誘発しやすいのである。

あざけり信号としての嘲笑には、『相手はまともに戦う必要すらないくらいに弱い・幾らバカにして侮辱してもどうせ反撃してくることなどできない』という相手の軽視や見くびりがあるわけだが、こういった無礼で挑発的な笑いを向けると相手の自尊心や反発心が刺激されて、即座に直接的な喧嘩・争いに発展してしまうリスクが高まりやすいと言える。






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