TAT・描画法の科学的研究と標準化・信頼性の困難:科学の懐疑主義を臨床心理学にどう生かすか?

リリエンフェルド『臨床心理学における科学と疑似科学』は、臨床心理学の定説や成果を批判的に検証した本ですが、臨床心理学の『科学哲学的な考察・科学的視点にフォーカスした論考』に関心を持っている人であれば一読の価値があります。『臨床心理学における科学と疑似科学』は、科学としての心理学と技術としての心理学の境界線を明確化する目的で書かれていますが、冒頭では疑似科学・経験論を承認しやすい人間心理の仕組みについても言及されています。

ただ『疑似科学的要素の検証の目的』に多くの論述が費やされているので、臨床心理学の心理療法や心理アセスメントの『実践的な有効性・心理面接への応用可能性』についてその多くが捨象されている事には留意が必要でしょう。

基本的には、心理臨床家の大多数が伝統的な技法・検査として『効果がある』と信じているものに対して、『科学者―実践家モデル(scientist-practitioner model)』の客観中立的な視点から批判的検証を試みるという研究が殆どなので、人によっては懐疑的・実証的に過ぎるという印象を持ちますが、自然科学モデルのエッセンスは『懐疑主義(絶対的・権威的な正しさを疑って検証する態度)』にあるということは言えるでしょう。

大多数の人が『科学』よりも『疑似科学』を好むのも、科学的な懐疑主義の姿勢が不安感や不信感のネガティブな感情を煽りやすいからであり、結論・効果を数量的な検証を厳密にせずに宣言してくれる疑似科学のほうに安心感や心地よさを感じやすいからだということが冒頭で述べられます。

しかし、心理臨床の各種技法や検査を検証する際に、数量的研究のエビデンスがなければ全て無意味でやめるべきという乱暴な議論が正しいわけではなく、実証科学の枠に収まらない『主観的な納得・実感』や『暗示療法的な作用・ラポールによる安心感』といったものも加味して考えていく必要が当然にあると言えます。

『精神医学は対人関係である』といった実証的検証のみに依拠しないH.S.サリヴァンのようなヒューマニスティックな相互作用の要素や、クライアント中心療法の共感的理解のような個人的承認といった要素も、クライアントの心理状態や自己認識を補強して安定させるといった作用が想定できます。対人関係(臨床家個人)や内的イメージに依拠する割合がある以上は、数量的研究をベースにしても解明できない領域が残ると考えることは科学的ではなくても合理的(実際的)ではあるからです。

『臨床心理学における科学と疑似科学』『第3章 論争の的になる疑わしい査定技法』では、ロールシャッハだけでなくTAT(主題統覚検査)と描画法、解剖腑分け人形、ユング心理学のタイプ論を改良したMBTIについて科学的基準に基づく検証が行われています。H.A.マレーが1940年代に開発した『TAT(Thematic Apperception Test)』の科学的研究の問題点として、カードの選択や提示順序などの実施手順そのものが標準化されてこなかったため、研究文献の比較・結果の検証が事実上ナンセンスになってしまうということが指摘されます。

TATの提示順序や採点法などに関する標準化・システム化の努力もべラックら(Bellak & Abrams, 1997)によって行われたのですが、規定のカードの組み合わせ・提示順序、採点法を忠実に守ってTATを施行することが殆どないため、TATは心理評価尺度としての検証可能性がかなり低くなっています。TATに対する科学的実証性からの主要な批判は、TATの結果に対する解釈が『臨床家の経験的な習熟・直観的な解釈技術』に偏っているということであり、そのために必然的に再検査信頼性も低くなっています。

しかし、マクレランドの『潜在的な動機と顕在的な自己意識の区別』や『未来の行動予測における動機・自己意識の相対的価値』を中心とするTATの理論的定式化については、TATがクライアント(被検者)の長期的で自発的な行動予測を可能にすることが確認されています。身体的虐待やパーソナリティ障害の弁別についても一定の弁別力が認められており、TATの科学的客観性が弱いといっても臨床的に完全に無効であるというわけではないのですが、TATは総体的に公平に判断すれば科学的妥当性のある心理検査とは言えないというまとめになっています。

