『自分の小さな「箱」から脱出する方法 人間関係のパターンを変えれば、うまくいく!』の書評

本書でいう『箱』は、『自己欺瞞』のことであると解説される。箱とは『自意識(自己愛)へのこだわり』のことであり『自己中心的な認知(物事の捉え方)』のことでもある。自分が『箱』に入ってしまうことによって、人間関係のトラブルや目的達成の困難などが次々と生まれてくるが、自分で自分が『箱』に入っていることに気づくのは非常に難しい。

業績を急上昇させているザグラム社の秘密の『研修ミーティング』を題材にして、本書の『箱』にまつわる話はスリリングに進められていく。本書はビジネス書や自己啓発書であると同時に、対人関係やマネージメントを改善させる心理カウンセリング(あるいはコーチング)の要諦をまとめた本としての特徴を持っている。

専務副社長のバド・ジェファーソンが、主人公のトムに対して会話形式の研修を行っていくのだが、読み手を飽きさせない構成が工夫されており、小説を読み込んでいくテンポで『人間関係(家族関係)を改善させるヒント・職場のマネージメントを円滑にするポイント』を自然に学ぶことができる。

本書の冒頭は、自分で自分を有能で勤勉なビジネスマンだと自認しているトムに対して、副社長のバドが『君には問題がある。当社で成功したいのなら、その問題を解決しなくてはならない』と声を掛けるところから始まる。トムは自分に深刻な問題があるとは思っておらず、出世コースを歩んでいる自分以外の他人を自分よりも無能で怠けているという認識を思っているが、この問題はトムのようなエリートサラリーマンに特有の問題ではないという点に注意が必要だろう。

職場でイライラとして周囲に当たり散らしているような厄介な上司(マネージャー)が居たとして、その人は『自分が間違っている・自分にも改善すべき問題がある』という認識を持てるかといえば恐らく持てない。これが典型的な『箱』に入っている状態の一つであるが、ここまであからさまでなくても『自分以外の他人がしっかりしないから物事が上手くいかない・職場であの人が怠けているから仕事が遅れる・あの人はやる気と責任感がないからダメだ・あいつのせいでみんなが迷惑をしているetc……』、こういうこと(他者への責任帰属)を一度でも思った事がある人は少なくないはずだ。

特に、自分に平均以上の知性や遂行能力、実績があり今まで努力してきたと自覚している有能な人であれば、自分よりも幾分か能力が劣るように見える相手がミスをしたり指示通りに動けない場合に、どうしても『相手の不手際・能力不足を否定する認知』を働かせて『箱』に入り込みやすくなる。そして、少なからぬ人はそのことを思い返しても『だってあの人が本当に悪いから仕方ない・自分はできるだけのことをやってきた・あの人がまずは変わらなければ状況は良くならない』という方向に認知を進めていくことで、『箱』から脱け出すことを自ら拒絶する。

『箱』から脱け出さないことで得られるメリットは『自己正当化+他者の価値の引き下げ』であるが、この自己欺瞞の『箱』は『相手のモチベーションや協力性の低下・企業活動への参加意識の希薄化・自分に対する拒絶や怒りの姿勢・組織全体の不快な空気(敵対的なピリピリした雰囲気)』を引き出してしまう。その結果、自分の自己満足やプライドと引き換えに、さまざまな実質的メリット(良好な職場関係・業績向上・楽しい家族関係など)を失ってしまうのである。

本書は、今までの自分の仕事や学業について『自分は全力を尽くして努力してきた・自分はスムーズに仕事を進めているのに周りの誰かが自分の邪魔をして上手くいかない・自分以外に使える人材(同僚・上司・部下)がほとんどいなくて悩んでいる』というような自己有能感が高い人、そして、実際に仕事ができると評価されている人におすすめの本だと言える。

もちろん、どんな立場や状況の人が読んでも、『箱』をメタファーにした“自意識への向き合い方”や“他者理解の進め方”は役に立つし、どれだけ理解しても私たちは『箱』と呼ばれる自己中心的な視点から完全に脱け出すことはできない。脱け出せないからこそ、人間関係が悪化したり仕事が上手くいかなかったり、職場での協力関係・モチベーションが崩れた時に、自分が『箱』の中に入り込んで自己欺瞞をしていないか、他者の人間性を否定していないかを再検討する必要がある。

トムの仕事のマネージメントや職場の人間関係にまつわる悩み、妻・子供との家族関係にまつわる問題の根本にある『箱』とは、自分で自分の初期の感情や欲求を裏切ってしまうという『自己欺瞞』であるが、本書では『分かりやすい図表』を通して感情と認知の段階的な変化を解説している。『箱』とは自意識であり自己愛でもあるが、『自分を特別な人間だと思う自己愛』によって人間は『箱』に入り込む、これは言い換えれば『自分のニーズや目的の重要性』を『他人のニーズや目的の重要性』よりも圧倒的に高いものと見なす自己愛の本質でもある。

