現代日本ではなぜ“恋愛・結婚の活動性”が低調なのか3:ジェンダーフリーと男らしさ・女らしさ

前回の記事の続きになるが、日本経済の高度成長期やバブル期が終わった事で、男性の『終身雇用・年功序列賃金・正社員の勤労道徳』に支えられた平均的な雇用待遇の良さが崩壊して、戦後日本の『会社員の夫・専業主婦(パート)の妻・二人の子ども』というモデル世帯が減少し、フリーターや失業者、無業者の増加など自分ひとりが生きていくだけでも大変な層が増えたことも影響している。女性の社会進出や雇用待遇の改善が進んだり、産業構造の転換によって男性的な腕力体力を要する仕事の優位性が低下したりしたことで、性別役割分担やジェンダーアイデンティティにも一定の変容がもたらされることになった。

異性へのアプローチや恋愛での積極性が乏しい『草食男子』が話題となり、それとは対照的に積極的に男性を誘って強引にでもアプローチしようとする『肉食女子』がコミカルに取り上げられたりもするが、多くの男女関係では今でも『男性側の一定の積極性・能動性』がなければなかなか関係が進展しないというのはある。

それは男性と女性の性的欲求の強度の差異でもあり、『男性の身体性』が欲求されにくく『女性の身体性』が本能的に欲求されやすいという違いの反映なのかもしれないが、男性の積極性・能動性の低下は概ね恋愛・結婚全般の低調さと連動していて、男性が動かなくなったからといって、それ以上に女性側の積極性が肉食系といわれるほどに促進しているという実態は見られない。経済状況(男性所得)や価値観の変化を踏まえた草食男子の増加などで、男性が求愛して女性が承認・拒絶する選択権を持つという図式が衰退しているとしても、その逆の女性が求愛して男性が承認・拒絶するという図式が一般化してくるという事態は、生物学的な繁殖コストやジェンダーの観点から考えても起こりにくいのかもしれない。

男性と女性がそれぞれ異性に対して感じる魅力・長所には、現在でも『伝統的なジェンダー(社会的性差)』の影響が残っているし、異性との恋愛関係においては『男性らしさ・女性らしさの要素』を完全に抜きにして付き合うということはやはり難しい。『ジェンダー(jender)』による行動様式や考え方などを全否定するラディカルなフェミニズムやジェンダーフリー思想では、同じ集団に所属する人々が各時代で共有しているジェンダーはすべて『社会的・文化的(教育的)・情報的な条件』によって規定されたものに過ぎず、啓蒙教育や男女平等の徹底によってジェンダーを完全に平等化(中立化)できるとするような過激な意見もあるが、これは現実状況や男女の生物学的特徴と一致する意見と言えるかというと疑問な部分はある。

フェミニストのシモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)『人は女に生まれるのではない、女になるのだ』と語って、女性らしい行動様式やファッション、価値志向性を社会的・文化的に規定されるものと仮定し、ジェンダーの仮想性を強調したが、『社会的・文化的に規定されない男女の生物学的傾向性』については捨象している。また、人間は社会集団を離れて自然の原野で野生的な暮らしを営むことは最早できず(歴史的にも部族・民族など社会集団の影響を受けていない男女の存在は想定しづらく)、『社会的・文化的な影響を排除した中立的なジェンダー』が政治的・理念的に正しいとしても、中立的ジェンダーを男女関係や社会生活の中で完全に実践することは困難である。

近代社会に生きる男性と女性は『権利・機会・選択における平等』が制度的に保障されていなければならず、男性が女性に無条件に優遇されたり理不尽な役割を押し付けられる男性社会などは非倫理的であるが、『普遍性の高い男性性・女性性』として“男性の身体的な無骨さ・腕力的な力の強さ”“女性の生殖能・身体的な柔らかさ”はエロス的感受性の源泉としての影響力を多く残している。

