“親密過ぎる関係”では、なぜコミュニケーション頻度が下がるのか?:異性関係の慣れと新鮮さ

ある二人の人間の間に『個人的なつながり(人間関係・恋愛や夫婦関係)』があるか否かは、コミュニケーションの内容や相手に対する行動・態度などから大まかに推測することが可能である。ある程度親しい友人知人との間では活発なおしゃべりや娯楽的活動が見られるし、初対面の相手やよく知らない相手との間ではやや距離感のある遠慮がちな言葉のやり取りが見られる。

『親しき仲にも礼儀あり』とは言われるが、一般的には『人間関係の親密度』が高まるにつれて、儀礼的な挨拶や形式的な礼儀作法、丁寧な話し言葉は簡略化されていくことが多い。『夫婦・恋人・親友』といった極めて親しい間柄の相手と話す時には、通常『尊敬語・丁寧語・謙譲語』を用いた畏まった丁寧な会話はしないし、形式的な礼儀作法や挨拶を省略してもそれを不快に思ったり咎めたりすることは殆どない。

現代では親子関係でも“友達親子”が増えているので、(特別に礼儀作法の躾に厳しい良家の子女などを除き)一般家庭の多くでは家庭の中で敬語を用いて丁寧なコミュニケーションをする機会も減っている。通常、きちんとした敬語を用いる相手や形式的な礼儀作法を重んじる相手というのは、『個人的なつながり(プライベートの親密な関係)』というよりも『社会的なつながり(会社・仕事・社交などのパブリックな関係)』として分類されることが多い。

『社会的なつながり』では、心情的な共感性やリラックスしたコミュニケーションよりも、社会的な立場の差異を踏まえた役割関係・責任意識のほうが重視されるので、自己と他者との間に一定の心理的距離感を設定する必要が出てきます。形式的な作法や少し堅苦しい話し方、丁寧な受け答えというのは、その二人の関係が『個人的に親密な関係』ではないことの指標となりますが、『社会的なつながり』から『個人的なつながり』に移行していく時には段階的にフランクなやり取りに変わっていくことになります。

友人・恋人との『親密な関係』では普通は“会話・雑談・相手への関心”が増えてきますが、長期間付き合っている夫婦・家族や恋人、親友になってくると、逆に“コミュニケーションの頻度・相手への興味関心”が減ってくることが多くなります。長く付き合っている恋人・配偶者に対する不満で多いものとして、『日常の会話が減る・興味関心が弱くなる・サービス精神や気配りが減る・面白さや刺激が無くなる』というものがありますが、これは『親密度・親近性』が最も高くなった人間関係ではごく一般的に見られる現象でもあります。

他者と親しくなればなるほど、付き合いが長くなればなるほど、相手との会話やコミュニケーションが増えるわけではないというのは、多くの人が経験的に実感できるのではないかと思います。長年一緒にいる夫婦や恋人の間で会話が減るというのは、多くの話題や情報を交換し過ぎて『新たに話すべき話題が見つかりにくくなる』ということもありますが、根本的には『必死に面白い話をしなくても相手の安定的な好意・愛情を信頼できる』ということの裏返しでもあります。

『釣った魚に餌を上げない』というのは、結婚したら相手を喜ばせるために努力しないダメな人(思いやりのない人)という悪い意味で用いられることが多いのですが、意識して相手を楽しませてやろう、新鮮な関係を維持していこうと思わなければ、大半の人はこういった『配偶者(恋人)に余り気を遣わない行動パターン』になりやすい傾向はあります。『親密度・信頼感』が高まっていくとコミュニケーションやスキンシップの頻度が減りやすかったり、相手への思いやりやサービス精神が低下しやすいのは何故なのでしょうか。夫婦でも外でベタベタと密着した関係を持つ人は減る傾向があり、何となくそっけない対応をするような人も出てきます。

