仕事に対するモチベーションと報酬の多寡が生む認知的不協和:好きな事を仕事にすると何が変わるか?

仕事や物事に対するモチベーション(動機づけ)には、自分自身の興味や好奇心に基づく『内発的動機づけ』と外部的な報酬や利益に依拠する『外発的動機づけ』がありますが、どちらの動機づけに頼るほうが仕事(物事)に対して意欲的な行動・認知を維持しやすくなるのでしょうか。

結論から言うと、人間は『自分のやりたい仕事・興味のある事柄』に対しても、『報酬を多く貰える仕事・利益を得られる事柄』に対しても、どちらにも意欲的・積極的な行動を示す傾向がありますが、インセンティブ(報酬)を多く与えられ過ぎると、仕事そのものに対する遣り甲斐(面白さ)の認知が低下するケースもあります。

余り面白みのない仕事に対して、『報酬・利益』による外発的動機づけを強めすぎると、その物事をやりたい(面白い)と感じる内発的動機づけが低下しやすくなる事が社会心理学の実験から分かっていますが、これは『退屈な単純作業・強制された仕事・一回だけの継続的ではない仕事』という環境条件があるので、すべての仕事の面白さの認知や内発的動機づけに当てはまるわけではない可能性が高いと言えます。

L.フェスティンガーJ.M.カールスミスが行った『1ドルの報酬実験(1959)』は、認知的不協和の存在を実証するために設計された実験でした。1時間にわたって、退屈で面白みの乏しい単純作業をさせた学生に、次に来る被検者に対して『この作業はとても面白かった』と言うように教示して、虚偽の発言に対する謝礼として1ドルと20ドルを与える群、虚偽の発言を強制せずに1ドルを与える統制群に分けました。

それぞれに『その作業がどれくらい面白かったか?』を評価させると、20ドルを与えた群や統制群よりも1ドルを与えた群のほうが『作業が面白かった』と評価する人の比率が優位に高かったというのが、『1ドルの報酬事件』で出された結果でした。常識的に考えれば、20ドルの多い報酬を貰った人のほうが1ドルの少ない報酬を貰った人よりも『仕事内容に対する満足度』は高そうなのですが、この実験結果では報酬が少なかったほうが『仕事内容に対する満足度』が高かったのです。

フェスティンガーとカールスミスはこの実験結果を『認知的不協和(二つ以上の認知の対立矛盾)』の概念を用いて、20ドルの報酬群では『報酬に対する満足度の高さ』が『仕事内容・虚偽発言の強制に対する満足度の低さ』とバランスして正当化するので、面白くない仕事をして不本意な発言をした対価として、20ドルを貰ったのだという風に解釈しやすくなると考えました。反対に、1ドルの報酬群では『報酬に対する満足度の低さ』と『仕事内容・虚偽発言の強制に対する満足度の低さ』が不快な認知的不協和を起こすので、『面白くない仕事をしたという認知』を『少しは面白い仕事をしたという認知』に置き換えることによって、報酬の少なさを仕事の面白さによって正当化しようとするのです。

『退屈で面白くない単純作業をしたという認知』と『その仕事を面白いと発言させられ、少ない報酬を貰ったという認知』は、自分が一方的に損で無意味な仕事をさせられたという不快な認知的不協和を生みます。しかし、前者の認知を『少しは面白い所もある作業をしたという認知』に無意識的に変容させることで、後者も『面白い作業に対する報酬としては適正な金額だった』という受け取り方に変わり、認知的不協和の不快感が大きく和らぐというわけです。

この実験結果を安直に解釈すると、『給料・報酬が低いほど、仕事内容への内発的動機づけ(面白さの認知)が高まる』と考えてしまいがちですが、この実験は飽くまで認知的不協和の不快感を解消するために、『仕事内容への評価・態度』を無意識的に変更することがあることを示しているに過ぎないという点に注意が必要でしょう。

前述したように『余り面白くない単純作業・一回性の継続的な仕事・作業と発言の強制性・事後的な仕事内容の評価』など統制された条件が揃っている場合に、事後的に報酬の少なさや面白かったという虚偽の発言を内的に正当化するために、『その作業・仕事が面白いという認知』が無意識的に形成されるのであって、『報酬が少ない仕事』のほうが『報酬の多い仕事』よりも魅力があって選ばれやすいという事は全く意味しません。

ですから、フェスティンガーらの認知的不協和の実験結果を根拠にして、『給料を減らしたほうが従業員が仕事を面白く感じてやる気が出る』とか『給料が多すぎると仕事が面白くなくなってやる気が無くなる』とかいうような単純なインセンティブとモチベーションの相関などはもちろんないわけです。この実験が示唆するのは『余り面白くない作業を強制されて、不当に少ない報酬を受け取ったケース』において、その仕事内容を“事後的に”どのように評価しやすいのかという事であり、報酬による仕事内容の正当化が不十分な時には、仕事内容のほうを面白かった(仕事と報酬がまずまず釣り合っている)という風に認知を変えやすくなるという事です。