他人を自分と同じ人間と見なさない時に、人間は瞬時に『箱』の中に入って人間関係を悪化させる原因を自分で作るが、他人を自分と同じ欲求や必要性を持った人間と見なせる時には、人間は『箱』の外に出ることができ、人間関係を改善すると同時に『他者の協力・好意・モチベーション』を引き出すことができる。人間はよほど意識的でなければ他人を自分よりも“権利面”で劣った『物・道具・背景』のように見なしてしまうので、大多数の人は『箱』の中に入ったままで社会生活を送り仕事・家庭生活を淡々とこなす(多くの問題・不満を背負った)日常のリズムから脱け出せなくなりやすい。

自分自身を『特別に大切な存在(他人より優遇されるべき存在)』として取り扱う自己愛や自尊心によって、かえって対人関係のトラブルを増やしたり日常生活の不満感が高まってしまうのはなぜかというのが本書のテーマになっている。結局、『他者からの承認・協力・愛情』がなければ、人間は自分ひとりだけでは真の満足感や達成感が得られないからというところに行き着く。即ち、そういった対人関係(社会生活)における承認欲求や自己存在感を満足させるためには、『箱』の外に出て他人を一人の人間として尊重したコミュニケーションをするしかないのである。

端的には、他人を自分の利益や権利、快適さにとっての『障害物・邪魔者・面倒くささ』のように見なしてしまう時に、人は『箱』の中に入ってしまう。そして、『他人のニーズ・欲求』を否定することが『自分の利益』になると信じ込んでしまうのだが、『他者からの敵意・反抗・怒り』を生み出す自己中心的な『箱の内部』からの人生戦略やマネージメントでは、最終的に孤立や軽蔑、業績低迷といった不利益のゾーンに追い込まれてしまうのである。

こう書いてくると、自分だけが他者の人間性を尊重してオープンなコミュニケーションに努めても、『相手の欠点・問題』が変わらなければ意味がないし自分だけが損をするというような反論もでてくると思うが、そういった反論についても本書の第2部以降で丁寧に解説がなされている。

本書のコミュニケーションやマネージメントの本質論には、確かに理想主義的な部分もあり実際には上手くいかない部分もあるかもしれないが、『自分が他人のためにすべきだと思ったことをしない時に、自己欺瞞の「箱」に入ってしまい、他人や現実に対する認知が「自己正当化の方向」に歪められる』というのは非常に有益で実用的な視点である。

自己正当化や他者の価値の引き下げの原点は、『自分で自分の初めの感情や考えを裏切る自己欺瞞』にあり、その認知の歪みの悪循環にはまり込むと他人を一人の人間として見れなくなって、次々と欠点や問題、怠惰などを非難する『対立・排除のフレームワーク』にはまり込むというわけである。そうなると、他人を否定したり非難したりする自己中心的な『箱』からの認知が固定されるので、どんな状況や他人の変化があっても『自分が相手のために行動する』という選択が半永久的に閉ざされる。

本当は親しくして協力し合いたいはずの『家族(配偶者・子供)・仲間・恋人』などに対して、修復不能なレベルの険悪な対立になるのは、双方が自己正当化の『箱』の中に入り込んでそこから出てくることを拒絶することにある。『本当はその相手と親しくして協力し合いたい』という感情を裏切ってしまう自己欺瞞は、『自分よりも先に相手が変わらなければならない・自分がこれだけしてあげたんだから次は相手が自分に良くする番だ・相手が変わらない限りこちらからは何もしない』という自己愛によって強化されることになる。

相手を変えようとして悶々とし、変わらない相手を見て『やはりあいつはダメだ、自分のほうが正しかった』と思うコミュニケーションのパターンは多いが、このコミュニケーションを導く動因は『相手にしてあげることは損・相手からしてもらうことは得』という短絡的なある意味で分かりやすい損得勘定にある。しかし、本当の満足感や達成感、安心感というのは『自分が相手にしてあげたいことを惜しまずにしてあげること・自分の本当の感情や希望を裏切らないこと』にあるのではないかという逆転の発想が、『箱』から脱け出すヒントになっている。

『やはりあいつはダメだ、自分のほうが正しかった』という自己正当化(相手の人格の否定)のイメージを得たいのであれば、『箱の中』から相手が自分の期待や価値観を裏切るのをじっくり待つべきだが……『自分の本当の感情や目的を満たす充実感・達成感』を得たいのであれば、まずは短絡的な損得の計算をやめて、自分の側から『箱の外』にでてみることが大切だということに気づかされる。『箱の外』にでればすべてが上手くいくわけではないが、少なくとも『自分の本当の感情や目的』を裏切って、自分を正当化して相手を否定する材料を探し回るような無益さからは自由になれる。

本書は、『応用可能性の幅』が広いコミュニケーション(アサーティブ)とマネージメント、リーダーシップの本質を説いた本であるが、組織を気持ちよく動かすリーダーシップから身近な人間関係・家族問題まで射程に入っているので、誰が読んでもそれなりに参考になる要素があると思う。










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■書籍紹介

自分の小さな「箱」から脱出する方法
大和書房
アービンジャー インスティチュート

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