人間の性格や知的水準を規定する“遺伝”と“環境”のバランス:遺伝子・環境の決定論の限界

人間の性格形成や精神発達のプロセスには様々な要因が関係しているが、『生得的な遺伝要因』『後天的な環境要因』のどちらを重視するかによってスタンスが変わってくる。人間の性格傾向や能力・適性が遺伝(生まれ)によって決まるのか、環境(育ち)によって決まるのかという『氏か育ちか論争』は19~20世紀を通して活発に行われた経緯があるし、現代でも人間の性格行動パターンに及ぼす特定の遺伝子の影響を研究する『行動遺伝学』のような分野がある。

生まれながらの遺伝子(体質・気質)によって、その人のパーソナリティ特性(知能水準・性格行動特性)や社会適応性の大枠が決定されるという『遺伝子決定論』の立場は、最近ではポリティカル・コレクト(政治的な正しさ)の要因も含め殆ど支持されないが、20世紀半ば頃までは遺伝子決定論に近い持論を持つ科学者・心理学者は少なからずいた。

生得的な遺伝子に『優等な遺伝子』と『劣等な遺伝子』が存在するという前提に立つフランシス・ゴールトンから始まる『優生学(eugenics)』は、作為的に人間の遺伝形質を改良しようとする生命操作主義や国家による人種差別・断種政策・大量虐殺など多くの人道的問題を生んだ。

『反社会的な犯罪者』を規定する遺伝形質や身体的特徴を統計的に割り出そうとしたチェーザレ・ロンブローゾ『犯罪人類学(生来性犯罪者仮説)』も、頭蓋計測学(ガルの骨相学)や進化論の影響を受けた遺伝子決定論の亜流である。

遺伝子決定論の問題点は、人間の『学習体験・教育指導・対人関係(家族関係)・環境調整』といった後天的要因や経験的な努力の有効性を過小評価してしまうことであり、個人の自由意志や道徳的責任を軽視して、身体的特徴(遺伝形質)だけで『未来の犯罪者』を予見できるという危険な独断を孕んでいた。

生来性犯罪者説(生得的犯罪者説)では、『原始的な類人猿(サル)』に近い身体的・解剖学的特徴を持つ個人は、まだ人類(ヒト)の段階にまで十分に進化していないので、野蛮な攻撃衝動や残酷性を抑制できずに凶悪犯罪を犯しやすいという(進化論を誤用した)疑似科学的な説明が行われていたりもした。

遺伝子決定論のスタンスに立つ生来性犯罪者説の検証として、ゴダード『カリカック家の家系研究(犯罪者を多く輩出した家系の縦断的研究)』なども行われたが、現在では他の家系との間で『複数の環境条件(経済状況・教育内容・文化資本・親の養育態度など)』を統制できない家系研究には、科学的エビデンスはないとされている。

遺伝子決定論とは反対に、後天的な環境要因のみによってパーソナリティ特性(性格・知性・能力)や社会適応性が決定されるという立場を『環境決定論』という。環境決定論を支持する代表的な心理学者として、『生まれたばかりの赤ちゃんを与えてもらえれば、環境条件を調整してどのような職業にも就かせてみせる(特定の性格傾向や能力特性を伸ばすことができる)』と語ったとされるジョン・ワトソンがいる。

ジョン・ワトソンやB.F.スキナーから始まる『行動主義心理学(行動科学)』では、人間の行動の生起・変化・制止を『環境要因による条件づけ』のレベルで考えた。遺伝要因による性格や能力への影響を軽視して、『現時点における環境・刺激』による古典的条件づけ(条件反射)やオペラント条件づけ(報酬と罰)で行動の生成変化を説明しようとした。

しかし、誰にでもできる『単純な行動』の生起・制止であれば条件づけの理論でコントロールできるが、『後天的な環境・学習経験』のみで自由自在に個人の性格や能力を調整することは当然不可能である。特にスポーツや音楽、芸術、数学などの分野における能力では、『後天的な学習・努力』だけでは越えられない壁を意識させられることも多く、各種の条件づけによってモチベーションやインセンティブを高めさえすれば、希望通りの結果・成績を得られるというわけではない。生得的な遺伝のみで個人の能力や適性のすべてが決定されないのと同様に、後天的な環境・努力のみで個人の能力や適性を思い通りに調整することもまたできない。

『人間の性格形成・精神発達・能力向上』は、常識的に考えれば“遺伝要因”のみでも“環境要因”のみでも、どちらかの要因だけで決定されるほどに単純なものではないので、『遺伝子決定論・環境決定論』は両者ともに科学的・現実的な説明能力に乏しい仮説である。人間のパーソナリティや社会適応性に与える遺伝要因と環境要因の影響を整理すると、以下の5つにまとめることができるが、現在では『相互作用説・環境閾値説』が有力だろう。

決定論……遺伝要因か環境要因かのどちらかによって、個人のパーソナリティや能力・適応が強く決定される。

独立作用説……遺伝要因と環境要因の双方がそれぞれ独立的に(お互いに相関することなく)、個人のパーソナリティや能力・適応に作用する。

輻輳説(加算説)……遺伝要因と環境要因の双方が単純加算される形で、個人のパーソナリティや能力に作用する。

相互作用説……遺伝要因と環境要因が相互的に影響を与え合いながら、個人のパーソナリティや能力に作用するので、輻輳説ほど単純に結果を予測できない。

環境閾値説……遺伝要因によって規定されるパーソナリティ特性や能力・適応が実際に発現するためには、一定の環境要因が準備されていなければならない。環境要因は、遺伝的能力・特性が発現されるための閾値として機能する。










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