一般的な職業選択では、同じ仕事内容であれば報酬の多い仕事のほうが選好されやすいでしょうし、自分自身が希望する仕事や興味関心を持って取り組める業種であれば、事後的に仕事が面白かったとする認知的不協和の解消は、そもそも必要がないということにもなってきます。あるいは、実験のように一回だけの作業であれば認知的不協和の解消で『仕事内容に対する認知』を変えても、持続的に繰り返される作業であれば、その仕事をやめて違う職業に転職するなどの『ストレス状況の回避・選択行動の変化』が起こってくる可能性もあります。

絶対にその仕事をしなければならないという状況が続いているのであれば、自分の置かれている状況を無意識的に正当化するために、『仕事内容の評価・認知』がポジティブなほうに修正されることはあると思いますが、現実の仕事でつらくて退屈な仕事で不当に少ない報酬しか得られない状態が続けば、『仕事に対する評価』は悪くなっていく可能性が高くなるでしょう。

認知的不協和を低減させるための心理機制というのは、『コスト・苦痛の大きさ』と『報酬・見返りの少なさ』が大きく矛盾している時にその矛盾を縮減する方策であり、自分の選択した行動や自分が手に入れたモノを実際以上に高く評価しようとする認知となって現れます。

自分が大きなコスト(高価な金額)を支払って手に入れたモノや多大な苦労(大変な努力)をして取り組んできた事柄が、価値のない下らないモノ・事柄だったとしたら、人間は非常に不愉快で苦痛な認知的不協和に襲われるので、大きなコストを支払ったり苦労をしてきた事に対しては、実際よりもかなり高い評価をすることが多い(それだけの苦労・支払をするだけの価値があったと思う)のは当然の心理反応であると言えます。

日常生活の中では、自分が実際に購入した商品は買う前よりも高く評価されがちですし、自分が真剣に努力して取り組んでいる事柄に対する価値の認識も高まりやすくなりますが、それは半ば反射的に認知的不協和の発生を抑止することにつながります。『自分が必死にその活動に取り組んでいるという認知』と『その活動には余り価値がないという認知』が衝突する認知的不協和は、意欲的に努力したり活動したりするモチベーションを大幅に落としますので、無意識的であれ意識的であれ、認知的不協和のない安定した心理状態を保つことは、物事に対するモチベーション(意欲)を高めやすくしてくれます。

冒頭に上げたインセンティブ(外的な報酬)を多く与えられ過ぎると、仕事そのものに対する遣り甲斐や面白さの認知が低下するケースというのは、M.R.レッパーやD.グリーン、R.E.ニスベットらの『報酬の隠れたコスト実験(1978)』で示唆されていますが、これは絵を描くのが好きな子どもに報酬を与えて描かせると、絵を描く内発的動機づけが低下して自発性が見られにくくなったというものです。

この実験の解釈としては、報酬による外発的動機づけが意識され過ぎてしまうと、自分自身がやりたいとか面白いとか感じる内発的動機づけがスポイルされやすいという事があります。それ以外にも、『趣味としての活動の自由さ・気楽さ』は内発的動機づけを高めやすいが、『報酬を伴う仕事としての義務感・責任感』がでてくると、内発的動機づけや自発的な取組みが減少しやすいという事が言えるでしょう。

『自分の好きなこと・やりたいこと』であっても、それを自由な趣味としてやるのと相手のいる仕事(雇われてする仕事)としてやるのとでは、『絶対にしなければならないという義務感・一定以上の品質で仕上げなければならないという重圧・報酬を受け取った代わりにそれに見合う結果を出さなければならないという負債感』に相当な違いが出てきます。

そのため、仕事としてのプレッシャーやストレスによって、それまで『好きであったこと・やりたかったこと』でも、余りやりたくなくなるという心理状態の変化は珍しいものではないと言えます。『報酬(対価)』を受け取る仕事というのは、自分ひとりでマイペースで楽しみながらできる趣味・娯楽とは違って、『報酬に見合う成果・他者の期待への応答』に対して一定の負債・責任を負うということを意味しますから、『責任感(~しなければならないの認知)』を余りに重く感じ過ぎてしまうと、意欲的に楽しく取り組む内発的モチベーションが阻害されやすくなるという問題はあるでしょう。






■関連URI
仕事や勉強に対するモチベーション向上のポイントと経済的・心理的インセンティブ:仕事のやる気と人間関係

“記憶力・集中力・モチベーションのアップ”と“仕事・勉強の効率的な進め方”

人間はどうして働くのか?2:自発的に働くモチベーションや意味を規定するパースペクティブ

■書籍紹介

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか
講談社
ダニエル・ピンク

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル






報酬分配場面における公正認知に関する研究
大学教育出版
原田 耕太郎

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 報酬分配場面における公正認知に関する研究 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス

この記事へのトラックバック