香山リカ『しがみつかない生き方』の書評1:恋愛・自慢・他者否定・老化と生きる意味の相関

前回の記事の続きになるが、『標準的な幸福像・幸せ観』のイメージや定義が先行することによって、そのイメージからズレた自分を否定的に評価してしまったり、その定義から外れた自分の人生を不幸なもの(無意味でつまらないもの)だったのだと決め付けてしまうことは少なくない。こういった『不幸の自己規定性の罠』から脱するための一つの方法が、本書が示す『しがみつかない生き方』であり、論理療法的には『イラショナル・ビリーフ(非合理的な思考)を持たない生き方』でもある。

著者の香山リカは、『ふつうの幸せ』を手に入れる10のルールとして、恋愛・お金・仕事・成功・若さなど『しがみつくべきではないもの・柔軟で自由な価値判断をすべきもの』を、10の章に分類して解説している。

『しがみつかない生き方』というのは、理想的な自己イメージや世間一般の評価・偏見、他者から自分がどう見られているかということにしがみつかない生き方のことであり、『最低限度の生きる条件』を満たしたのであれば、後は自分で幸福と不幸の判断基準を柔軟に設定していったほうが気軽にそれなりに幸せな人生を生きられるということでもある。

逆に言えば、雇用・所得・意欲・健康・人間関係などの面で『最低限度の生きる条件』が満たされていない場合には、政策的な支援や社会的な援助、対人的なケア、環境調整などが必要になってくると思うし、現実問題として社会には個人の意志・努力・認知(心の持ち方)だけでは解決できない困難や苦しみも多い。しがみつかない生き方を勧める10個の章について、自分なりの簡単な感想や解釈を書き残しておきたい。


第1章 恋愛にすべてを捧げない

『恋愛』は現代に残された数少ない共通価値の一つであり、映画・ドラマ・漫画・小説・テレビCM・若者向けの商品(ファッション)の多くが『恋愛(異性に好かれること・特別な存在として愛されること)』をテーマにしている。恋愛こそが真の幸福をもたらすものだという『恋愛至上主義』は、資本主義経済やマーケティングとも深く関わっており、『異性に好かれなければ不幸・恋愛のできない人生はつまらない』という強迫的な不安感(孤独感)によって売上を伸ばしている商品市場は少なくない。

恋愛をすることによって不幸になる人というのは、『恋愛以外の価値・意義』を見出せずに『恋愛が上手くいっていれば幸福―恋愛が上手くいかなければ不幸』という二元論的な価値判断に容易に支配されてしまう人である。端的には、『恋愛依存症・セックス依存症』といった対人依存が深まっている状況では、慢性的な孤独感や空虚感、寂しさに襲われ続けて、絶えず異性から愛情の籠もった言葉や抱擁、肯定、セックスを与えられていないと、自分自身で自分の自我や存在根拠を支えられなくなってしまうのである。

『恋愛・恋人の有無』と『自分の生きる意味・人生の価値』を直結させて、それ以外の価値判断のモノサシを失ってしまうと、『恋愛のため(異性に愛されるため)』だけに勉強したり仕事をしたり趣味をしたりといった硬直的な行動様式になってしまい、恋愛がダメになってしまうと仕事や勉強をする意味までも同時に失って絶望してしまう。執着的な愛憎が深まり過ぎて思い詰めたりすれば、ストーカーや傷害事件、抑うつ性の精神病理にまで発展してしまうこともあり、『不幸・孤独の自覚を強める恋愛(思い通りにならない他者)』にしがみつくことはマイナスの影響が大きくなる。

確かに恋愛は、自分自身が『特別な存在・交換不可能な異性』として承認される特別な関係性であり、人間の孤独感を癒して自己肯定感を高める効果を持っているが、恋愛の成否や恋人の有無だけに『自分の存在意義・人生の価値』を求めてしまうと、偶発的な失恋や別離に耐えることすらできない脆弱なメンタリティになってしまう危険性が高い。

恋愛や結婚、異性関係のプライオリティが高くなってしまうことには、生物学的・心理社会的な根拠も多くあるので、ある程度の『恋愛(異性)への依存性』は誰にでもあるはずだ。しかし、『恋愛・結婚・異性関係だけが全て(それ以外のことは重要ではない)』という価値観にまでいくと、精神的に不安定になりやすく異性との付き合いが上手くいかない時には、『自分は不幸である(自分の人生を楽しみようがない)』という自己認知に陥ってしまう。


第2章 自慢・自己PRをしない

日本人から『謙譲・謙遜の美徳』が失われて、自分の長所や能力・実績を自慢のようにアピールする人が実際に増えたのかどうかまでは分からないが、学生の就職活動(新卒採用面接)では自分の性格や活動実績、能力、貢献意識などについての『自己PR・自己アピール・自己主張』が求められることが増えている。

就職転職のための一時的な自己アピールや自己PRに特段の問題があるとは思えないが、行き過ぎた『競争原理・利己主義・成果主義』への過剰適応は、人間から他者と協力したり弱い相手を思いやったりする動機づけを失わせて、自分がいつ競争に負けるか分からないという不安を煽り続ける。

『協力する味方(信頼できる味方)』と認識できる他者が減って、『競争する敵・(信頼できない相手)』と認識するしかない他者が増えると、必然的に職場の人間関係や労働環境も悪化しやすくなる。会社に対して自分はあの人よりも雇われる価値がある人間だと自己アピールし続けなければならない状況は好ましくないし、『同僚(他者)との協力関係・信頼感情』が生まれにくくなって仕事の充実感や職場の働きやすさが低下しやすくなる。

