問題解決志向のカウンセリングと現実認識の転換1:人はなぜ自分の現実を抑圧・否認するのか?

カウンセリングの目的には『クライアントの悩み・問題の解決(軽減)の促進』というプラグマティックな要素と『クライアントの内的世界に対する共感的理解・肯定的受容』というヒューマニスティックな要素とがある。どのくらいのスパン(期間)でクライアントの問題解決を促進するかによって、ブリーフセラピー(短期療法)や精神分析的カウンセリングなどの立場は分かれるが、基本的には『問題解決につながる認知・行動のポジティブな転換』をさまざまな方法や対話で導き出そうとする。

カール・ロジャーズやアブラハム・マズローのヒューマニスティック心理学を前提とするカウンセリングでは、クライアントの内面に潜在する『実現傾向』を徹底的な傾聴と受容(尊重)によって引き出そうとするが、ブリーフセラピーや認知行動療法のような『指示的・具体的な認知(行動)の変容』を直接的に取り扱うことを控える特徴がある。ヒューマニスティックな『人間の本性・可能性』を重視するロジャーズのクライエント中心療法は、非指示的技法であり最終的には『人間的・精神的な成長(ありのままの自己受容による適応)』という総合的で抽象的な目的を持っている。

カウンセリングは言語的コミュニケーションや非言語的コミュニケーションを通して、『自己・他者(世界)に対する肯定的な認知転換』を目指すが、カウンセラーとのラポール確立によってありのままの自分を受け容れることは『変化のきっかけ』にも成り得る。ヒューマニスティック心理学では『自己受容・自己理解』を重視してありのままの自分を尊重して受け容れられれば、問題は必然的に解決に向かうという考え方がある。

一方、ブリーフセラピーや認知療法をはじめとする解決志向型のカウンセリングでは、『認知的・行動的な肯定的変容(自分自身の何かを積極的に変えること)』を促進することを目的としている。クライアントの自己受容や自己尊重をベースとしながらも、『問題(悩み)を解決するためにどうすれば良いか?』という部分に焦点づけするので、気持ちの安定やこころの癒しを越えた『現実的な問題解決・状況の変化』につながりやすいというメリットがある。

精神分析の病理学には、人間は『自分が道徳的・対人的に受け容れられない欲求(認めたくない欲求)』を無意識領域に抑圧することによって、苦痛な神経症(ヒステリー)が形成されるというモデルがある。この欲求・情動の抑圧モデルは、近代精神医学の転換性障害や身体表現性障害の発症理論にもつながっている。『自分が受け容れたくない感情・考え』『自分が認めたくない現実状況』を抑圧することは一時的な精神安定剤(気休め・恐怖の緩和)となる代わりに、その反動としてさまざまな症状や問題の悪化をもたらす。

耐えられないほどにつらいことや苦しいこと、嫌なことから逃げ出して回避したいと思うのは『快楽原則』であるが、感情的にも実生活的にもこれ以上は逃げ続けることが難しいという地点までくると、『現実原則』に向き合って自分が認めたくないと思っている感情・記憶・現実状況を改めて認識する必要がでてくる。自分で自分を適度に誤魔化したり、現実的ではない空想や思い込みに身を委ねることは『生活の知恵・自己防衛の手段』としてある程度は必要不可欠なものであるし、現実をありのままに直視することによって心理的な苦痛・絶望が深まる危険もないわけではない。

精神分析では自分が認めたくない欲求・感情を言葉にして表現していくことを『無意識の意識化』と呼び、カウンセリングでは自分が今まで意識を向けられなかった自分の本質や認知に気づくことを『自己洞察(気づき)の促進』と言ったりする。無意識の意識化や気づきのプロセスには、『自分が今まで認めてこなかった自分の心理・考え・過去』について自己言及する苦しみが伴うが、その苦しみと引き換えに『快楽原則から現実原則(現実的認知)への転換』が進みやすくなるのである。

ありのままの現実の状況や過去の記憶を直視すると苦しいが、無意識の意識化や気づきのプロセスが終わった後には、サポートを受けながら『現時点からのリソースの発見・自己肯定的な認知の変容』を促進していくことが大切である。自分で自分を否定したり嫌悪したりするために『無意識の意識化・気づき』をすることは無意味(有害)であるが、『現実的な問題状況・心理的な傷つき』をいったん明確化した上で、それをケアしたり解決するための具体的な認知や行動を考えていくのであれば、極めて有益な取り組みになってくる。

思い出したり考えたりするのが苦痛なことは、何もしないままに気づかぬ振りをしていればいいし、嫌なことは一切考えないようにして気楽にやったほうがいいというのも一つの考え方であり、それほど深刻な悩み・問題でなければ、それで日常生活が上手くいくことも確かに少なくない。しかし、カウンセリングを受けるクライアントの動機づけには『今まで話せなかったことを話したい・自分の問題や悩みの本質について相談したい』ということが必ずあるはずなので、『思い出したくないこと(認めたくないこと)』をそのまま放置するだけでは問題や悩みが解決しないことも多い。

自分で自分を騙し続けるというと言葉が悪いが、対症療法的に自分を自己暗示に掛けて嫌なことは忘れることで、大半の問題は何となくやり過ごすことができるが、『現実状況や自分の本当の気持ち』を抑圧し否認することが大きな問題(苦しみ)を生む原因になったり、更に受け容れ難い種類の『人生の損失(関係の喪失)』につながることも有り得る。この視点は、カウンセリングにおいても重要であるが、一般的な人生においても『あの時にもう少し現実的な認識や行動ができていれば』という後悔や自己批判の原因にもなる。

ほとんどの人間は最善の選択や現実を直視する認識はそう簡単にはできないものだが、わずかでも後悔・未練の少ない人生を生きたいと思うのであれば、『今・ここの時点でできる気づきや自己洞察』を深めたほうが良いということになる。人生はどこの時点からでも『前向きな気持ち・現実的な行動力』さえ取り戻せればやり直せるが、それでも気づきや自己洞察が遅れて実際の行動を起こせなければ、貴重な時間資源を何ヶ月、何年間という単位で失ってしまうこともある。

自分で自分の自我(尊厳・価値観・正しさ)を守るために、人は『現実や欲求の抑圧・否認』を行ってしまうのだが、その抑圧・否認の程度が強すぎると心身の健康を損なったり、問題状況を悪化させてこじらせてしまうこともある。自分が受け容れたくない現実や欲求を抑圧(否認)して良いケースというのは、その問題・欲求をそのまま放置し続けても自然に問題が無くなってしまうケースだけに限られる。










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S.フロイトの精神分析の基本原則とC.ロジャーズのクライアント中心療法の共感的態度:1

S.フロイトの快楽への意志, C.ロジャーズの有機体の価値判断, A.エリスの合理的思考の接点

■書籍紹介

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