『税制と社会保障の一体改革』と『TPPによる平成の開国』1:消費税増税で社会保障は守れるか?

菅直人首相は年頭記者会見で今年の重点課題として、『税制と社会保障の一体改革』『TPP参加(自由貿易促進)による平成の開国』を取り上げたが、消費税増税の財政再建策は昨年の参院選で民主党が敗北した原因の一つであり、野党との政策協調がなければ増税に漕ぎつけることは難しい。アメリカや韓国、東南アジア諸国、シンガポール、オセアニア諸国が関税障壁を無くして自由貿易を促進しようとする『TPP(環太平洋経済連携協定)』に対しては、国内の農家漁業・農林水産省からの反対が根強く、自由貿易による競争環境の激化が日本の国民や企業、生産者、雇用情勢にどのような影響を与えるのか未知数の部分もある。

民主党政権の支持率低下の原因には、『重要な政策課題に対する不決断と主張のブレ』があり、『財政的に実現困難なマニフェストへのこだわり』があった。菅首相は年頭会見で今年の重要政策のポイントを『TPP参加の平成の開国(=自由貿易による成長戦略)』『消費税増税による社会保障財源の確保』に定め、マニフェストの見直しにも言及しているが、ねじれ国会と国内の反対意見を押し切ってこれらの政策を本気で実現する覚悟があるのかが注視される。

昨年11月に横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)では、菅首相は国内の農家・関係官庁からの反対意見に押されて交渉参加表明を見送り決断力の弱さを露呈してしまった。自由貿易ネットワークを拡大するTPPに参加するメリットとデメリットの冷静な比較を行い、将来の日本の経済成長に利する部分が大きいと判断したのであれば、菅首相は迷わずに政策の実現姿勢を貫徹すべきである。民主党は政権交代前には『事業仕分けによる無駄の削減』によって、政策や社会保障に必要な当面の財源を工面できるとしてきたが、実際には事業仕分けを行ってもそこまでの予算を作ることはできず、財政再建と経済成長戦戦略の上で多くの不安要因を残している。

政府が作成した2011年度の一般会計予算は、前年比1124億円増の92兆4116億円で過去最大となっており、新規国債発行額が44兆2980億円で『歳入(税収)の2倍以上の予算』が組まれている異常事態が続いている。当面は国債発行と霞ヶ関の特別会計の剰余金(約7兆円の埋蔵金)で歳出をカバーしていくことになるだろうが、日本の累積債務は国・地方を合わせて900兆円を越えており、どこまでも財政赤字を拡大しながら現行の社会保障・社会福祉の制度を維持できるわけではない。2010年の歳入(税収)は、日本企業の業績回復による法人税収入の増加を受けて9.4%増の40兆9270億円となっているが、幾ら景気と税収が良くなっても90兆円を越える歳出を持続的に賄うことは困難と見られる。

事業仕分けをしても僅か“約3,000億円の財源”しか捻出できなかったのは、(数兆円規模の財源を見込んでいた)民主党からすれば完全な読み間違えであり当てが外れたと言わなければならないが、子ども手当てや高速道路無償化などの『マニフェストの見直し』をしても、これから増大を続ける『公的年金・介護保険費など社会保障関連費』を賄うためにはどこかで増税の判断が必要である。全人口に占める65歳以上の高齢者の比率が増える『少子高齢化』の大きなベクトルは変えることが困難であり、現状の制度を維持するという前提であれば、毎年1兆円以上の規模で社会保障関連費が増加を続けることになる。

20~30代の若年層の雇用情勢の大幅な改善がないと少子化傾向は続き、年金受給の高齢者を支える現役世代のボリュームが減ることになる。更に、来年度からは人口の大きい団塊世代の大量退職・年金受給が始まるので、社会保障の財政負担は急速に重くなってくる。菅首相のいう『税制と社会保障の一体改革』とは、端的に消費税増税のことを意味しているが、消費税を10%に引き上げてもそれだけで現行社会保障制度の持続性が担保されるわけではなく、財政再建と経済成長に向けた一層の努力と工夫、生産性の向上が必要になってくる。

消費税の1%は約2兆円の財源となるが、10%では20兆円の財源しか作ることができず、現在の社会保障費の約29~30兆円さえカバーすることができない。今後約30年程度は持続的に『年金・医療・介護』の社会保障関連費が年間1兆円のペースで増額すると見られるので、消費税を社会保障・福祉の特定財源のように見なすのであれば、3~5年に一度くらいのペースで消費税率の引き上げが必要となり、いずれは20%前後の欧州並みの水準まで上がる事になる可能性も高い。