本書で科学的妥当性に大きな難点があるとされている心理検査は『投影描画法』ですが、投影描画法というのは『クライアントに描かせた絵画・イラスト』を解釈することでパーソナリティ構造や心理状態、過去の成育歴などを推測できるとする投影法の心理テストです。描画法には、実のなる木を描くバウムテストや人間の絵を描くDAPテスト(Draw A Person)、家・木・人を描くHTPテスト(House-Tree-Person)、一緒に活動している家族を描くKFDテスト(Kinetic Family Drawing)などがあります。

描画法は言語能力が未熟で自分の感情や生活状況を言葉で表現することが難しい幼児・児童・発達障害児(自閉症スペクトラム)などに実施されることが多くなっていますが、無意識的な心理内容が絵画に反映されやすいという力動精神医学(精神分析の力動的心理学)を前提にしています。

描画法の問題点としては、技法・採点が標準化されておらず、絵を鑑賞して解釈する人によって結果の違いが大き過ぎるにも関わらず、『妥当な解釈の根拠』が長年描画法を査定し続けてきたという個人の権威性・専門性のみに委ねられることが多いという点です。この事は本書の第一部とも相関しているのですが、実証研究では心理臨床家が『臨床経験の長さ・豊かさ』だけから学び取れることは限定的であり、ある心理テストに効果があると信じてその検査を実施し続けている場合には、その検査の信頼性・妥当性を懐疑することは確証バイアスによって困難になるという指摘が為されます。

臨床経験が長ければ長いほど客観的・科学的に妥当な判断が下せるようになるという実証データはないということが比較臨床検査から示唆されているのですが、本書の第一章の結論部では『心理面接・心理アセスメントの経験の蓄積』は『新しい実証研究の情報のキャッチアップ』には及ばないという話になっています。心理臨床やカウンセリングの本質を、実際的有効性・ラポールに置くということが必ずしも悪いわけではないが、客観科学的な基準から妥当な判断・鑑別(診断)を下せるという意味では、経験以上に最新の知識・研究のほうが重要なケースが多いということです。

描画法は単独で施行する限りにおいて、その専門家として豊かな経験を積んでいても、特定の精神疾患や心理的障害、成育歴の問題事象を同定するほどの査定力は確認できないという研究結果が多いのですが、一方で適切なテストバッテリーを組めば子どもの不安障害・気分障害を有意に識別できるというサリンジャーとスターク(Tharinger & Stark)のような研究もあるようです。描画法の疑似科学性に対する批判というのは、基本的に精神分析の疑似科学性への批判とパラレルなもので、『クライアントの防衛機制を回避して無意識的内容を絵画に反映させ、真実の感情体験や過去の記憶・事象に接近できる』という仮説そのものに、それを数量的に検証できる反証可能性がないということが挙げられます。

描画法を過去の虐待事実の有無の判定に用いたり、特定の精神障害・発達障害の兆候の発見に用いたりしようとすることには科学的有用性は確認できないということになりそうですが、一方で描画法には絵を描く行為そのもののカタルシス効果(感情浄化)や、言語的コミュニケーションが苦手・未熟なクライアントとの共感的な意思疎通の手段としての意義は強く認められていると言わなければならないと思います。表現活動としての描画法そのものに、カウンセリング的なプロセスや効果の要素が、主観的レベルでは確認されるということになってくるでしょう。

日本では馴染みの薄い被虐待児童をスクリーニングする目的で使われる『解剖腑分け人形(ADD)』については、その教示・刺激・反応の解釈などが標準化されていないため、公的な有効性を持つ虐待問題のスクリーニングとしてADDを実施することは推奨できないとしています。解剖腑分け人形というのは、小さな子どもを性器なども含め等身大の人形にしたようなもので、その人形とどのように遊ぶか、二つの人形をどのように関わらせるかによって両親との親子関係や虐待のリスクがスクリーニングできるという仮説が立てられています。










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