『他者との親密度』が段階的に高まる時には、少しずつ自分のことについて相手に話す『自己開示(自分語り・欲求の伝達)』が進んでいきますが、その途中では『もしかしたら相手から拒絶・否定されるかもしれないという不安』がある程度は存在しており、その部分をカバーするために『自己の装飾・隠蔽・遠慮』などがでてきます。相手(恋人)との親密度や関係性が完全に安定的なものだと確信できない段階では、『相手に好かれたい・相手に嫌われたくないという防衛機制』が働くので、積極的に自分の良い部分を相手に見せようとしたり、相手が喜んでくれそうなことを気を効かせて実行したりします。

親密度が徐々に高まっていき、相手との関係性が完全に安定的なものだと実感できるようになると『別れるリスク・嫌われる不安』が相当に小さくなるわけですが、結婚して急に思いやりや優しさが無くなってくるような人は、『社会的契約である結婚・経済生活の相互依存』によってそう簡単には相手が別れるとは言い出さないだろうという目測を持っていると考えられます。

『親密度』が最高まで高まってくると礼儀正しさや思いやり、コミュニケーションが減ってくる人が多いのはマイナスの現象ですが、その一方で、お互いがお互いを『他者』として意識する割合が減るので緊張感や煩わしさを感じにくくなり、遠慮をせずに言いたいことを言いやすくなるなどのメリットもあります。お互いに余り気を遣わなくても良くなり、自分を着飾ったり特別な配慮をしなくても良くなるというのは、リラックスした気疲れしない日常生活(何気なく自然に過ぎてゆく家庭生活)を送りたいという人にとっては利点となるでしょう。

家の中でも丁寧な言葉遣いで通して、恋人時代と変わらない愛情表現や自己演出のある夫婦は『素敵な結婚生活』を送っているようにも見えますが、その分、相手に自分の悪い部分や恥ずかしいところは見せられないという一定の緊張感や気構えを持って生活しているとも言えます。

結婚してからもお互いを『異性』として刺激的に認識し続けていたいのであれば、少し丁寧な言葉遣いを心がけたり、記念日のプレゼントや凝ったデートを忘れないようにしたり、自分の良い部分を相手に見せたりしたほうがいいわけですが、日常生活を共有していればどうしても生活感・人間臭さが出てくるのでそういった『演出的な恋愛の雰囲気』を維持するにも限界がでてきます。

人間関係(異性関係)の親密度・信頼感が高まって『別れるリスク・嫌われる不安』を殆ど意識しなくなってくると、『相手に良いところを見せて好かれたいという行動・思いやり』が減ってきやすくなり、以下のような“惰性の性格行動パターン”を身に付けやすくなります。


1.相手の名前を呼ばなくなり、『ちょっと・おい・ねえ』などの呼びかけになる。

2.相手を異性として見る頻度が減りスキンシップも減る。

3.長時間のコミュニケーションや相手を楽しませる話題の提示(考案)が減る。

4.相手の内面・関心を知ろうとする欲求が低下し、自己開示の行動も無くなってくる。


慣れ親しんで親密度が最高に高まってくると、上記のような無関心さや無造作な言動が増えてきやすいですが、それは『相手に対する絶対的な信頼感(関係の持続性への確信)』があるからです。

しかし、その『相手に対する信頼感の強さ』にお互いのズレが生まれてくると、どちらかがその相手との関係を続けていきたいと思えなくなったり、相手の思いやりのない振る舞いに愛想を尽かしたりといったことも起こり得ます。良好な夫婦関係(恋愛関係)を維持していくためには、“惰性的で気楽な行動パターン”を少し見直していく必要があるでしょう。

相手を久しぶりに『名前』で呼んでみたり、二人で一緒に行動する趣味・外出の時間を増やしてみたり、意識的にでもコミュニケーションやスキンシップをするように努めてみたりすることで、『マンネリ化した変化のない日常(空気のような波のない二人の関係)』にちょっとした刺激や相手への感謝を呼び起こすことができるかもしれません。










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