“ふつうの幸せ”が手に入りにくい心理的ハードルと社会経済的要因:香山リカ『しがみつかない生き方』

現代社会では『生きづらさ・生きることの虚しさ』を訴える人が増えていて、国際比較における日本の主観的幸福度の実感はいつも低い水準に留まっている。なぜ物質的・経済的に豊かになったはずの日本で、『幸福感・満足感』を安らかに実感できる人が相対的に少なくなっているのか、なぜ自殺者や絶望者、無気力者が大勢生み出されていてメンタルヘルスの悪化が深刻になっているのか。

この疑問に対する経済的・社会的な答えは、『経済格差の拡大・若年失業率や無業者の増大(雇用情勢悪化)・社会保障制度の機能不全・地域コミュニティの衰退』などに求めることができるが、明らかな失業(無業)や相対的貧困の状態にない一般的なサラリーマンであっても『私は自分の仕事や現状に満足できない・毎日に生き甲斐が感じられない・それほど幸福とは言えない』という不全感を抱えていることは少なくない。

社会一般的に見た必要限度の収入(お金)や人間関係(恋愛・結婚・子供)さえあれば、本書でいう『普通の幸せ』が手に入るかと言えばそうではなく、私たちは『何か』にしがみついて依存したり、『誰か』と比較して優越感・劣等感を持つことによって“自分の現状”を不幸と見なしてしまうことがある。

香山リカ『しがみつかない生き方』の副題は、『「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』であるが、『普通の幸せ』とは何らかの仕事をしていて衣食住に困ることがなく、家族・異性・友達・同僚などを含めて自分が孤独感・寂しさを感じない程度の人間関係があるような状態を指している。

『ふつうの幸せ』が手に入らないという人には、以下の3つのパターンがあるが、現在では『普通の幸せに至るまでのハードル』が過去の時代よりも高くなっているという問題もある。

1.“自己愛・承認欲求・成功欲求の強さ”によって、『特別な自己像』に固執してしまい、『ふつうの幸せ』では満足できないという人=『普通の幸せ』を既に得ているが、要求水準・目標水準が高すぎる。

2.“将来不安・悲観的な予測”によって、『ふつうの幸せ』を得ているにも関わらず、幸福感・充実感を味わう心の余裕がない人=『普通の幸せ』を既に得ているが、過度の将来不安に囚われている。

3.“現実的な問題・経済的な困窮・性格的な短所”によって、『ふつうの幸せ』を手に入れるハードルが高くなり過ぎている人=『普通の幸せ』をまだ得ておらず、現実的・経済的・意欲的(心理的)な要因で今後も得にくくなっている。


一昔前までは『ふつうの幸せ・標準的な人生』を目指したりこだわったりすることを、価値観の押し付けやライフスタイルの画一化(規定のレールに従う生き方)として否定的に評価する傾向もあった。しかし現在では、『ふつうの幸せ』が適当にそれなりに生きていれば実現できるものでは無くなってきているような感覚もあり、『平凡に穏やかに暮らせる幸せ・仕事(雇用)』の価値の見直しが強まってきているように思える。

『ふつうの幸せ』を構成する就職(雇用)にせよ恋愛・結婚にせよ子育てにせよ、何となく頑張って努力すれば手に入るものなのかと問われれば、そうであるとも言えるしそうでないとも言えるだろう。それらがどのくらいの難易度で手に入るのかは、一面では『本人の能力・努力・適性・魅力・運』の問題でもあるが、視点を変えれば『本人の要求水準・満足できる水準』を適正に引き下げることで手に入りやすくなるものでもある。

要求水準や目標レベル、異性選択の指標を適正に引き下げるというのは『安易な妥協』とは異なり、『現在の自分の能力・魅力・履歴』によって手に入れられる仕事や異性、人間関係の中からより良いもの、より満足できるものを選ぶということであり、ある意味では誰もがそういった人生を生きなければならないという現実原則(社会的交換)の一面でもある

。実際的に達成することが不可能としか言いようの無い極端に高い理想や目標を掲げることは『現実の否認・逃避・無気力の正当化』であり、大きな目標を達成しようとする場合にはそれに向かう具体的な手段・方法・ステップ(過程)が無ければ意味のある目標設定とは言えないと思う。『ふつうの幸せ』とは標準的なライフスタイルやライフイベントに根ざした幸福感ということでもあるが、『小さな幸福・身近な面白さ・何気ない喜び』に気づいて味わえる素質や工夫とも深いつながりがある。

世間一般でいう『ふつうの幸せ』の基本条件としては、『仕事をしている(定期収入がある)・お金に困っていない・恋愛をしている(異性との継続的関係がある)・結婚をしている(自分の家族を作っている)・子どもがいる・趣味や娯楽を楽しめる・必要限度の人間関係がある』などがあるが、これらの基本条件を満たそうと必死になることで、逆に『(何かを持っていない)自分は不幸である』という自覚を強めてしまうこともある。










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■書籍紹介

しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (幻冬舎新書)
幻冬舎
香山 リカ

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