自分で自分の行動・判断についてどのくらい正しく知る事ができるか?:スペリーとガザニガの分割脳実験

自分の心理状態や知的能力については自分自身が一番良く分かっていると思いがちですが、『脳が情報処理していること』『自分が分かっていること(意識化・言語化できること)』の間に大きなズレがあることが、幾つかの脳神経科学の実験によって明らかになっています。ある課題を遂行するために、脳が大脳皮質で情報処理を行っていても、自分自身はその情報処理の存在に気づかないことがあるという事ですが、この意識化(言語化)できない情報処理プロセスの事を『潜在的認知』と呼んだりもします。

フロイトの精神分析における『無意識(過去の記憶や本能的欲求が抑圧される領域)』と認知心理学や脳科学における『潜在的認知』は異なるものですが、意識化できない脳内の心的過程や情報処理という文脈であれば、潜在的的認知は『無意識的なプロセス』として解釈することもできます。

人間の脳の潜在的認知と両半球の機能局在を示した興味深い脳科学実験として、『スペリーとガザニガの分割脳実験』がありますが、この実験は簡単にいうと人間の脳の左半球と右半球の『言語能力(意識化プロセス)の機能局在』を示した実験です。

分割脳実験では、てんかん治療の外科手術で『脳梁(のうりょう)』を切断された患者が被検者になっていますが、通常、人間の左右の脳半球は脳梁でつながっていて相互に情報交換を行って協働しているため、どちらの半球がどのような機能・役割を担っているかを区別して認識することは困難です。

通俗的な機能局在論では、『左半球=分析的・意識的な言語脳』『右半球=創造的・直感的なビジュアル脳』という区別が為されていて、早期教育(幼児教育)では右半球をトレーニングして創造性や発想力、芸術的感性、反射神経(運動能力)を高めることが大切といわれたりもします。

ですが、現段階で明確に分かっている両半球の機能的な違いは、『言語機能・分析力を持つ左半球(言語半球性)』『言語機能・分析力の乏しい右半球(非言語半球性)』という事であり、知的能力(認知力)そのものには左半球と右半球で大きな違いがあるわけではないという事です。

左半球は『右視野(右目ではなく左目に映る情報も含めた右半分の視野です)』に映った情報を処理して『右手』の運動を司るので、『左半球―右視野―右手』が相関する系となります。

右半球は『左視野』に映った情報を処理して『左手』の運動を司ります。非言語半球である“右半球”の認知力の不思議さは、行動・動作を通した『課題遂行力(提示された問題の解決力)』は備わっているにも関わらず、なぜそういう動作をしたのか、自分が選んだものは何なのかを説明するような『言語能力・意識化のプロセス』を持っていないという事なのです。

R.デカルト以降の近代社会は正常な自我機能として、『ロゴス(言葉)』『意味の理解』が極めて重視される社会通念を持っているので、『言葉で表現できない・説明できない』という制約を持つ右半球の知的能力は実際よりも低く評価されがちです。しかし、言語化・意識化できなくても、無意識的に課題をこなすことができる右半球の知性は必ずしも低いと言うことはできないと思います。

対人評価において表情や声質、ジェスチャーなどのノンバーバル・コミュニケーションが大きな役割を果たしているように、人間の日常生活の中でも『非言語的かつ直感的な行動』のほうが『言語的な行為』よりも有効に働く場面は意外に多いのです。

スペリーとガザニガらの分割脳患者を用いた代表的な実験には以下のようなものがあります。

1.実験内容:テーブルの上に色々な物を置いて、それを直接見えないようにした上で、手探りでそのモノが何かを当てさせる。左視野と右視野それぞれに『文字』を瞬間的に提示して、その文字に示されたものを手探りで当てさせる。

結果:分割脳の状態でも手探りでモノを同定して言葉にすることは当然に可能。左視野に『文字』を瞬間提示すると、右半球(右脳)では文字の内容を意識上で理解することはできないが(どんな文字が書かれていたかを言葉で話すことはできないが)、文字に示されたモノはきちんと同定して選ぶことができる。

2.実験内容:『右視野(左脳)』と『左視野(右脳)』それぞれに全く異なるイラスト(写真)を提示して、そのイラストと関係する絵のカードを指で選ばせる。

結果:『右視野のイラスト』でも『左視野のイラスト』でも、そのイラストと関係する正しい絵のカードを指で指し示すことができた。

右視野にパソコンのイラストがあれば、キーボードの絵カードを選び、左視野に犬のイラストがあれば、ドッグフードの絵カードを選ぶことができるという事だが、『左視野(右脳)にあるイラスト』についてはなぜ『ドッグフード』を選んだのかの合理的説明を言葉ですることはできない(実際に用いたイラストは多種多様でパソコン・犬は適当な例である)。

また言語報告において、『左脳(言語性半球)』は『左手(右脳・左視野)』の絵カードを指し示す動きを事後的に観察した上で、『左視野にあるはずのイラスト』を無視した合理的説明を行おうとするので、『左視野の犬のイラスト』を見たということを言語化・意識化することはできない。犬のイラストを見たということを意識的に言葉にできないにも関わらず、左手は犬と関係するドッグフードの正しい絵カードを、無意識的に指し示すことができる。

3.実験内容:『右視野(左脳)』と『左視野(右脳)』それぞれに、『笑え・右手を上げろ・ボールをつかめ』など何かを指示する言語的なメッセージを提示して、そのメッセージに従った行動ができるかを確認する。

結果:言語性半球である左脳が担当する『右視野』への言語的メッセージは、言語的に理解されておりそのメッセージ通りの行動が当然できる。非言語性半球である右脳が担当する『左視野』への言語的メッセージは、言語的に理解することができないにも関わらず(何が書かれていたかを意識化・言語化することができないにも関わらず)、そのメッセージ通りの行動はできる。


このスペリーとガザニガらの分割脳実験から分かるのは、自分自身が意識できなくても脳の内部で自動的・無意識的に進行する情報処理プロセスがあるということ、この自分では知ることができない認知機能(知性)を『潜在的認知・無意識的プロセス』として概念化することができるということです。

人間は自分の心理状態や行動の原因について、自分自身が一番良く分かっているという考え方をしがちなのですが、『分割脳実験・認知的不協和・情動二要因理論』などの認知心理学・脳科学の理論が指し示すのは、自分自身では意識化することができず言葉にして説明することもできない『潜在的認知プロセス(無意識的な行動の原因帰属)』があるということです。






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