同僚と協調できないような『個人単位の競争原理』を厳しく働かせ過ぎると、情報やノウハウの共有が上手くいかなくなったり職場の人間関係に不満が多くなったりして、会社全体の業績や生産効率も落ち込みやすくなる。『自慢による自己承認』は、他者からの共感や援助を受けにくくするため、結果として孤独感や疎外感も生まれやすくなり普通の幸福感からは遠ざかってしまう。

マスメディアが賞賛するセレブや成功者に憧れて『ド派手な消費行動・享楽的なライフスタイル』などの自慢・自己顕示に走ったりすることで幸せになれるかというと、一時的な虚栄心は満たされても継続的な人間関係の幸せを得ることは難しいかもしれない。


第3章 すぐに白黒つけない

現代社会の白か黒かを瞬間的に判断する『二分法思考』や敗者、間違いを犯した人に対する『不寛容性・狭量性』を批判しているが、他人の欠点・失敗に対して厳しくて狭量になり過ぎるのは『他人を信用していないこと(他人も自分を助けてくれないだろうこと)』の裏返しでもある。

『自分の現状・人生の選択』を自己肯定するために、異質な他者にネガティブなレッテルを貼ったり、自分とは違う生き方をしている他人を手厳しくバッシングしたりする。自己責任原理の過剰は『自分の行動・選択の結果は自分で責任を取る』ということだが、『誰も自分を助けてくれないし自分も他人を助けるつもりはない』という排他的・自閉的な人間観を意味している部分もある。

本書では2004年の『イラク日本人人質事件』が例に出されているが、誰かが失敗したり間違いを犯したり貧困に陥ったりすれば、『あの時にああいった選択をしたのだから自業自得だ・みんながする選択とは違う選択をしたのだから自己責任だ』という非難(バッシング)を受けて何の支援も得られない恐れが高まっている。そういった異質性や間違った選択を排除する『不寛容な二分法思考』によって、若年層であっても長期的スパンで見た無難な選択をせざるを得なくなる。

更に、自分が切り捨てられないようにする自己防衛やリスク管理によって、自分とは異なる選択をした他者(異質な他者)への想像力が衰えてしまい、『社会的なコミュニティ性・連帯感』が無くなってしまうことも問題だろう。短期的・反射的に他人の行動を見て、正しいか間違っているか標準的か否かを二分法で判断するのではなく、ひとりひとりの人間の信念や内面、考え方に寄り添うことで、『人間関係・他者理解の豊かさ』は増していくのではないかと思う。自分と正反対の行動や人生、価値観を生きている人は、自分の認めたくない『影(シャドウ)』の元型の現れでもあるので、それを寛容に受け容れることはなかなか難しいが。


第4章 老・病・死で落ち込まない

テレビでは女性のF1層(20~34歳)をターゲットにしたバラエティ番組が多く高齢者向けの番組は少ない、後期高齢者医療制度では医療費負担が上がり、介護保険制度では介護老人福祉施設(自己負担額が有料老人ホームよりも低い特養老人ホーム)が不足して入所できないなど、高齢者が自分が社会・家族から必要とされていない、自分の居場所がないと落ち込む状況は多くなっている。

公的年金・高齢者福祉など社会保障制度の『世代間格差』は大きく、若者ほど負担が大きくて給付が少ない賦課方式の不公正さが高齢化社会の重要な問題点として上げられるようになっている。また、日本の金融資産の大半を保有しているのは60代以上の高齢者であり、若者は殆ど金融資産を持っていない。それでも、幾らお金を持っていて制度的な保障があっても、『老化(老い)』を不幸と感じる価値観は強固にあり、アンチエイジング市場の拡大など『若さ』を求める欲望はかつてよりも大きくなっているようだ。

仏教の開祖である釈迦は、四苦として『生・老・病・死』を上げたが、これらは現世に産まれて来た私たちにとって不可避なものであり、いつか直面しなければならない揺らがない現実でもある。若い頃から老後・年金のことばかりを心配するような生き方も、若い時期にしか楽しめないことを放棄するという意味である種の不幸ではあるが、高齢になってから『老いの現実』を認められずに苦悩したり絶望するというのも不幸である。

年齢・発達段階に応じた柔軟な自己定義や現実状況の肯定的受容をしていけることが、『普通の幸せ』につながるし、病気になったり老いたり死んだりする時には家族・他人に『多少の面倒・手間』を掛けてしまうことは致し方ないことでもある。現代における理想の死に際は、誰にも迷惑を掛けずに綺麗にこの世を去る、死ぬ前に準備万端施して何の問題も起こらないようにするということでもあるが、自分の死を惜しんでくれたり気に掛けてくれる人がいるならば、そういった他者の恩義・手伝いに多少は甘えても良いのではないかと思う。


第5章 すぐに水に流さない

水に流して綺麗さっぱり忘れたほうが良い『個人的なネガティブな記憶』と、簡単に水に流すべきではなくその問題点(反省点)をしっかり検証して今後に役立てたほうが良い『政治的・歴史的なマイナスの事象(失敗事例)』とを区別しようという提案。

楽しかった記憶や幸せだった時期、嬉しかった出来事などについてはすぐに忘れてしまうのに、不快で苦痛な記憶や不幸だった時期、傷つけられた出来事についてはいつまでも忘れることができないという『不幸を強める認知傾向』を修正することは大切である。










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■書籍紹介

しがみつかない死に方 孤独死時代を豊かに生きるヒント (角川oneテーマ21)
角川書店(角川グループパブリッシング)
香山 リカ

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