その時に現状レベルの社会保障制度の給付水準が維持できていれば『高負担』を覚悟する意義はあるが、『高負担高福祉』ではなく『高負担低福祉』の悲惨な状態にならないようにするには、かなり高度な政策調整と財源の持続的確保、人口減少社会における高い生産性などが要求されてくる。『税収の多寡』を決めるのは民間経済の活力と産業の成長力、雇用情勢(失業率・所得水準)の推移であり、単純に税金を高くしさえすれば、将来の社会保障が安泰であるという楽観的なものでないことは言うまでもない。

間接税の消費税は、所得の少ない人ほど負担が大きくなるという『逆累進性』を持っているので、低所得者の生活状況が今以上に酷くならないように、『社会保険料負担の緩和(減免)・食品や雑貨など生活必需品の税率据え置き』などの配慮も必要になるのではないかと思う。マスメディアの論調では、有権者の側の多くが『財政再建・消費税増税に賛成の立場』であるという前提で書かれているが、消費税増税に賛成か反対かは『現行社会保障制度からの恩恵』を受けられるか否かに掛かってくる。

今、50代・60代であれば、漸進的な増税によって自分たちの世代までは逃げ切りが可能であるが、20~40代の比較的若い世代に『増税に対する納得感』を持ってもらうためには、50年以上の長期にわたって持続可能な社会保障制度のグランドデザインを再提示する必要性と政治の責任がある。

現在の賦課方式の公的年金制度では、高齢の人ほど過去の負担に対してより多くの給付を受けられるという不公平さが強く、若年層では将来の財政破綻などによって、支払った負担額に見合うだけの給付がなくなるのではないかという社会保障への不信感が根強くある。北欧的な『高負担高福祉の社会』も最近では財政的な困難に直面していると言われるが、日本が現在の時点から『高負担高福祉の社会』を目指す場合に、将来的な財政危機発生によって『高負担低福祉となる世代』が多く出てくるのではないかという懸念は、(現在の累積債務・年金財政・国民年金の納付率を考慮すれば)あながち的外れなものとも言えないだろう。

今の若者世代も含め、将来の社会保障に不安を抱かないようにできる『長期的な社会保障制度のグランドデザイン』を描くためには、最低でも『収入(保険料+税負担)』と『支出(年金支給+医療介護費)』のバランスを今よりも大きく改善しなければならず、現在の厚生年金・共済年金の給付水準は負担に対してやや過大に支払っている状況にある。65歳からの老後の生活期間が平均して15~20年以上あるような長寿社会で、すべてのサラリーマン退職者に隔月40万円以上(人によっては企業年金を合わせて60万円を超える)の年金を15~20年以上にわたって支払うことは財政的に困難である。公的年金制度そのものを賦課方式の持続性も含めて、『負担と給付の観点』から数量的に再点検することが不可欠であり、厚生・共済年金の位置づけも『豊かな老後資金』から『生活防衛的な老後資金』に変わってくる可能性が高い。

社会保障制度を持続させる方策は、原則的には財政再建と同じで『収入(税収・保険料)』を増やすか、『支出(年金額・医療保険や介護保険の負担額)』を減らすかしかないが、所得・資産の上で余裕のある高齢者には自己負担額の増加をお願いする状況も来るだろうし、富裕層・資産家の高齢者に更に社会保障(高額の年金)を重ねるような追加的福祉は抑制されてくるのかもしれない。

財政再建と経済成長戦略で重要になってくるものとして『TPP(環太平洋経済連携協定)への参加』があり、日本が貿易立国(通商国家)としてグローバル経済の中でプレゼンスを維持して成長していくためには、TPP参加による『貿易利益の拡大・海外市場への進出・有能な人材の積極的な取り込み』を欠かすことはできない。TPPについては『海外から自由貿易圏参加を押し付けられている・日本の産業や農業にとって不利な貿易条件を強制される』というような誤解も一部で為されているが、TPPは日本に押し付けられた『外圧要求』などではなく、逆にTPP参加を表明している国々は『日本が参加しないならしないでも良いよ』というスタンスであり、参加するかしないかの選択権はある。

逆に、菅首相がTPPへの参加表明を見送る判断をしたために、前回のTPP交渉には日本のオブザーバー参加は認められなかったのであり、日本は初めて『外圧のない自由貿易参加の是非』を主体的に判断することを求められているとも言える。超高齢化が進行して平均所得も低下傾向にある『日本の国内市場』はいずれ需要の限界が来ることは確実であり、その時になって慌てて自由貿易での『海外市場の開拓』を目指しても“時既に遅し”でTPPの枠組みに参加させて貰えないリスクがある。TPPは日本の経済成長の原動力となる可能性があり、日本の製品や技術、人材、産業(農業含め)の競争力を伸ばしていこうとする強い決意があるのであれば、『将来の海外市場の獲得(世界貿易に占めるシェア拡大)』を目指してTPPに参加する必要性は高い。






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