クライアントの鏡としてのカウンセラーの中立性と“無意識・幼児期の決定論”を前提とする精神分析の変化

前回の記事の続きとなるが、クライアントの内面や苦悩を映す『鏡』としての機能を果たすために、カウンセラーの中立性が要請されてくるわけだが、カウンセラーの中立的態度をより噛み砕いていうならばクライアントが『自己との極端な差異・対立・食い違いを感じないような態度』ということである。

クライアントの気分が酷く落ち込んでいる時に、余りに陽気で快活な雰囲気を漂わせてカウンセリングに望むと、クライアントは『この人には自分の悩みや苦しみを話しても理解することができないだろう』という悲観的な予断を持ちやすくなる。職業的・経済的な悩みを抱えているクライアントに対して、経済的成功や職業的権威を感じさせるような言動をするというのも、間接的に『共感性の低さ・傾聴の困難』をイメージさせてしまうという事がある。

無論、カウンセラーとクライアントの『人間的・性格的な相性』ということもあるのだが、カウンセラーの中立性というのは『偶発的・確率的な相性の悪さ(話しにくいと感じるような対人イメージ)』をできるだけ低下させるための基本的態度であり、カウンセリングで話される内容の真実味や具体性を増すという効果を持っているのである。この人とは住む世界が違うとか、この人は自分ほど深く悩んだこともないだろうとかいう『ネガティブな予断・憶測』を最大限に無くすために、カウンセラーの中立的態度は必要なのであり、クライアント自身が自分の心理状態や人間関係の問題を落ち着いて見直していくための契機を作ることにもつながる。

S.フロイトの精神分析のセッションの一つの限界は、近代前期の医学モデルに準拠した医師と患者の間の『権威性の模倣』にあったが、分析家がクライアントよりも優位の立場に立って解決手段を解釈投与によって示唆するという方法は、『クライアントの受動性』を強化する副作用をもたらした。フロイト初期の精神分析は、『心理面接の権威性(上下階層性)』『幼児期決定論の運命性(心的外傷の反復性)』という二つの要因によって、どうしてもクライアントを受動的な立場に置きやすく、人格構造の改善的な変化に対しても否定的解釈を下しやすかったのである。

精神分析あるいは精神分析的療法において、クライアントが受動的なスタンスに立ちやすいというのは、『無意識・幼児期の決定論』が理論的背景としてあるからだが、フロイトの死後の1940~50年代にはエーリッヒ・フロムやカレン・ホーナイ、ハリー・スタック・サリヴァンといった“ネオフロイディアン(新フロイト学派)”が登場して、精神分析の面接技法にも『双方向的な対話性・受容的な共感性』が若干取り入れられるようになっていく。

人間の行動は無意識的欲求によって規定されており、意識的な判断や選択ではその無意識の影響力を排除することはできないとするのが精神分析のグランドセオリーであるが、この『無意識の心理学』の弱点は抽象的な無意識概念によって、“人間が人格的・行動的に変化する可能性”を小さく見積もり過ぎるという事である。乳幼児期の両親との親子関係で受けた『トラウマ(心的外傷)』が発達早期の段階に固着して、成長してからも強い精神的ストレス(類似の人間関係の苦痛)を受けると、その段階にまで精神が退行して同じような苦しみや不適応行動を強迫的に繰り返すという病理モデルが精神分析にはある。

だが、人間の性格構造や認知・行動のパターンは、『幼少期のトラウマ的体験・無意識に抑圧された欲求』のみによって完全に固定されてしまうわけではないという見方が、ネオフロイディアンや対人関係学派から提出されてから、『青年期・成人期以降の双方向のコミュニケーションや行動選択』の効果が注目され始めた。つまり、今までの行動パターンやコミュニケーションの取り方を変化させることによって、自分の性格構造や人生の内容を変えることができるという信念がカウンセリング技法に持ち込まれることになったのである。

『過去のトラウマティックな体験』や『幼少期の親子関係の傷つき』について深く話し合い自己洞察を深めていくことが、肯定的な自己認知や新たな自己アイデンティティの獲得につながることは確かにあるが、過去の苦悩を伴う記憶に過度にこだわることによって余計に問題や心理状況が複雑化する恐れもまたある。女性分析家のカレン・ホーナイは、幼少期に獲得した行動パターンを青年期以降も繰り返すことによって、現在の心理状態・問題状況が更に悪化していくという『悪循環の構造』を指摘した。そして、この『悪循環(同一行動の繰り返し)』を幼少期のトラウマに依拠したものではなく、本人の認知・行動パターンに依拠したものであると考え、それを原理的には本人の行動変化によって修正可能としたのである。

人間は自分が実際に選択した行動やコミュニケーションによって、『自己の信念・感情・態度・価値観』を強化していく傾向があるのであり、現時点において『今までとは違う行動・認知(考え方)・態度』を不安に耐えて選択することができれば、過去の不適応な信念とは異なる適応的な信念(考え方)を手に入れることができる。この基本的な人間観の転換によって、認知行動療法の技法につながる『可塑的・可変的な人格構造のモデル』が作られたわけだが、『今までとは違う行動や考え方をしてみよう・自分の能力や可能性を強める視点を探してみよう』というアイデアは、問題解決志向(解決構築型)と呼ばれる現代的なブリーフセラピーの理論とも相関するものである。

カウンセリングの目的は、直接的な問題解決と合わせた人格構造の成長的変化にあるが、その目的を達成するためには『過去の経験(学習)によって固定化された認知・行動パターンの修正』を行う必要があり、どうすれば物事の考え方をより適応的なものにできるのか、どうすれば苦手(不安)に感じる行動を決断できるようになるのかという具体的なレベルの方法論によって、さまざまな技法・理論の適用を考えていかなければならない。

短期療法と呼ばれるブリーフセラピーでは、従来のカウンセリングに多かった『どこに問題があるのか・何が症状の原因なのか・クライアントのどんな能力が不足しているのか』という原因分析的な視点を修正し、『どうすれば状況が良くなるのか・何をしている時に自分が喜びを感じやすいのか(自分が今まで気づいていなかった心理的リソースの利点・長所はどこにあるのか)』といった問題解決的な視点を持つことに最大の特徴がある。










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