分析心理学を創設したC.G.ユングは、男性の中の女性性として“アニマ”、女性の中の男性性として“アニムス”という元型(アーキタイプ)を仮定して、それらの男女にとっての理想的な異性イメージは集合無意識として人類に共有されているとしたが、そういったイメージや理想は『権利的・機会的な男女平等主義』とも十分に両立可能なもののように思える。現実的に『異性に求める要素・特徴』としてもアニマやアニムスに象徴される男らしさ・女らしさと無縁なものではない。

それらを各個人に無理に強制することは望ましくないと思うが、異性に感じやすい魅力として『勇敢さ・力強さ・頼もしさ・リーダーシップ・責任感といった男性原理』と『優しさ・やわらかさ・優美さ・保護性・癒しといった女性原理』の区分を思想的に否定することはできても、情緒的・関係的には否定しづらいようには思う。

女性が重たいものを持っていれば持ってあげる、危険な状況下では子ども・女性を優先して安全な場所に移動させる、物理的な戦闘やハードな重労働では男性が主にその役割を果たすなどは、およそどの文化圏にも共通するイメージやジェンダーであり、それらは社会的・文化的に意図されて形成されたものというよりも、生物学的な腕力・体力・攻撃性の差異から半ば無意識的に形成されたイメージで、容易にはそういった観念は変更できない。また、その観念に見合った配慮をしてくれる異性のほうに魅力を感じやすい傾向も修正が難しいからである。

現代で婚姻率が低下している要因をいろいろな角度から考えてみたが、『婚姻のメリット・デメリット(行動・経済の自由度)』を功利主義的に考えることによって結婚しないというのは、個人的な快・気楽さの観点では合理的な部分もあるが、中年期以降の自己アイデンティティの再体制化の中で『自由に使える時間・金銭』を自分以外の他者や子どもに使えることが、かえって『孤独感・虚無感を埋める効用』を生み出すことは珍しい事ではない。

現代の先進国では生物学的な生殖本能や社会共同体的な規範性だけによって結婚・出産を促進することは難しく、ロマンティックラブ・イデオロギーの甘い幻想性もかつてより薄れてきてはいるが、『自分個人の自由で自分だけを楽しませること』や『中年期以降の自由な時間・金銭の使い方』の限界に直面することが、婚姻・子育ての一つの誘因になるケースがでてくるのかもしれない。いつ何をやっても良いという無際限の自由の中では、人は時に自己定位性や生きがいを見失いやすくなるものであり、自分で自分の自由度や選択肢を敢えて制約する『結婚・子育て』というのは、家族の形成や子孫の継承によって安定的な自己アイデンティティを形成したいという人の欲求に応える責任享受の行動である。

他の選択肢を切り捨てて何が何でも恋愛や結婚、子育てをしたいという欲望が、現代において低下傾向でプライオリティが落ちていることが『晩婚化・未婚化・少子化の主要因』ではあるが、人間の集合無意識的なイメージ・ジェンダー、実存的な孤独感や意味創出などの心理的要因が、誰かと人生を共有したいという欲求や子孫を残したいという思いの原動力になっている部分もまたあるように思う。






■関連URI
現代日本ではなぜ“恋愛・結婚の活動性”が低調なのか2:二元論的な結婚観と男女の容姿の選好性

水無田気流『無頼化する女たち』の書評2:中間層解体と無頼化する女性のサバイバル戦略・安心欲求

戸矢理衣奈『下着の誕生 ヴィクトリア朝の社会史』:女性のファッション史と身体の解放

C.G.ユングの太母(グレートマザー)とバッハオーフェンの『母権論』が紡ぐ女性原理の宗教性

■書籍紹介

だから、男と女はすれ違う―最新科学が解き明かす「性」の謎
ダイヤモンド社
NHKスペシャル取材班

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by だから、男と女はすれ違う―最新科学が解き明かす「性」の謎 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのトラックバック